三つ葉あり卵粥。

 彼女はすぐに風邪をひく。

 その度に僕がお粥を作ってあげる。

 かなり上達したと思う。


 前に1度だけ僕が風邪をひいた時に彼女が作ってくれたお粥の上には三つ葉が乗っていた。それがやけに美味しかったから真似したいと思うんだけど、今日もスーパーで三つ葉を見つけられなかった。


 だから、今日も三つ葉なし卵粥。


 彼女はお風呂上がりに濡れた髪のままベランダに出たり、寒い日に上着を持たずに出掛け、雨の日に傘すら持ち歩かないのだ。


 出会った頃から、自分を守る術を知らない様なそんな人だった。


 


「……来てくれてたんだ」


「あぁ、うん。仕事帰りだからこんな時間になっちゃったけど。スポーツドリンク飲む?」


「ありがと」


 ベッドから起き上がった彼女にペットボトルのスポーツドリンクを渡しがてら、おでこに手をやってみる。


「まだ熱ありそうだね。お粥食べられそう?その後薬飲んだ方がいいよ」


「ありがと」


 彼女は申し訳なさそうに、目を合わせずにお礼を言ってから謝った。


「……ごめんね」


「何が?」


「こんなんじゃ、ダメだよね」


 

 僕達は恋人だったけれど、恋人ではなくなって数ヶ月経つ。


 彼女に好きな人が出来たからだった。


「その、相手の人?こういう時来てくれないの?」


 彼女は力なく笑った。


「来るわけない。だって私のことなんか好きじゃないんだもん」


 僕は苦しくなった。

 

 彼女は全然愛してくれない相手と居たくて、僕と別れたのだ。


「私の勝手で別れたのに、こうやって体調崩す度に無意識で連絡しちゃうのダメだね。熱で朦朧としてると勝手にあなたに連絡しちゃってるの。だからね、本当はあなたの番号も消したの」


「ひどいな」


「だって、これ以上甘える訳には行かないから……でも、番号を覚えてたんだね、私。今回自分でも初めて知った」


 僕は何とも言えない気持ちになって立ち上がった。


「残りは冷蔵庫に入れておくよ。それ食べたら薬飲んで暖かくしてまた寝なよ。じゃあ」


 そう言って、慌てて彼女の部屋を出ようとした。


「待って!」


 彼女は少しふらつきながら玄関で靴を履く僕の元へ来た。


「スマホ貸してくれない?」


「なんで?」


「お願い」


 彼女の「お願い」はいつもズルい。

 僕はその「お願い」をいつだって聞いてしまう。


 渋々、スマホを渡すと彼女は何やら操作をしていた。


「何してるの?」


「内緒」


 僕はすぐに分かった。

 彼女は自分の電話番号を僕のスマホから消したのだ。


「それで、やっていける?」


「やって行かなくちゃ。私が選んだんだもの。それに」


「それに?」


 咳のせいなのか、彼女は喉を詰まらせた。


「あなたをそろそろ解放しなくちゃ」


 その言葉を聞くと同時に僕は気がつくと彼女を抱きしめていた。


「解放なんかしなくていいよ、このままでいいじゃん。風邪ひく度にお粥作りに来るだけなんだから。それでいいじゃん」


 彼女は力なく、それでも僕の背中に手を回した。


「ごめんね。でもそれだと、あなたを駄目にしちゃう」


 何を言っても、この背中の手があっても、彼女が好きなのは別の男なんだと分かる。


 僕達が一緒に居た時間が僕にそれを伝えてしまう。


「じゃあ、せめてそれちょうだい」


「それ?」


「その風邪」


 彼女の返事より先に唇を重ねた。

 

 押し当てた唇はすごく熱くて、口の中は更に熱かった。この温度を全て吸い取ったら、僕に彼女の風邪がうつって、それが治ったら……。


 その時、僕は彼女から解放されるかもしれない。


 そんな暗示をかけるみたいに、僕は彼女にキスをした。


 最後に両手で彼女の頬を包んで、おでこをくっつけると心なしか彼女の熱は下がっていた様に感じた。



 

 翌日。

 僕は熱を出した。


 

 昨日の帰りに初めてスーパーで三つ葉を見つける事が出来た。


 もう少し良くなったら三つ葉ありの卵粥を自分のために作ろう。



 その時には、彼女との別れがやってくる。

 





 



 


 


 


 

 






 




 


 

 

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