真夜中のカップ麺。
「今から死ぬから」
電話の向こうの声は震えていた。
「ねぇ、やめて。お願いだから」
「じゃ、じゃあ別れるとか言うなよ」
「わたしと別れた位でトモくんの人生変わらないよ?」
「変わるんだよ!!今からやるからな!別れるって言うなら今から本当に死んでやるからな!」
わたしは深呼吸をした。
「分かった。もう止めてもムダなんだね。分かったよ。じゃあ最期に教えて?」
「さ、最期!?」
さっきまでの勢いが急激に弱まる。
「トモくんはどうして死のうとしているの?」
「そ、それは……ららちゃんが別れるっていうから」
「最期に教えてくれてありがとう。じゃあ、止めてもムダみたいだから、さようなら」
わたしは電話を切ろうとした。
「おい!ちょっと待ってよ。俺本当に死ぬよ?それでもいいわけ?」
はぁー。しつこい。
「……ねぇ、わたしに別れるって言われたら何で死ぬってことになるの?」
「それは、それは!ららちゃんを愛してるからに決まってんじゃん」
せっかくの深呼吸が溜息に変わった。
「あのさー、死ぬのは勝手だけど、わたしを愛してるからって理由はやめてよね。最期の最後に嘘つくなよ」
「え、……ららちゃん?」
わたしの口調が変わったことに驚いている。
「本当に愛してるっつうんなら、その相手が苦しむような事はしねーんだよ!バーカ!お前の言う愛なんか嘘ばっか!そんな嘘の愛ってやつの為にお前死ぬのかよ、バカじゃねぇの?」
相手は驚き過ぎたのか言葉を失っていた。
「トモくん……命を粗末にしちゃダメだよ?じゃあね、バイバイ」
わたしはスマホをベッドに投げ捨てて、うつ伏せにドンっと寝っ転がった。
「疲れた……」
何度目だろう、このパターンは。
そして、男たちは素知らぬ顔をして明日も生きていくのだ。
わたしの方だって傷ついたことも知らずに、ぬけぬけと。別れを切り出されたことにプライドが傷ついたから、受け入れられないのだと思う。
それを「愛しているから」だと錯覚している。
どいつもこいつも自分の方にも非があるとは、どうして思えないのだろう。浮気をしておいて、あれは謝ったから「はい!終わり」とでも思っているのだろうか。
自分が傷ついた方に回って被害者になりたいのだ。そして、さっきの様なことをする。
それを傷つけられた側の特権だとでも勘違いしているかのように。
わたしは本当の「愛」以外はいらないだけ。
ただ、それだけなのに。
それはそんなにいけないことなのか。
「あーあ、お腹空いちゃった」
夜中の2時にカップ麺を食べるなんて良くないなぁと思いつつ、お湯を沸かす。
あの日もこうして真夜中にカップ麺を食べたっけ。
「僕、今から死ぬから」
「やめて、お願い!!」
「ららと別れるくらいなら死んだ方がマシ」
この時は電話ではなく、目の前で彼は自分の首元に包丁を突きつけながら言っていた。そして、わたしは怖くて泣きながら「やめて」としか言えなかった。
「愛してるんだよ。どうしてわかってくれないんだよ」
彼も泣いていた。
わたしはどうしたらいいのか分からなかった。
とにかく彼を止める方法を考えた。
そして、パニックになり、わたしはカッターナイフを取り出して自分の手首を切った。
「分かったから。わたしが死ぬから、それならいいでしょ?ほら、ほら!」
加減を考える余裕なんて無かったけれど、切れ味の悪いカッターナイフだったからか、それは単なる切り傷程度で済んでいた。
それでも血は流れて、彼の方が真っ青になり包丁を置いて、わたしからカッターナイフを奪って投げ捨てると、その場にへたりこんだ。
「ごめん。僕が悪かった……もうバカなことはしないから。だからお願いだから生きてて、それだけでいいから。頼むから」
完全にさっきとは逆転していた。
そして彼は泣きながら、わたしの腕についた傷の手当てをして、黙り込んだ。
「……疲れたね」
沈黙から1時間ほどして、わたしが言った。
「うん」
彼もぐったりしていた。
「お腹空かない?」
「……空いた」
そこで2人でカップ麺を食べたのだった。
さっきまで死ぬとか騒いでいたのに、2人並んでカップ麺を食べる姿は俯瞰で見ると、とても滑稽だった。
だけど、今までに無いくらい異様なまでに親密な気持ちになった。
「美味しいね」
そうわたしが言うと、彼も「美味しい」と言った。
カップ麺を食べ終わると、彼は「ごめんね」と「さよなら」を言って帰っていった。
それから数ヶ月後、彼を街で見かけた。
隣りにははしゃぎながら一緒に歩く女の子がいた。彼も楽しそうに笑っていて幸せそうだった。
深夜2時。
わたしは今度は1人でカップ麺を食べている。
あの時、彼に別れを切りだした理由はなんだったっけ。
麺をすすりながら考えてみた。
思い出しかけたが、頭をブンブンと振って記憶を奥底に追いやった。
……わたしは人を見る目がないのだろうか。
それとも、わたしが相手をそうしてしまうのか。
他の恋人のことも思い出しかけたが、カップ麺を食べることに集中して何とか誤魔化しきれた。
「ご馳走さまでした!」
そう言ってカップ麺を片付けると、わたしはまた深呼吸をしてトモくんに電話をした。
「……もしもし、落ち着いた?」
彼は既に眠っていたらしく、寝ぼけた声で「あぁ、もう大丈夫」と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。