チョコレートは嫉妬の味。

 チョコレートが口の中で溶けていく。

 

 ゆっくりゆっくり味わいたくて

 早く溶け過ぎないように

 舌の上で気をつけながら

 溶かして食べるのが好きだった。


 でも、そのタイミングがいつしか調節出来なくなった。


 好き過ぎるとゆっくりなんかじゃいられなくなるから。


 私の舌の上はまるで沸騰しているかのように、チョコレートを乗せた途端に秒で溶けた。


 だから、次から次へと、

 チョコレートを口の中に入れた。


 「好き」とは、私にとってそういうものだった。


 


 時に男の子は優しかった。

 私の恋愛観や恋人との付き合い方も「いいんじゃない」と尊重してくれる。


 時に女の子は意地悪だった。

 私の恋愛観だけで人間性を決めつけたかのように去っていく。


 「最低な女」と何度も言われた。


 そうなると、私はますます恋人や男の子と居る時間が必要になった。


 彼らはたまに傷ついた表情で、私の頬に触れた。

 慰めて欲しいのだ。


 そして、私から口づけた。

 いつも私と居てくれる感謝のしるしの様に身体を許した。


 コトが終わると、彼らはみんなさっきまでの傷ついた表情はどこかへ消えて、ケロッとした爽やかな表情で「またね」と帰って行く。


 私にとっての友達とはそういうものだった。


 セックスとは「愛」なのだ。

 寂しかったら分け合えばいい。

 

 私は本気でそう思っていた。



 でも、君はそんな私をひどく叱った。


「君のいう愛は愛なんかじゃないし、君に近づいて来る男も友達なんかじゃない」


「でも……」


 私の「でも」に君は溜息をついてうなだれた。


「彼らは私の話をよく聞いてくれたし、何より私と寝ると元気になったの。私は彼らを少し助けられた、そんな気がした…の」


 君はとても悲しそうに私を見た。


「どうしてそんな顔をするの?」


「君が可哀想だから」


 それは私の言葉に被せるくらいの速さだった。


「……どう、して?」


 私は話すスピードが遅い。

 甘ったるい話し方だという人もいた。


 それが余計に女の子から嫌われる原因となっているのは知っている。


「君は誰かに愛されたこともなければ、誰かを愛したこともないんだね」


「そんなこと、ない」


 君は私を本当に不憫そうに見ていた。

 それ以来、私は誰とも寝なかった。


 私が男友達と思っていた男の子達も、以前のように私の頬に触れても何もないことが分かると、最初から誰もいなかったかのようにパッと消えた。


 そのことは、悲しくも何ともなかった。

 

 ただ、君の言っていたことは本当だったのだと分かっただけ。


 そうして、私の全ては君だけになった。

 

 でも、それがどういうことなのかまでは、私にはまだ分からなかった。


 

 ──この日が来るまでは。


 その日、街で君を見かけた。

 とても親しげに女の子に腕を引かれて歩いていた。


 それを見て、私の中に今までにない感情が生まれたのだ。


 恋人が他の誰かと親しくしていても、これまでは何も感じなかった。ましてや、友達という名の男の子たちが私とセックスをしながらも、恋人と上手くやっていたことも何とも思わなかった。そして、当然の様に相手の恋人の気持ちを考えたことなんて、ただの一度もなかった。


 それなのに、君の腕に触れている女の子を見た途端、私の内側で何かが高温で溶けだす様などろりとした感覚が流れた。




「ねぇ、昨日って何してた?」


 君と私の関係性にどんな名前がつくのかは分からないけれど、私たちは当たり前の様によく会う仲になっていた。

 

「昨日?昨日何してたかな……あぁ、友達に頼まれてお兄さんの誕生日プレゼントを一緒に選んでた」


「へぇ……」


 私の中でまた熱いものが溶けだしてくる。


「じゃあ、もし私がお父さんの誕生日プレゼントを一緒に選んでってお願いしたら、君は勿論付き合ってくれるんだよね?」


 君は意味が分からない様な顔をして私を見た。


「付き合うよ。でも、君のお父さんの欲しいものは僕にアドバイスは難しいよ。昨日の子はお兄さんと僕が同じ歳だからってことで頼まれたんだ」


「だからって、手を繋ぐ理由になる?」


 その時、私の中で溶けだしているどろりとした感情がチョコレートとして思い浮かんだ。どろどろとベタベタになって、その中で私は今溺れそうになっている。


「怒っている理由が分からない」


「怒ってなんかいないわ」


「どう見ても怒ってる」


 私は溶けたチョコレートに溺れながら、そのチョコレートまみれのベタベタな手で彼の頬に触れたかった。


 でも、現実の私の手のひらには本当は何もない。

 まるで私達の間に何もないように。


「どうして泣いてるの?」


 彼にそう言われて、私は自分が涙を流していることに気がついた。


「……分からない」


 本当は分かっていた。

 私のことを分かってくれた、理解してくれた彼が私だけの彼ではないことがひどく悲しかったから。


 でも、彼は私を好きになったりはしない。

 それは「何となく」わかる。


 誰かを好きになるということは、

 その人に他の人が触れるだけで

 こんなにも心が痛むものなのだ。


 そんなことも分からずに私は誰にでも、私を触らせた。


「最低な女」

 

 女の子たちが私に言った。


「君は誰かに愛されたこともなければ、誰かを愛したこともないんだね」


 君が私に言った。


 

 今になって、そう言われた理由が分かった。



 ベタベタになったチョコレートのついた手で君に触れて、君についたそのチョコレートを舐めたい。


 

 嫉妬の味のするチョコレート。

 

 きっとそれは君の味になる。





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