番いのさくらんぼ。
8連勤が終わった。
やっと連休だ。
この連休はもうどこにも行かなくていい様にお菓子にインスタント食品に、とにかく沢山買い込んだ。
あたしのお給料はほとんどそんなものに消えている気がする。休みの前日は毎度こんな感じなのだ。
でも、連休一日目の夕方。
あたしは既に飽きていた。
そうだ!優ちゃんが明日休みだったはず!!
直ぐに電話をかけてみる。
「あ、優ちゃん?聞いてよー、あたしね、8連勤がやっと終わって今日明日連休なの。うん、疲れたよ〜。でねでね、これからさ……え?今あの人といるの?そうなんだ……あぁううん。大丈夫。うん、また連絡するね。じゃあ、またね」
あたしは優ちゃんが大好きだ。
でも、あの人といる優ちゃんは少し嫌いだ。
優ちゃんは恋人もいるのに、どうしてあの人とも会うんだろう。あたしには理解出来ない。
むくれた顔をしながら、昼間に実家から届いたさくらんぼを冷蔵庫から取り出して、お皿にひっくり返した。
もうこうなったら、全部あたし一人で食べてやる。
「優ちゃんにもお裾分けしようと思ったのになぁ」
休みの日に独り言を声に出して言うのは意識して始めたことだった。
前に仕事を辞めて1ヶ月間、1人で過ごしている時があった。その時、コンビニの店員さんに「唐揚げ棒も1つください」と言った言葉を何度も何度も聞き返されたのだ。
あたしは1人でいると喋らない分、声が小さくなるらしい。
それ以来、1人で居てもなるべく声を出すようにしている。そして、今やそれが自然になった。
「優ちゃんはあたしの独り言が怖いっていうけどさ〜」
また独り言を言いながら、さくらんぼを一つ持ち上げた。すると、もう一つくっついきた。それをしばしアメリカンクラッカーの様に揺らしてみる。それから、お皿からもう一つさくらんぼを取ってみた。今度は一つだけのさくらんぼだった。
「なんでだろ……」
なんで、2つだったり1つだったりするんだろう……。
出荷の時の選別で引き剥がされてるとかかな。
こんな事が気になったのは初めてだった。
それはきっとあたしが一人だからかもしれない。
1ヶ月前に告白した片思いの男の子からはフラれた。その半年前に飲み会で出会った男の子からは連絡が来なかった。
それから、それから……。
……あたしは生まれから一度も恋人がいない。
あたしが好きになる人はみんなあたしを好きになってはくれなかった。
でも、処女ではない。
付き合えると思って応じた男の子と18歳の時に1度だけ寝た。
彼は「お互い寂しかったもんな」と言って、それ以来必要以上にあたしとの会話の中に「友達として」という言葉を遣った。
「あいつ〜!今思い返してもムカつく!!あの後彼女が出来たとかで連絡もよこさなくなったし!!何が友達として〜だよ!友達としてだったら彼女が出来ても関係ないだろーが!」
無性に腹が立ってきた。
あたしの左手には番いのさくらんぼ。
右手には一人ぼっちのさくらんぼ。
「もう!どうしてなの」
あたしは左手に持った番いのさくらんぼを一気に口に入れて、わざと荒々しく食べた。その他の番いのさくらんぼも同じ様にパクパクと口に入れて、一人ぼっちのさくらんぼにだけ特別待遇の優しさで接した。
「君たちは偉いよ〜」
左手に持っていたはずの番いのさくらんぼが無くなると、その左手はいつの間にか缶ビールを持つ手へと変わっていた。
「君たちは可愛い!!」
さくらんぼに自分を投影するなんて、どうかしている。でも、そのさくらんぼが愛しくて愛しくてたまらなかった。
「ねぇ、あたしのさくらんぼちゃん教えてよー。あたしにもアメリカンクラッカーみたいな感じの相手っているのかなー。この広い世界のどこかにはきっといるよね?ね?ね?」
気がつくとあたしはテーブルの上のさくらんぼを抱きしめる様に突っ伏して眠っていた。
そして、夢を見た。
知らない誰かと手を繋いで番いのさくらんぼになっている夢を。繋いだ手を前後に揺らして、たまにアメリカンクラッカーみたいに肩が触れ合うのだ。
あたしだけのさくらんぼ君。
手を揺らす度に見つめあってにこにことしていた。
「うふふ。ふふふふ」
あたしは終始ご機嫌で笑っている。
そんなほわわんとした夢の中をぶちの壊すような音が遠くから聞こえてきた。
ピンポーン。
ドンドンドンドンドン!!
ピンポーンピンポーン!
けたたましく鳴るインターホンの音は夢なんかではなかった。
ガバッと起きたあたしはヨダレまみれになっているほっぺたをぬぐいながら、寝ぼけまなこで玄関を開けた。
そこにはあたしの背丈より大きなさくらんぼ君が立っていた。
「え?!え、え、えーー!?やだ本当に来てくれた!!」
「ちょっと!みく!寝ぼけてんの?みく?」
肩をゆさゆさと揺さぶられて、それがさくらんぼ君ではなく優ちゃんであることに気がついた。
「なーんだ優ちゃんか」
「何言ってんの!途中で切り上げてきたんだからね!」
「今何時?」
寝ぼけまなこの目を擦りながら聞いた。
「まだ夜の9時だよ。もう寝てたの?顔にヨダレの跡ついてるよ」
あたしは寝起きのテンションで優ちゃんに抱きついた。
「優ちゃーん、会いたかった〜」
あたしをクールに払いのけて、優ちゃんは部屋に入った。そして、テーブルを見て不思議そうに言った。
「何これ」
「ん?」
「1つづつ並べてあるこのさくらんぼは何?」
「んーとね、あたしの未来の恋人」
あたしがそう言うと、優ちゃんはお構い無しに取って食べた。
「いやー!!ちょっとー!!」
「何よ?まだあるじゃない」
「あたしのさくらんぼ君がぁぁ。どの子なのかはまだ決まってなかったのに」
優ちゃんはさくらんぼをもう1つ取って、私の口に運んだ。
「……いらない」
「何で?大事な大事なさくらんぼ君なんでしょ?」
「食べ過ぎてもう食べたくないの」
優ちゃんは笑った。
「やっぱり、みくといると1番ホッとする〜」
「じゃあ、優ちゃんがあたしの番いのさくらんぼ君になる!?」
「それはない」
間髪入れずにそう言い放った優ちゃんがあたしは大好きだ。
甘えて優ちゃんの肩に寄りかかるとタバコの臭いがした。
あの人の匂いだ。
あたしは何も気付かないふりをして優ちゃんに抱きついた。
そして、優ちゃんにとっての番いのさくらんぼは誰なんだろう……なんてことを思った。
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