当たり前のチャーハン。
私がチャーハンを作るとき。
それは決まって面倒な時だ。
食材がない時。
でも、買い物にも行きたくない時。
料理をするのが嫌な時。
日曜の夕方は大体ダルい。明日のことを考えるだけで窓辺に座り込んだまま夜風に当たってダラダラと過ごしたい。
けれども、サザエさんが始める頃には彼は食卓に座り出して何かを待っている。
何かを。
ふとこちらを向いた彼と目が合う。
「ゆっくりでいいからね」
優しさを振りまいたという雰囲気が目に見えるようだった。
ゆっくりでいいからね
それは、私が料理を作るという前提に発せられた言葉だ。
「ゆっくりでいいからね」
私はなんとなくオウム返しを彼に向けてしてみた。
「ん?」
「ゆっくりでいいからね」
「え、なになに?」
何を言われているか全く分からない彼はクイズでも出されている様な顔をしている。
だったら、私だってそんな顔をしてもいいはずだ。
……と、そんな意地悪なことをひと通りしてから、立ち上がった。
「なんだよ〜、今のは」
「うーん、クイズ?」
彼は一瞬考えかけたものの、降参したのか考えるのを止めてサザエさんに視線を戻した。
卵と、あーツナが無い。
じゃあベーコンでいいや。
それから小ネギ。
冷凍庫に入っているこの前の残りの水餃子とニラでスープも作るか。
水の入った小鍋とフライパンをコンロで同時に火をつけた。
とりあえず小ネギを細かく刻み、ベーコンも適当な大きさに切る。卵は2人だけど3つ使って溶いておく。
フライパンから煙が少し出始めたので火を止めて油をひき、少しマヨネーズも入れる。うちのフライパンはくっつきやすいのでこのひと手間を必ずする。
もう一方の煮立ってきた水には中華スープの素とお酒と塩コショウを入れて、残っていた水餃子とニラでスープを作る。
チャーハンは適当だ。
ベーコンを軽く炒めたら卵を流し入れ、半熟の内にご飯を投入。またまた顆粒の中華スープの素と塩コショウで味を整えて、小ネギを入れてから最後に鍋肌に醤油を回し入れてレタスも入れて軽く炒めて、完成。
生野菜が足りないと思えば、プチトマトをお皿の隅っこに申し訳程度に2つポンポンと乗っける。
「出来たよ」
「サンキューサンキュー」
彼の前にチャーハンとスープを置くと、私が座る前に「いただきます」と言って食べ始める。
「ゆっくりでいいからね」と言いつつ、彼は本当のところ、お腹がペコペコだったのだ。
そして、チャーハンにドバドバと醤油をかけた。
「え?結構濃いめに味つけしたよ?」
「あー、うん」
この人は毎度私の作ったものに味を足す。
本のレシピ通りに作ったものにさえ足すのだ。
この事をつい最近会った母に愚痴った。
すると母は笑って言った。
「その位いいじゃない。好きな様に食べさせてあげなさいよ」
それを言われてから、少しモヤモヤが晴れた。確かに性格だって違うように、味覚だってそれぞれ違うのだから好きな様に食べればいいのだ。
「これがサザエさんが始まって、まだ終わりもしない間に出来るんだからすごいよな」
彼はガツガツと食べながら言った。
「こんなの誰だって出来るよ、試しに作ってみたら?」
「いや、俺はいいや」
考える事もなく、彼は言った。
私はその「考える間もなく」のところに未来が見えた気がした。
「あれ?食べないの?」
「あぁ、うん。私の分も全部あげる」
「マジで?ラッキー」
彼は子供みたいに喜んでまたガツガツと食べていた。
付き合って1年。
週末にこうして会うことが習慣になっていた。
私はおもむろに抽斗からタバコを取り出して、ベランダに出てタバコを吸った。
すると、彼は食べるのも止めて驚いて私の方まで
きた。
「え?タバコ吸ってんの!?」
「そうだよ?」
「いや、今までそんな素振り一度も見せなかったじゃん」
「うん、まぁそうだね。元々たまにだし」
彼は私の横にちょこんと座った。
「体に良くないよ」
「え?」
「だーかーら、体に良くないよ?」
「……え、あなただって吸ってるでしょ?」
「そうだけどさ」
彼は私の吸っているタバコを取り上げて、それを吸った。
「私がタバコを吸ってるのって嫌なの?」
「うーーん……とりあえず少し驚いてはいる」
今度は私が彼からタバコを取り上げて吸った。
「ご飯、食べてる途中でしょ?」
彼がまた私からのタバコを取り上げようとしたので、私は取られないようにタバコを携帯用の灰皿にの中で消した。
すると、どうしてか彼が私にキスをした。
「なに。これ」
「なんでもない、ただのキス」
そう言って、今度は私の腰をぐっと引き寄せてまたキスをした。
「タバコの後のキスってこんな味なんだ」
「知らなかったの?」
「だって、俺はいつも吸ってる方だから」
彼は私を抱き締めた。
「帰らなくていいの?明日仕事でしょ?」
「うん」
彼は私のTシャツの裾から手を入れて、素肌を触った。
「ちょっと、ここベランダ」
「そういうんじゃなくて、ただ肌に触れたかっただけ」
「どうしたの?」
「何か急に知らない人みたいな気がしたっていうか……」
「タバコだけで?」
彼は私の背中に触れながら、もう一度キスをした。
「まだまだあるよ」
「え?」
「あなたが知らない私」
「どんな?」
私は少し考えた。
「例えば……あなたのまだ知らない味のチャーハンとか?」
彼はまたキスをした。
「それ全部、教えてよ」
キスはどんどん違う方向に進んでいきそうになり、私は彼を止めた。
「君の知らない俺だっているよ」
「どんな?」
今度は私が同じように聞くと、彼はしばらく考え込んでから立ち上がって部屋の中に戻って行った。
「ねぇ、どんな?」
無言でさっきのチャーハンをまた食べ始めた彼を見るに、彼には何も思い浮かばなかったらしい。
「俺さ、日曜日のチャーハンって好きなんだよね」
「うそー?それは私の惰性の塊みたいなものだよ」
「なんか安心するんだよね」
「そうなの?」
「特別じゃないっていうと言い方アレだけど、冷蔵庫の中と相談して作るチャーハンって結構一緒にいる人にしか出さなくない?」
「まぁ」
確かに私にとってこれを出せるのは、それなりの仲になった人だけかもしれない。
「だからさ。一緒にいるのが当たり前になったんだなぁって感じがして、何かいいじゃん」
彼がさっきみたく「当たり前に出てくる」と思っていることを私は嫌だなと思っていたけれど、「一緒にいるのが当たり前」という言葉には、嬉しくなった。
「当たり前」が嫌な時と、
「当たり前」が嬉しい時。
それを繰り返して私達は知っていくのだと思う。
例えば、それは彼がまだ知らない私だったり。
つまりはこの何でもないはずのチャーハンも私達のこの先の行方に繋がっているのだ。
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