肉じゃがの呪縛。

「またそんなの作ってる」


 遊びに来ている友人が私を見て笑う。


「だって、お腹すかせてるだろうし」


「永井のさー、そういうところ私はいいと思うよ?同性として。でもさ、相手はラッキーくらいにしか思わないんじゃない?だって恋人でもないんでしょ?」


 桜井は中学からの同級生で、週に1度は私の所へ遊びに来る。


「桜井こそ、もうすぐ夕方だよ。彼の夕飯の準備しに帰らなくていいの?」


 私が作った手羽先と大根の煮物を鍋から1つ取って、はふはふとしながら桜井は一瞬嬉しそうになり、でもすぐに不機嫌な顔をした。


「うん。美味しい。ってなんで私が夕飯作るの?私だって働いてて今日は休みだから自由の日!一緒に暮らしてるからって食事を作る約束なんかしてないもの。作りたい時に作る。それがいいの」


 確かに。桜井の言っていることは正しい。

 

 それに引き換え、私は付き合ってもいない男の子にこれから料理をお弁当の様に詰めてを持っていこうとしている。


 理由は単純。

 好きだから。


 料理がではなく、その彼のことが。

 点数稼ぎをしたいとかそういう訳ではない。でも、誰かを好きになるとどうにもこうにも料理を作りたくなってしまう。


「永井は男の喜ぶ料理は肉じゃがとか未だに思ってるとこあるよね」


「さすがにそれはないけど」


「いや、あるね」


「この手羽先と大根の煮物が物語っている」


 私は思わず自分の作った料理をまじまじと見つめた。


 そうなのだろうか……。


「でも、肉じゃがが作れたら料理上手ってイメージって無かった?」


「あったよ。だから、そのことを言ってるの」


「でも、私が作ったのは肉じゃがじゃないし……」


「近いものを感じる」


「……重いってこと?」


 私も大根を1つ口に放りこんでもぐもぐとしながら、桜井に訊いた。


 うん。美味しい。大根は美味しく煮えている。


「重いとかそういうのはいいの。好きを軽くとか重くとか調節出来る人の方がどうかと思うし。そうじゃなくって〜」


「じゃあ、何?分からないよ〜」


「そんな風にまた「肉じゃが女」になっちゃっていいの?って話」


 肉じゃが女って……。


「そりゃあね、永井の作る料理は美味しいよ?喜ばれると思うよ?でもそれが永井になっちゃうのが私は心配なの」


 

 桜井の言いたいことが何かピンときた。


 私の過去の恋愛のことを言っているのだ。


 前の恋人にとっての私はご飯と身体の出前女だったから。


 電話があると、沢山の食材を買って彼の家に行き、料理を作った。そして彼がお腹いっぱいになると、次は身体を求められるがままに応えた。


 それでも私は幸せだった。

 彼の三大欲求の内、二つも私が満たせるのだから。


 けれど、別れ際に言われたのは


「お前といるとさ、老夫婦になったみたいでぞっとするんだよ」


 求められていた事をしたきたはずなのに。

 喜んでもらえているとばかり思っていたのに。

 それに老夫婦って素敵じゃないの!?



「あの男のこと今思い出してもムカつく。あの後あっさり結婚したよね。何も出来なそうなギャルと」


 そうだった。

 その彼は私と別れてすぐ違う女の子と結婚した。


 けれど、3ヶ月も経たずに私に連絡をしてきた。


「あいつさ、カレーもまともに作れないんだよ。目玉焼きすら怪しくて。信じられないだろ。そしたらさ、お前の肉じゃがが無性に食べたくなってさ。今から行ったらダメ……かな?」


 私はその電話を無言で切って、更新間近だったこともあり、思い切って引っ越したのだった。 

 勿論電話は着信拒否にした。



「ほらほら〜、思い出したでしょ?」


 

 桜井は当たり前のようにうちの冷蔵庫からビールを2本取り出して、1本を私に渡した。


 そして、私たちは手羽先と大根の煮物をつまみにして、ビールを飲んだ。


「で?詳しく教えてよ。永井の今の好きな人の話」


 その日、私は好きな人の元へ料理を持っていくことはしなかった。

 

 桜井はそのことがとても嬉しそうだった。


 他に作っていた、だし巻き玉子もアジの南蛮漬けもとうもろこしご飯もどれもこれも桜井と二人で全てたいらげた。


 その時、私のスマホにメールがきた。

 好きな彼からだった。


「明日、一緒においしいものでも食べにいきませんか?」


 そのメールを私は桜井にも見せた。

 そして、ほろ酔いの私たちはキャーキャーとはしゃいだ。


 それから、うちにあった林檎を桜井が皮を剥いて私に出してくれた。


「まずはこの位から始めてみたらどうでしょうか?」


 最初から私の全部を相手に知って欲しくて、

 求めて欲しくて、

 全てをあげたかった。



 でも、それがいつしか彼の望んだ時だけの都合のいい「肉じゃが」になっていたのだ。


  

 桜井が剥いてくれた林檎は歪な形をしていたけれど、それがやけに愛しく見えた。


 

 私は彼に送るメールを考えながら、その林檎をひと口齧った。


 


 








 

 

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