試験空母「さんないまるやま」・インタビュー

――この船を実際に動かして、いかがでしたか?


 順調、と言っていいでしょう。

 一、二の機械トラブルはありましたが、これは新機軸を採用した艦にはある事です。致命的なものは有りませんでした。

 海上防衛隊の経験にない大きさである事を考えれば、とてもうまくいっていると思います。


――それにしても、『あすか』の十倍以上の排水量です。試験艦としてはあまりに過剰な大きさでは?


 今後の防衛艦に必要とされる様々な装備を試験する為に必要な機能を詰めた結果とお考えいただければと思います。

 実際、今後この艦で試験しなければならない装備のリストを、出来るものならお見せしたいですね。私は目を回しそうになりました(笑)。


――有事の際、海上防衛隊はこの艦を実戦に投入するつもりでは?


 試験艦は実戦を想定しておりません。試験の際には技官も、民間の技術者を乗せもしますし。

 ただ、この艦は多目的艦とも位置付けられておりますので、病院船、輸送艦としての機能を必要とされる局面は否定しがたいと思います。


――予想される批判をかわすために女性が艦長として起用されたのでは、という声も上がっているようですが。


 企業にお勤めの方でもそうだと思いますが、私達防衛官も拝命の際に真意を質したりはいたしませんので分かりません。ですが世の人々の中に、そのように考える方が少なからず居られるだろうことは思います。

 私としては、これまでの行いを評価して頂いたものと考えておくことにしています。



云々。



「お疲れ様でした」

 幹部用食堂で、馬緤まつなぎは新聞社のインタビュー草稿から顔を上げた。

「疲れました」

 長澤艦長は肩に手を当てて首を回す。

「問題はないかしらね」

「無いと思います。二か所だけ細かい訂正を提案いたしますが」

 馬緤はペンを入れた草稿を艦長に渡して説明する。

 二人の周りには、航海長ら幹部も集まっている。

 艦長は指摘を受けてうなずくと、草稿を幹部たちに回した。

「自分で言うのもなんだけど、お役人さんのような回答で、面白さがカケラもないわね」

「取材の回答に面白さは不要と思いますが。それに我々も国家公務員には違いありませんし」

「的確なツッコミを有難う」

 肘を立てて組んだ手の上に顎を乗せた長澤がニッと笑う。

「でも防衛隊史上最も高価なフネを預かる以上、その存在価値を国民の皆様に少しでも納得して頂きたいですからね」

「それは、その通りです」

「今さら言う事ではないと思いますが」

 柳砲雷長が顔を上げた。

「護衛艦隊直属にすればもっと筋が通ったと思いますが」

 幹部の中では最年少かつ、海上防衛隊初の女性砲雷長である柳 真鈴ますずは、歯に衣着せぬ物言いで知られていた。

「全面的に某国と対決姿勢を示す事は避けたいのでしょうね」

 馬緤はヒヤリとしたが、艦長は穏やかに受け止めている。

「マスコミの皆さんの、防衛隊に関する報道にはうがちすぎな面もありますけど、何しろうちには『ひゅうが』の事例がありますからね」

 艦長の言葉に、皆はああ、と微妙な面持ちになる。


 平成十六年に企画されたヘリ搭載護衛艦、仮称16DDH。後に『ひゅうが』と命名されたこの艦は、当初巨大な艦橋構造物でヘリ発着甲板を前後に分断された形で竣工した。

 太平洋戦争とその後の歴史的経緯から、日本では空母の保有に反対する世論が強かった。実際、先立って建造された輸送艦おおすみ級は、空母に近い外観を有していた事で批判された。そのためこの設計は、世論に配慮して意図的に不便な形を選んだものという批判もあった。


 事前の悪評通り、構造物が巻き起こす気流が前部ヘリ甲板の発着に障害をきたすことが明らかになり、わずか半年で全通甲板への改装が決まった。

 相当大規模になるかと思われた工事だが、三ヶ月で終了して艦隊に復帰できた。

 というのも、艦橋構造物の大部分を占める中央格納庫は予備のもので、定数のヘリ用格納庫は発着甲板下に元々設けられていたからであり、煙突やマストは全て右舷に寄せられていたからでもあった。

 商船並みに広大だったブリッジを縮小再配置する事を除けば、艦橋構造物の大部分を撤去する事に大きな問題は無かった。

 逆に問題が無さ過ぎ、最初からの計画であったのだろうとも疑われた。結果的には無駄な約七十二億円が費やされた事になる。

 そして同型艦『いせ』は当初から全通甲板で完成したのだった。


「私達は防衛の必要だけで突っ走る訳にも行かないけれど、必要な時に準備が出来ていませんからって断る事も出来ないのですからね」

「このフネは、いろいろな意味で防衛隊一の難物ですね」

  馬緤が肩をすくめると、最年長の参田機関長がうなずいた。

「むしろこの艦こそ、海上防衛隊そのものかも知れませんな」

「そうね」

 艦長は笑みを浮かべて立ち上がった。

「それではそろそろ、防衛隊を動かしに戻りますか」

 

「あの記者さんの質問が」

「はい?」

 前を歩く艦長の言葉が途中で途切れ、馬緤は問い返す。

「全て杞憂に終わる事を祈るわ」

 馬緤は今読んだ原稿を思い浮かべ、彼女の言う質問が何かを探した。


(有事の際、海上防衛隊はこの艦を実戦に投入するつもりでは?)


 一瞬息が止まり、そして答えた。

「私もです」


************************


 こちらの世界の(史実の、とも言いう)「ひゅうが」は、こんな詐欺みたいな事はしておりません。ただ、前後にヘリ甲板を分けた想像図が先に発表され、議論を呼んだのは事実です。

 後に全通甲板の予想図に変わり、三つのデザイン案があった事、上に描いた格納庫の件などが明らかになりました。

 っつうか最初のデザイン案も、後からよく見たらちゃんとヘリ甲板にエレベーターが小さく描かれているのでした。マストや煙突が右舷寄りになっていましたし。

 その辺から、潜水艦母艦『大鯨』を連想して思いついたのがこのお話です。いや、あんなペテンみたいなことは、少なくともこちらの自衛隊は考えていなかったと思いますけどね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る