第115話 教え子から開拓地の発展について聞いてみよう!

「少し出かけるか。開拓村の案内をしてくれないか」


 気まずくなったことを察した颯太そうたはそう言ってアヤヒに頼んで開拓村を案内してもらうことにした。


「ここに居て話してても気が塞ぐ……かな。良いよ、行こうソウタ。ソウタが居ない間に、結構村も発展したんだ。村らしい風情になってきたからね」


 アヤヒと共に開拓村へ繰り出すと季節は春真っ盛り。梅や桜やライラックのような香りと色づきの良い花が同時に咲き乱れ、なんとも忙しない。


「酒~!」

「羊肉と酒~!」

「グワァア~! ガッガッガ!」


 愚かな森人エルフ丘人ドワーフは開拓村でも昼から酒を飲み、輪をかけて愚かな仔大鴉ネヴァンネットは焼き肉を狙って宴会の周囲を旋回している。


「平和だな」

「平和でしょ? 昨日は竜に住処を追われた魔羊バフォメットが群れで襲ってきて大変だったんだよ。銀山に採掘に行っていた人たち以外は総出で村を防衛してたんだ。山羊のお産も同時に始まっちゃったからもうてんやわんやで……」

「ごめん平和ではないわ……」

「平和だよ、ソウタが今からやろうとしてることに比べたら……」


 宴会を続けていた森人エルフたちはアヤヒと颯太そうたを見つけて大きく手をふった。


「おーい! アヤヒちゃーん! 村長~!」

「お、元気してたか~!?」


 二人が手を振り返していると、隙を見つけた仔大鴉ネヴァンネット森人エルフたちの焼き肉を盗んだ。それに気づいた森人エルフの一人と仔大鴉ネヴァンネットの取っ組み合いが始まってしまった。

 他の宴会のメンツはゲラゲラ笑いながらそれを見ている。のどかな(?)村の風景であった。


「村の立ち上げは上手く行ってるみたいだな」

「うん、森人エルフ丘人ドワーフ遊人ハーフリングも……それに少ないけど人間ヒューマンも来ている。“水晶の夜”の団員さんだけどね」

「種族の間で軋轢は起きてないか?」


 仔大鴉ネヴァンネットに蹴り倒された森人エルフを、宴会に混ざりに来た人間が慌てて手当していた。仔大鴉ネヴァンネットが勝ち誇っていると、親らしき大鴉ネヴァンが空から舞い降りて我が仔の頭を蹴り飛ばして飛んでいった。

 

「ご覧の通り」

「平和だこれ」

「村長も飲んでいけよ!」

「アヤヒちゃんも飲んでいったら? お姉さんがお酒の飲み方教えてア・ゲ・ル」

「え~良いの~? じゃあ少しゆっくりすっかなあ。アヤヒ、ヌイも呼んできてくれよ」

「オッケー、けどキンメリアでの公務は良いの?」

「やりたいことは色々あるけどな。たまには休まねえと駄目だろ」


 ――と、いうよりも。

 颯太そうたとしては。

 ――こっちが本命だしな。


「折角だし飲むついでに村に必要なものとか、欲しいものあったら教えてくれよ。村の運営自体が手探りなんだから」


 などと言って、颯太そうたは宴会の輪に入りこむ。

 すると、アヤヒがヌイを呼びに戻ったのを確認してから、宴会に参加していた人々は声を小さくして颯太そうたにささやいた。


「いや、実はね村長さん。あの王都の近くから派遣されてきたエリートっぽい森人エルフ? あいつらがうるせえんだよな」


 と、丘人ドワーフの技術者がぼやくと


「そうなのよひどいのひどいの! 夜間に賭けレースしないで早く寝て働けだの! 酔っ払って喧嘩するなだの! 勝手に狩りに出るなだの! 人間ヒューマンみたいなこと言うのよ!」


 遊人ハーフリング大鴉騎手ネヴァンライダーが乗り


「アヤヒちゃんの手前顔立ててやってるけどよ。まあ俺らも気に食わん訳よ。なんつーの? 見下してる感じ?」


 人間の傭兵までそれに賛同した。

 ――まあ村の秩序を維持する為に、嫌われることにはなるか。

 ――お陰で開拓村の奴らがある程度纏まっているのはありがたいが……。

 と、そんな時だ。


「お前ら! また昼間から酒を!」


 ――うわっ。

 顔立ちの整った森人エルフが眉間にシワを寄せて立っていた。


「ウンガヨさんの所の若いのか。まあ座れよ、昨日は大変だったんだろう」


 颯太そうたはニコニコと笑って自分の隣の席を勧める。


「あなたは……?」

莨谷たばこだに颯太そうただ。君たちの噂は聞いている。森人エルフの自治区でお役人になる為に勉強していたんだろ。名前は?」

「あなたが……! お、俺はキーマンです」

「そうかそうか、この村のことについて聞かせてくれよ。俺、普段は村に関われないからさ。ウンガヨさんには世話になっている。君たちとも仲良くなりたいんだ」


 そう言って颯太そうたはまず手ずからチェイサー用のお茶を小さな盃に注いで、キーマンに向けて差し出した。

 キーマンも、他の参加者から歓迎されていない事はわかっていた。

 しかし断りきれずに颯太そうたの隣に座るしかなかった。


     *


 颯太そうたはキーマンにお茶を飲ませながら、彼の仕事についてひとしきり聞き取った。真面目な顔で耳を傾けてから、一気に笑顔になり、彼の肩をパンパンと叩いた。


「頑張ってるじゃんキーマン! 偉いぞキーマン! 確かにお前が心配することは分かるよ、それもそうだよな。竜の本拠地で暮らしているから、気を緩める訳にはいかないよな」

「そうなんですよ! だから分かんないんですけど酒飲みすぎだと思うんですよ! 開拓村で娯楽が無いのが駄目なんですかねえ!? でも飲みすぎだと思うんですよ! そりゃあ何か有れば勿論俺たちが前線に立って村の皆さんを守る為に戦いますよ! けど守ろうにもこれだけ緩みきってると不安なんです!」

「それはそうだ。けど俺たち戦争しに来てる訳じゃないんだ。生活しに来てる訳よ。みんながバリッとしてたらそれはそれで嫌がられるだろ」

「そういうもんっすかねえ~~~~~!」


 続けざまに宴会の参加者からやじがとぶ。


「うるせえ! 酒を飲まないと良い大人になれないぞ!」

「キーマン、さてはてめーおぼっちゃまか? 気に食わねえな! ちゃんと魔羊バフォメットと戦わねえし!」

「なんだと……こっちだってさっきまで村の為に塀を修繕して回ってたんですよぉ!? 怪我人の手当も俺! 俺してましたよー!」

「えっ、ごめん。もしかしててめー良いやつか?」

「キーマンくんは偉そうな森人エルフの中では比較的マシよ。この前、うちの山羊にめっちゃ懐かれてたのよ。尻にチョキくらってたわ」

「見てたなら助けてくれませんか? そういうところですよ皆さん?」


 こうして、アヤヒがヌイを連れて帰ってくる頃にはキーマンを村の大人が囲んで絡み酒を始めていた。


「うっわ……」


 アヤヒは心の底から嫌そうな声をあげた。


「どうしますお姉ちゃん」


 ヌイは不安そうにアヤヒの顔を見上げた。


「みんな出来上がってる逃げよう」


 そんな二人のやり取りを颯太そうたはずっと見ていた。

 なので――


「アヤヒ!!!!! ヌイ!!!!! 待ってたぞ!!!!! こいつ良い奴だな!!!! 他の森人エルフの若者も呼んでくれない????」


 二人が逃げ出そうとしたタイミングで颯太そうたが手をふると、アヤヒの足が止まった。一方、キーマンは村の代表であるアヤヒを発見して思わず怯む。


「げぇっ! アヤヒさん!?」

「……はーい呼んできまーす。行くよヌイちゃん」

「良いんですか?」

「いやだって……なんか一人で犠牲になってるの哀れじゃん……犠牲者増やそう」

「それもそうですね! ではさらばですキーマンさん」

「あ、あぁああぁぁぁ……? 置いてかないでぇ……!」


 キーマンに向けて四方八方から腕が伸び、細く白い四肢を絡め取った。


「酒飲みねえ、羊肉食いねえ」

「お酒は成人してからって決めてるんですぅ……!」

「飲みねぇ飲みねぇ! 食いねえ!」

「こらみんな、アルハラだぞ。俺が代わりに飲むから子供には手を出すんじゃない」

「ちっ、命拾いしたなヒョロエルフ」

都会森人モダンエルフめ……アヤヒちゃんなら既に樽三つはいってたぞ。だから都会森人モダンエルフは駄目」


 ――何?

 颯太そうたは教え子の未成年飲酒を聞かなかったことにした。

 そしてキーマンに向けられていたカモス酒をグイと飲み干した。


「肉はいけるだろ肉は」

「いただきます!」


 颯太そうたには脂身がそろそろきつい。なので羊肉をキーマンに押し付けた。

 案外、良い食いっぷりであった。

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