第113話 鉄砲玉をけしかけた癖にしらばっくれる悪徳騎士の脳髄におクスリ注入しよう!

「なんですって! ソウタ様の邸宅に矢を射掛ける不届き者が!? それは許せませんなあ~~~~~~~~~! この土地を古くから守護する騎士“アーデン一族”の者として見過ごせません!」


 颯太そうたの家の浴室の窓ガラスに矢が射掛けられてから二日。

 早くも捕まった下手人が、これまた早くも口を割り、そしてまたまた早くも雇い主がハッキリした為に、颯太そうたは手勢を連れてその雇い主の家を訪れていた。


「見過ごせねえよなあ。下手人はとっ捕まえたし、雇い主についても吐かせた。証拠も出てきたぜ」

「やや、なんと! 一体何処のどいつが!」

「あんただよ!」


 颯太そうたはマホガニーの机に踵落としを叩き込んだ。ガァンと大きな音が応接室に鳴り響き、家の主とそのお付きが眉を潜めた。それを見て颯太そうたはため息をつく。


「いやね。この土地を古くから守っていた一族、そいつは結構。俺が気に食わない。それも結構。だがやり方が気に食わねえ。こっちはてめえらが竜を追い返せなかったから来てるんだわ! だのに仕事の邪魔とは随分じゃあねえのか?」

「濡れ衣を着せた上にその態度……今すぐお帰りいただけないならばこちらも考えがありますが? いかがかな市長どの」

「シラ切ってんじゃあねえよ!」


 と、言いながら颯太そうたは小さな機械を取り出す。

 蓄音機だ。


『あの男も少しつつけば怯えて逃げ出すだろう』

『所詮火事場泥棒しか能のない聖女の取り巻きだ』

『お前がやつを仕留めたならば病気の母親の治療費は払ってやるとも。鹿を射つのと何も変わらん。ほれほれ』


 蓄音機はロナルドの声だった。


「ああ、ちなみに犯人のお袋さんの治療費は建て替えといてやったぞ。俺に払ってくれても良いぜ?」

「な、な、なんだそれはくだらん幻術まやかしを使いおって!」


 颯太そうたはこれみよがしにため息をつく。


「蓄音機だ。蝋管に空気の振動を記録することで収集した音を何時でもどこでも再生可能になるだよ。大逆人のサンジェルマン伯爵って知ってるだろ? あいつは俺の兄弟子だったんだが、昔作ってくれてな。王都でも今流行りだぜ? 犯罪捜査の証拠としても使われている? 知らないのか? マジ? これだから田舎者は……」

「ともかく知らん! 知らんもんは知らん! そんなものが証拠になったとしてもそれは王都の法! キンメリアにはキンメリアの法が――」

「あっ、そう?」


 颯太そうたが残念そうな声で呟く。


《メッセージ:『放毒』が発動しました》


 次の瞬間、部屋に居たアーデンの護衛たちが次々と泡を吹いて倒れ始めた。


「えっ!? ええっ!?」


 アーデンが周囲を見回して悲鳴を上げたのを見てから颯太そうたはゆっくりと立ち上がり、机の上を土足で歩いてアーデンに迫る。

 そして、アーデンの顔面に靴を乗せて、ニヤニヤと笑った。


「エルフの村の自白剤なあ。あれ、俺も食らわされたんだけどよお。めっちゃ良く効くんだよなあ。あれこそ、まあ仕方ないよなあ」


《メッセージ:『放毒』が発動しました》


「あ、が、あ……!?」

「殺さねえよ。俺は人殺しはしない主義なんだ。ただ――どの薬で壊れたいかは決めときな」


 と、そこまで言った瞬間、バタンと勢い良くドアが開く。

 ドアの向こうに立っていたのはまだ十を越えたか否かくらいの小さな人間の少女だった。ともすればこの場には似つかわしくないが、少女の浅黒い肌と紫色の瞳が血で濁ることはない。

 そもそもこういう場こそが、彼女の生きる場所だからだ。


「先生、お久しぶりです」

「よう、ヌイか。外の見張りはどうした」

「この部屋には忍び込みました。お姉ちゃんに知られたらどうするんですか? ほどほどになさってください」


 ――アヤヒか……開拓地で何か有ったな?

 苛立っていた颯太そうたは少しだけ落ち着きを取り戻した。


「良いぜ。こいつは臨時の裁判所で証言させるつもりだったしな。やりすぎはよくない」

「あの、先生……」


 ヌイは颯太そうたが踏みつけている男を見て、怯えていた。

 ――あれ?

 ヌイの変化に気づいた颯太そうたは机から飛び降りて彼女の頭を撫でる。だがヌイがビクリと震えたことで手が止まった。

 ――まだ怖いのか。俺にやられた時のことでも思い出しているのか?


「大丈夫だ。お前には二度と使わないよ」

「……いえ、その」

「そもそもただの薬だ。少量なら訓練しているお前には効かないだろうし……」

「いえ、いえ、違うのです」

「じゃあなんだ?」

「同じ薬でも、森人エルフたちと先生では、使い方が違います。エルフは不届き者を殺す理由を作る為に自白剤ソレを使うそうですが、先生は――先生が使うそれはもっと怖いんです。ごめんなさい。見たら、思い出してしまって」


 颯太そうたは久しぶりに苦い顔をして、あえて尋ねる。


「どう違う。どう怖い」

「先生は人の心を壊すために使います。徹底的に壊されるその男と、こうして重用されている私と……何が違ったのかふと不安になりました」

「お前は特別だよ。部下は増えたが、結局、一番信頼できるのはお前だ」

「聖女様や、他の皆さんよりもですか」

「勿論だ。お前にしかできない話がいくつもある。だから、傍に居てくれ。一人ぼっちは寂しいんだ」

「……はい」


 颯太そうたはもう一度ヌイを撫でた。


「……さて、外の見張りを呼んでこい。こいつを連れて行ってもらわなきゃならねえからな」

「内側からいきなり私が出てきたら驚きませんか?」

「ソレくらいでいいんだよ。莨谷たばこだに颯太そうたの部下が恐ろしいと思ってもらわなきゃ意味が無い」

「怖い人の振りを続けてると、そのうち本当に怖い人になってしまいますよ」

「そうなっても、お前だけは傍に居てくれるよな?」

「……ええ」


 ヌイは少しだけ自慢気に微笑んで、それからすぐに部屋の中から消えた。

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