第112話 一方その頃、北の開拓地は暴力が支配する世紀末を迎えていた

 カン、カン、と高らかに金槌の音が響き渡る。銀山の麓にできた開拓村は今日も賑わっていた。

 莨谷たばこだに颯太そうたが経営する麻薬村から遥か北、人類が地図を持たぬ未踏地では、既に密かに開拓計画が始まっていたのだ。


「アヤヒお姉ちゃん……いえいえ村長代理さん」

「なんだねなんだね。良い響きだから何度でも呼んでいいよ」


 開拓村の中央にある村長の小屋では、村長代理と書かれた机を前にアヤヒがふんぞり返っていた。


「今日は子ヤギが生まれたそうです」


 ヌイの報告を受けてアヤヒはごきげんな笑みを浮かべた。


「早いねえ。思ったより動物たちも村に馴染んでいるんだ。ヤギたちが妊娠中に移動することになったのは心配だったけど、案外いけたね。ウンガヨさんの転移呪文のおかげかな」


 計画の立役者たる颯太そうたは不在だったが、開拓村の経営は順調だった。

 理由は単純。アヤヒが優秀だったのだ。

 白竜を名目上の支配者とした上で、その委任を受けてアヤヒが実務を執り行う。そしてその補佐はウンガヨやウンガヨが育成していた森人エルフ官僚集団に行わせる。この形式が、颯太そうたの意図以上にうまくいってしまった。


「村長代理さんがお世話頑張ったからでは?」

「そりゃあもう、元々羊飼いですから。山羊もいけちゃう」

「そんなもんですかね? ともかく銀山の採掘計画は順調、先生が持ってきてくれたジャガイモの栽培も進んでいます。あとはガラの悪い竜がまたタカりに来るかもしれないことくらいですが……」

「ウンガヨさんの大麻畑で注意をそらしたり私が殴っておくから大丈夫だよ」


 この統治が成功している理由は単純、暴力だ。

 過酷な森人エルフの村で練り上げたアヤヒの暴力とタフなメンタルは、開拓地で起きる大部分の問題を解決してくれた。開拓志願者に紛れ込んだゴロツキ、ちょっかいをかけに来る下級の竜、迷い幻獣、食料の分配、そのすべてにおいて、アヤヒの暴力と素朴な正義感が有効に働いていた。精霊魔法は政治にも効くのだ。


「アヤヒお姉ちゃんが強いのはそうですが、そればっかりじゃ勇者になれても村長にはなれませんよ。無茶しないでくださいね?」

「分かってるよヌイちゃん」


 アヤヒは時計を見る。まだ昼の二時だ。もう今日の仕事は割と片付いていた。

 平和すぎやしないか、と彼女は思っていた。


「……それにしても、ソウタが居ないのにこんな場所でやっていけるのかと思ってたけど、案外できちゃうね」

「確かに、うまくいきすぎですね」

「競ヴァでもやる? 村の皆を誘ってさ」

「確かに夏の夜試合ナイターレースに向けてそういうのも良いかも――」


 と、ヌイが言いかけたその瞬間、二人の居た小屋の扉を派手に開け放ち、胸を強調しつつ腕を大きく伸ばす官能的なポーズを決める変な女が居た。


「元気か、人間ども。競ヴァの話ならば俺も混ぜよ」

「げ、白竜……さん」

「なんだ嫌われてるな。俺は森人エルフにしては話が分かると買っているのだぞ。あの男の教え子だしな」

「いやその、ソウタをさらったんだから警戒するというか……ねえ?」


 アヤヒが嫌そうな顔をしているにも関わらず、白竜はむっちりとした尻を村長と書かれた机の上に乗せてニヤニヤと笑っていた。


「まあ固いことを言うな。それともあれか? 俺があの男を気に入っているから妬いたか?」

「やっ、べっ、べつに! 私はそういうんじゃないので~! あくまで尊敬だし? 勝手にそういう事言われても困りますっていうか~!」

「妬いているのはヌイですね。今は先生ですが将来的には公私に渡ってお支えする予定なので」


 と、お茶を淹れ終えたヌイが挙手をした。


「まだ童だというのに抜かすじゃないか。恋にせよ、戦にせよ、勇士は嫌いではない。ヌイ、ヌイか。うむ、覚えておく」


 ヌイはペコリと頭を下げてお茶を出した。白竜はゆっくりと香りを楽しんだ後にちびちびと減っていくのを惜しむようにしてお茶を飲み始めた。


「人族の飲み物は少なくていかん。あっけなさ過ぎて愛おしくなる。茶葉はまあまあ、だが大麻を少し混ぜたな。わずかな石油臭さがドラゴン好みだ。力が湧いてくる。良いセンスだな……品種はなんだ」

「ゴリラグルーNo.4だそうです」

「うむ、覚えておく。人間の仕事は良いな、細やかだ」

「で、白竜さん、何しにきたんですか」

「竜族側で招集がかかってな。ソウタの居るキンメリアに、近々遠征部隊を派遣しようという話になっている。竜族の連合だ。いくらソウタがうまく立ち回っても、サンジェルマンの十三兵器があっても、まあキンメリアは今度こそ火の海だろう」


 アヤヒとヌイは顔を見合わせた。それから白竜の方を見た。


「は?」

「あの……」


 白竜は困ったようにポリポリと頭を掻いた。


「いや、竜が人間風情に負けっぱなしなのは面子に関わるだろ」

「ど、どうやって先生助けるんですか!?」

「ソウタ殺す気かーっ! こらーっ! 白竜ーっ!」


 キャンキャンと吠える二人に心底うんざりした表情を浮かべ、白竜は耳を塞いだ。


「知らん。この前の会議で、無様に援軍を求めた東の竜族を皆殺しにして、そいつらをステーキにした宴席の勢いで決まったんだ。俺も勿論キンメリアを攻める」

「共食い……するんだ……」

「するよ。力が増すからな。それで少し落ち着いたか? そのノミレベルの小さな頭をしっかり冷やしてよく聞け、そして考えろ。まず第一、本気で殺す気なら黙っているに決まっているだろうが」

「――あっ、そういう」


 アヤヒはストンと納得した。

 それどころか颯太そうた譲りの悪い笑みまで浮かべ始めた。


「つまり私たちがソウタを助けて良いところを見せつけちゃおうって作戦だね!」

「分かった。麻薬王と同程度の思慮を期待した俺が馬鹿だった。ほら、これ」


 白竜は首をポリポリ掻いてため息をつく。

 それから封筒に入れた紙束を机の上に放り出した。


「これが竜族側の偵察計画。しばらくしたら本格的な侵攻が始まる。ぶっちゃけ俺は人類との全面戦争はアホくさくて付き合いきれん。既に東の竜の領地を奪っているし、連合軍に参加した後も、キンメリアをとったらそれ以上動くつもりはない」

「つまり……積極的に侵略はしないの?」

「俺はな。負け戦はせん。アホくさい。お前たちサルのようにあったまるのはギャンブルだけで十分だ。それじゃ俺は帰……」


 白竜は腰掛けた机から降りると、思い切り背を伸ばす。背中を大胆に露出した衣装と長い白髪の隙間から、翼が一瞬だけ覗いた。


「……あの、白竜さん。一つ聞きたいことが」

「なんだ?」

「人間の領土を売って、話ですよね、これ。じゃないですか?」


 白竜は大きなため息をついた。


森人エルフは腹芸ができんのが良くないなあ。ソウタを見習え」

「へへっ、田舎森人エルフなもので~」


 白竜は薄く微笑むと部屋を出ていく。

 アヤヒは彼女に手をふる。

 勿論怖かった。混乱していた。だが――。


「面白くなってきたね、ヌイちゃん」

「そうなんですか?」

「この国、滅ぶかも」


 最初に気づいたのは、他ならぬ彼女だった。

 女神でも、白竜でも、貴族たちでも、莨谷たばこたに颯太そうたでもなく。

 田舎の、半精霊ハーフエルフの、少女だった。

 終わりが始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る