第111話 荒廃した東の小王都で内政をした結果、貴族の暗闘に巻き込まれてしまったぞ!

 ミュンヒハウゼン男爵領、キンメリア。

 かつて学問の都と讃えられた城の威容はどこにもない。

 その最後の瞬間を、颯太そうたはとっくに目に焼き付けていた。

 だから彼の行動は決まっていた。


「聖女領から派遣された莨谷たばこだに颯太そうたです。錬金術師をやっています」

「難民が多いと聞いておりました。では食料に余裕があります。炊き出しを行いましょう。エルフは苦手でしたか?」

「雇用の創出は重要な課題ですね。実は私の村では錬金術による食料の増産計画に着手しておりまして……ええ、磁鉄鉱が必要なんですが……ドワーフに手伝わせても?」

「ああそうだ、治安の維持の為、難民街は傭兵たちに見張らせましょう。“水晶の夜”はご存知ですか? 彼らなら一声かければ動きます!」

! 恐ろしい話ですね……兵士にまで広がっているとは……この国の規律を守る聖女様の一臣下として見過ごせません。寝てないのではないかって? いえいえ! 今は国の一大事! この莨谷たばこだに颯太そうた、粉骨砕身がんばります!」


 故に、その行動は迅速だった。

 豊富な麻薬マネーを使って困窮する地域への浸透策を講じ、産業振興を行い、復興名目で地域が潤ったのに乗じて暴力と麻薬の魔力により、少数民族の権利の拡大を行う。

 要は侵略だ。


「ま、ざっとこんなもんよ」


 白い濁り湯で満ちた湯船に浸かって、女神の肩を抱き寄せながら、颯太そうたは薄く微笑む。その日はあえて、大鴉ネヴァンタクシーで、アスギをエルフの村に帰らせていた。

 少し物騒な仕事が増えるからだ。


「ちょっとソータ? あんた調子に乗ってない?」

「ここまで必死に麻薬組織築き上げた男に言うことかそれ?」

「まあでも悪くない手腕だったと思うわよ? 街の復興と同時に貴族の権威が弱まっている。商人も兵士も、市長のあんたの顔色を伺ってるわ」


 颯太そうたの頬に軽く口付けしてから、女神は底意地悪い笑顔を浮かべた。

 颯太そうたは女神の頭を撫でると、バスルームの窓の外を見る。


「人ってのはさ。どん底の時に手を差し伸べてくれた相手には弱いんだよ。そうやって情に訴えかけてから、私兵として“水晶の夜”を投入し、暴力もちらつかせる。怖いかも、と思い始めたところで経済も掌握しておく。すると人は思考を止めてしまう。最大限穏便に“逆らったら死ぬ”と伝えた訳だ」


 次の瞬間、バスルームの窓を叩き割って矢が颯太そうたの額に向けて飛翔した。だが女神はそれを難なく掴み取って、真っ二つに折る。


「ソウタ、時計塔からの狙撃よ」


 女神が耳元でささやくと、颯太そうたはバスルームの外に大声で呼びかけた。


「分かった。おい、時計塔からだそうだ!」


 バスルームの外に控えていた男たちのうち何人かが部屋の外に向けて飛び出していった。

 ――サンジェルマンくらいの相手じゃないと歯ごたえがないな。


「ま、貴族同士の主導権争いはあるし、こうやって俺を嫌う奴も出るが……」


 割れた窓の向こう。夜の街に、火球ファイアボール発法音はっぽうおんが鳴り響く。続いて宵闇をつんざく誰かの悲鳴。


「穏便に進めてきたからな、そういう連中は皆殺しにできる程度の数で済む」

「あら怖い。すっかり悪い男ねえ?」

「見損なったか?」

「私のせいでそうなったんでしょう?」

「そうだな。どうしてくれる?」


 女神は表情をパーッと輝かせた。


「どうもしない! 素敵よ!」

「じゃあ良い。まあ権力者と結びついた麻薬の売人なんて、証拠掴んで吊るすなり殺すなりしたいやつはわんさかだろうさ」

颯太そうたを狙う奴って証拠掴んでるの? あたしが思うに、怪しいと思ってる子は居ても証拠を抑えている子はいないとおもうわ」

「どうでもいいんだよ。死人に口なしだ。この町を守るよりも、他人より偉くなることにしか興味が無い連中だからな」

颯太そうたが死んだら、この町を竜から守り切るなんて不可能なのにね。あいつら何も知らないんだから!」


 ――そう、そうなんだよな。

 ――俺が竜族から情報を受け取り、それを元にカレンが防衛作戦を続ける。

 ――カレンが防衛作戦を続けるのに必要な資金や食料は、俺があの手この手で用立てる。

 この師弟の協力関係は、驚くほどうまく行っていた。

 特に、貴族には司法の手が及ばないという意味で、颯太そうたの動きがかなり自由になる点が良かった。


「お前が知っていれば良いのさ。それにソッチのほうが面白い」

「面白い?」

「だってこの国のシステムが腐敗してるから俺如きの跳梁跋扈を許しているんだぜ? 清廉潔白に、公平に法を運用して、民衆が飢えず軍が規律正しく動いていたら俺は何もできないし、お前だってわざわざ起きる必要はなかった。そんな事も知らずに、国を腐らせてきた連中が必死に俺を殺しに来るのはなんだか滑稽で……面白いじゃないか」

「あーあ、颯太そうた悪い子!」

「良いじゃねえか。子供は学校に通えるし、赤ん坊は熱を出せば風邪薬をもらえるし、大人は仕事がある」

「私は良いと思うわ! 私が適当に人類殲滅するよりはずっと上等!」


 女神の頭をもう一度撫でると、割れてしまった窓ガラスの外をもう一度眺めた。

 静かな夜だった。怯えているようだった。


「俺もそう思う。なので――邪魔者を一掃したら、竜との小競り合いにケリをつける。来る決戦で聖女様の軍に足を引っ張る馬鹿が出ても困るしな」


 と、余裕有りげに呟く颯太そうただったが――

 ――どっちが悪徳貴族様だよ。

 という思いは捨てられない。声が僅かに震えていた。


「いいのよ」


 女神はポツリと呟いて白く滑らかな胸元に颯太そうたを導いた。

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