第109話 エルフの未亡人と二人で湯船に浸かりながら地方都市の復興プロジェクトと家族計画を練り上げよう!

「……さて、と」


 アヤヒとヌイを相手に化学肥料の合成について講義を終えた颯太そうたは、沸かしてもらったお風呂に浸かっていた。


「湯加減いかがですか?」


 浴室の扉が開いてアスギが顔を出す。

 前までなら照れたり慌てたりしたかもしれないが、今更そんなことを言う仲でもない。


「ええ、ぴったりです。熱い湯は苦手なのでぴったりだ」


 颯太そうたの声は弾んでいた。


「あらあら、ソウタさんったら今日は機嫌が良いんですね。やっぱり先生のお仕事している時の方が楽しいのかしら」

「そりゃあもう。政治家も薬売りも別にやりたくてやってるわけじゃない。この村の子供たちに十分な教育を与える為の環境整備に過ぎません」

「難しいことは分からないけど、あなたが楽しそうで良かったわ」

「良かったら一緒に入りませんか。このまま話し続けるのもあれですし」


 颯太そうたが誘うと、アスギはくすくすと笑って、すぐに浴室に入ってきた。

 彼女は最初から一緒に入る準備をしていた。


「あの子たち帰ってきたらどうしましょ」


 浴槽でゆっくりと背を伸ばし、颯太そうたの腕にしがみつく。

 ――どうしましょ、じゃあねえよなあ。


「別に、悪いことをしている訳じゃないんだから。堂々としていれば良い」


 などとは言うが

 ――でも思春期の女の子に見られたら不味いよな。

 という自覚は颯太そうたにもある。


「ふふふ、ソウタさんがそうおっしゃるなら、別に良いですけど」


 ――ヌイはさておき、アヤヒがアンモニアの合成から戻ってくるまであと一時間くらいはあるだろう。

 ――そうだな。その後は屋敷に連れて行くとして、ここであと三十分くらいゆっくり風呂に入る時間はあるか。

 などと計算をしてから、ソウタはアスギの白く細い肩を抱き寄せる。


「今度はね、町を一つなんとかしてこいと言われました」

「町、ですか」

「ずっと東の方に、竜の襲撃を受けた町があって、そこの復興を頼まれたんですよ」

「なんだか途方も無い話ですねえ……」


 アスギは、颯太そうたの胸元に身体を寄せて、ぼんやりと不思議そうな顔をしていた。

 ――確かに、なんだか遠いところまで来ちゃった気はするが。


「良かったら一緒に来てくれませんか」

「私が? 迷惑にならないかしら」

「迷惑をかけているのは俺ですよ。俺のワガママを聞いて欲しいって話なんだ」

「あらあら……」


 白い指が髪を撫でる。


「ソウタさんは悪い子ですね」

「ええ、しかも甘えん坊だ」

「そんなこと言われたら……ついていきたくなっちゃうじゃないですか。あの子たちだけ村に置いていく訳にもいかないのに」

「それなんですが、アヤヒとヌイにはそろそろ村の外で勉強する機会を与えたいと思っていたんですよね。東の町は危険ですが、ここから少し北の方に新しく村を作りたいと考えているものですから。その立ち上げに関わることでこの先村長としてやっていく経験を積んでもらおうと」

「……あの子が? そんなことできると思うんですか? あの子の親としては、そんな、すごいこと、とてもできるようには……」


 颯太そうたはアスギの頬に唇を寄せ、耳元で囁く。


「俺にとっても子供のようなものです。自慢のね」

「ソウタさん……」


 アスギはうっとりとした声で呟いた。


「これから俺が行く東の町、キンメリアは産業が何もない場所ですが、アヤヒとヌイはウンガヨ先生やこの村のドワーフの皆さんの監督下で銀の掘れる山で村長の代理をしてもらいます。最初は難しいことも多いと思うのですが、あの子は鉱山の土の解毒もできるし、みんなから重宝されるはずです」

「ソウタさんが、そうおっしゃるなら……構いませんけど」

「じゃあ決まりだ。キンメリアの地下には磁鉄鉱が埋まっていて、これを今後、高値で売れるように市場に介入する下準備を始めているんです。町の復興と同時に、経験を積んだアヤヒやヌイ、それにドワーフやエルフの皆を呼び戻して、磁鉄鉱でお金を稼ぎます。ただの鉄鉱山としては生産量は少ないものの、少し特殊な鉄なので、高く売れるんですよ」


 女神による地下鉱物の解析結果で、キンメリアの地下になにがあるか颯太そうたは気づいていた。

 ――ハーバー・ボッシュ法の触媒として簡易に使える磁鉄鉱があれば、俺がサンジェルマンからせしめた装置の劣化版を量産できる。

 彼はそれが、キンメリアの復興に使えると踏んでいた。


「ごめんなさい。難しいことはわからないわ」


 そういったソウタの腕を、アスギが力強く握りしめる。

 興奮しているのが、颯太そうたにはよく分かった。


「けど――私、二人共手元から離れると寂しいんです。分かりますか、先生」


 素肌を通じて伝わるその熱気は湯船から生じているものではなかった。


「……まあ、そうですね」

「フィル君はどうするんですか?」

「村に居てもらおうと思います。ここを守ってくれる人が、アッサムさん以外にも一人は居ないと」

「あら、あらあら、じゃあ本当に寂しくなるわ」


 台詞とは裏腹にどこか弾むような声で。


「そう……ですね。俺一人でいつもあなたのそばに居られる訳でもない……ですし」

「ふふ、良い考えがあるの。ソウタさんの子供を作りましょ? 私男の子が良いわ。ソウタさんは?」


 ――無理、だろうなあ。

 と颯太そうたは思った。

 女神の権能スキルで生きているだけで、既に病魔に冒された身体で、そんなことできるとは思えない。

 ――けど。


「健康ならばどちらでも」

「あら、大丈夫ですよ。私、頑丈ですもの。それに村で育てば精霊もたくさんいるし健康になります」

「……じゃあ、村に戻る時は三人かもしれませんね」


 と、返す颯太そうただが、その表情はわずかに曇っていた。

 だがそんな颯太そうたの悩みなどつゆ知らず、上気した顔でアスギは囁く。


「今から頑張れば、四人かもしれませんよ」


 颯太そうたは悩みを忘れ、目の前の女を抱き寄せた。

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