第108話 モンスターをハントして、過リン酸石灰を作ろう!

 窒素(N)、葉や茎の成長に必須の栄養素。

 リン(P)、花や実の成長に必須の栄養素。

 カリウム(K)、根の成長に必須の栄養素。

 颯太そうたは黒板に植物の絵を書いた上でそのような説明を付け加えた。


「植物の栄養には主に3つの要素がある。今、アヤヒに作ってもらっているアンモニア。すなわち窒素。次にこれから作るリン。そしてカリウムだ。カリウムは単純すぎてわざわざ肥料として作らずに、鉱石として掘り出したものをそのままばらまくしか無いから保留。アヤヒはN窒素の肥料を作ってもらっているので、ヌイにはPリンの肥料を作ってもらう」

「おおー! でも、ヌイも作って良いんですか! 難しそうです!」

「お前も生徒だからな。アヤヒが一番弟子とはいえ、お前も化学については学んでもらわないと困る。それに手順は簡単だぞ。骨に酸をかけるだけだから、基本は」

「暗殺にも役に立ちそうです!」

「物騒だが、そうだな」


 二人の会話を聞いていたアヤヒが横で笑った。


「確かに役に立つけど、ヌイちゃんが使うには派手かも」

「お姉ちゃんなんか知ってるんですか」


 アヤヒは窒素と水素を高温高圧で合成する中で、容器の中に貯まるアンモニアを見てニヤニヤ笑う。

 ――笑い方が俺に似てきたな。まあ少しこいつの先生ぶりも見てみるか。


「そりゃあね。アンモニア作れるなら硝酸が作れて、硝酸が作れるならそこから綿火薬も黒色火薬も作り放題じゃん」

「肥料から火薬が作れるのですか? 私が傭兵団で勉強していた時は、火薬は採掘した硝石で作っていたのですが」

「そうだよヌイちゃん。今、私がやっていることは、そのを空気から作ってるようなものなんだ」

「えっ……すごい……!」


 アヤヒは満足げにうなずく。


「どうよソウタ。私、先生としてもいけそうでしょ」

「悪くないな。今の説明は非常に良かった。じゃあ一つ問題を出そう。なぜ、お前にアンモニアの合成を任せていると思う?」

「今まではソウタしか作れなかった火薬が私にも作れるなら、いつかは森人エルフが当たり前に火薬を量産できるでしょ。その為の第一歩じゃん、これ。不安定な魔法に頼らず森人エルフの軍事力を増強する為の第一歩だ」


 颯太そうたは溜息をつく。

 ――理解が早い。だが早すぎる。火薬について説明した記憶は無い。

 ――ウンガヨあたりが入れ知恵したか? 不穏では有るが、良い刺激か。

 颯太そうたはニヤリと笑った。


「良い着眼点だ。この技術、確かに最初は森人エルフにとって軍事的アドバンテージになるだろう。だがこれくらいの技術、すぐに追いつかれるぞ。人間はよく学ぶからな。肥料にしたって火薬にしたって、早いサイクルで増える人間にとってのアドバンテージにこそなるが、強靭なエルフにとっては本質的に不要だ」

「となると、エルフにこの技術を普及させようとする理由って?」

「エルフは長生きなんだろう。勉強をすれば良い先生になる。お前が、全ての種族の求めるものに知恵を授けるんだ。こういう経験は、吟遊詩人バードの仕事にも役に立つしな」

「つまりアヤヒお姉ちゃんのトレーニングが一番の目的ということですか」


 颯太そうたは頷いた。


「そうだ。アヤヒが先生として成長すること、ヌイが更に化学に詳しくなること。これが一番の目的で、実は火薬や肥料の量産はそこまで急がなくても良い。そこで問題だ」


 そして机の上に並べた骨の入ったフラスコと硫酸の入ったフラスコを持ち上げて、ヌイに見せた。


「これまで村で使われていた堆肥や精霊に頼った栄養補給に比べて、化学肥料を使った場合、どんなメリットがあると考えられる?」

「ソウタ、これ私答えちゃ駄目?」

「駄目、お前どうせ分かるだろ。ヌイが考えなきゃ駄目なの」

「はーい」


 ヌイは骨と硫酸を交互に眺めて黙り込んだ。

 それから腕を組んでしばらく考え込むと、表情を輝かせる。


「素早く作れることですね!」

「良いぞ、実はまだある」

「堆肥より楽で……臭いも無くて……衛生的ですよね。森人エルフは身体が強いけど、人間は肥溜めに落ちたら死ぬかも知れません」

「良いぞ良いぞ、衛生は良い観点だ。害虫も湧きづらくなるからな」

「虫取りですか! それも楽になるとしたら後は……保存もしやすかったり、あとは……」


 ヌイの額から冷や汗が流れる。


「早いっていうのは作るところだけじゃないよね」


 アヤヒがポロッと溢した言葉で、ヌイは気づいた。


「早く効くんですか! 栄養になるものだけが含まれてるから!」

「正解だ。アヤヒのヒントはルール違反だが、まあ大目に見てやろう」

「やったー!」


 ヌイは両手を上げて大喜びだ。

 ――ま、栄養分が偏るから植物が栄養バランスを崩しやすいデメリットはあるんだが。

 ――その辺りはおいおい検証しながら教えるとして。

 颯太そうたはニコニコ笑って質問を続ける。


「ちなみに、今の話を踏まえた上でどんな骨が良いと思う?」

「大きな獣、熊型幻獣とかの骨が良いと思います。骨髄とかの余分なものを排除した方が品質も良くなりますし。そうなると大きい骨を砕いた方が、使える部分が増えて良いかなと」

「じゃあ次からヌイが幻獣狩りモンスターハントについていく時は、そういう骨を集めてくるように」

「はい!」

「それじゃ、早速、幻獣モンスターの骨を硫酸で処理してみようか。今回は薄めた硫酸で実験するけど、ちゃんとマスクと手袋をして直接薬に触れないように気をつけるんだぞ」

「はーい!」


 翌日から、村長宅の畑を使って、芥子けしと小麦に対する化学肥料を使った栽培実験が始まった。

 そしてその結果に興奮した森人エルフたちが熊型幻獣のヌシ“アオカブト”を大挙して討伐し、その骨がエルフの村の畑に還っていったのは、それからわずか一ヶ月ほどのことであった。

 合掌。

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