第104.5話 Q.一般的なエルフに市政を任せるとどうなりますか? A.財政破綻待ったなしです

 王都の中心、白亜の王宮。綺羅びやかな礼服を身に纏う男女がつまらなさそうな顔を突き合わせてああでもないこうでもないと話し合っていた。

 なにせ、国の守りの要が一つ落ちたのだ。長々話し合っても結論などなかなか出ない。カレンはあくびを噛み殺しながら領主としてそれに耳を傾けていた。


「どうするんだね、東側の小王都の惨状は」

「東西南北、四つの小王都のうち二つが落ちたんだぞ」


 その中で放たれた言葉にカレンは眉をピクリと動かした。

 聖女であった頃とは違う。今はロードスター家の後継者として、発言権だけならばいくらでもある。

 舐められたままで笑ってられる立場ではない。


「北の小王都はです。それどころか、サンジェルマンの十三兵器と東の小王都を守護する男爵の一人娘まで確保したというのに、一緒くたに壊滅扱いされては困ります」


 カレンの言葉に貴族の男は嫌そうな表情をしたが、すぐに笑顔を取り繕った。


「あ、ああ、聖女様、申し訳ない。前領主様がお亡くなりになった事についての話であって、所領についてどうこう申し上げるつもりは……」

「そうでしたか。でしたら結構。東の小王都キンメリアの復興、そしてミュンヒハウゼン男爵のご息女の立場、どちらも私が治める北のアヴェロワーニュに状況が近いことは確かですしね」

「卿らは中身のない話ばかりするな」


 割って入ったのは年老いた白髪の男だった。体つきは枯れ枝のようだが、目つきだけは研ぎ澄ませた刃物のように鋭い。

 この国の宰相である。下級貴族の生まれながら能力で今の地位を掴み取った彼は、こういった無駄話の類いを好まない。


「要は、何が、できるのだ。卿らは」


 カレンは、宰相に向けて愛想笑いを浮かべた。


「独断はできません。ですが、ご命令があらばすぐに動けるように準備は整えております」


 カレンはそういう物言いこそ宰相が嫌うものだとは知っていたが、今更やめるつもりもないし、ここで余計なことを言って無駄に仕事を増やされるのも気に入らなかった。


「……そうか。ミュンヒハウゼン男爵のご息女はまだ幼いが、なかなか見どころがある。王都の学院でゆっくり心身の傷を癒やし、しかる後に領民に立派なお姿を見せるのが良いと思っている」

「おっしゃる通りかと。でしたら本日の会議は、単に今後の派兵の負担割合というだけでなく――」

「そうだ。誰かがその間に領地を守らねばならなくなる。我々はそれを決めねばならない。今日の議題で最も優先すべきものはそれだ。壊滅したキンメリア復興にあたって、だ」


 宰相の言葉に一同は嫌そうな表情を浮かべた。

 そしてそれを見て宰相は続ける。


「分かるぞ、貴様らの考えていることくらい。キンメリアは荒涼とした土地、財産たる書も焼かれ、防衛はあの信用ならぬサンジェルマンの十三兵器頼み。防衛は過酷で、得られるものは少ない。しかも費用はどうせ持ち出しだ……とな。関わるだけ損だろうとも、分かるとも」


 返事はない。宰相は溜息をつく。


「金がないのは何処も同じだ。それでも貴顕の務めを果たさねばならないのが、我々ではないのかね。華やかに生きろ、あこがれの対象として。そして死ね、お国のために死ね。手本たるべく死ね。できねばせめて身銭くらい切れ。ミュンヒハウゼンのやつは最後まで良く戦ったというのに貴様らは……」

「ヘイ! 宰相殿!」


 そんな時、手を挙げる男が居た。黒い肌に縮れ毛の深森人ダークエルフ。国家魔道士のウンガヨだ。この場に参加することを許されている唯一の森人エルフでもある。


「なんですかな、ウンガヨ殿」

「学問の都、魔術の研究が盛んだったキンメリアだ。防衛の過酷さも、得られるものの少なさも、そりゃあ人間ヒューマンにとっての話だろう」

「では、亜人どもを放り込めと言うのですかな」

「ン~、まあ半分正解だねえ。ボクとボクが森人エルフ特区で育てた弟子たちを投入して、行政担当能力の程度を実験させてほしいんだ」

「確かに、森人エルフたちの力ならば、荒れ果てた土地に緑を取り戻すのは容易いことでしょうな」


 国一番の魔術師と国一番の権力者のやりとりである。

 周囲の貴族たちは誰も口を挟めない。

 というより、宰相が喋っている間に口を挟めるのは、実力的にも性格的にもこの男しか居ない。

 カレンもおとなしく眺めているしかなかった。


「宰相殿も、他の人間ヒューマンの貴族も、森人エルフが信用できないのは分かるさ。だからそれはいい。けど、人間ヒューマンの勇者の中にもサンジェルマンみたいな裏切り者が居たように、森人エルフの中にも信用に足る奴が居るかもしれない。ボクはそういう子たちを選り集めて育てている。この国を守る為にね。これはその活動の一環だからさ。よろしく頼むよ。物は試し、ソウダロ?」


 二人のやり取りを横目にカレンはため息をついた。

 宰相の考えている事はわかる。

 ウンガヨは森人エルフの強みである精霊魔法を使ったインフラ整備で荒れた土地だろうが、とりあえず生きていけるようにしていくことはできる。だが森人エルフという種族はウンガヨのように話の分かる連中ばかりではない。彼らが自治区や特区から出てきて、東の小王都であるキンメリアに跋扈するというのはあまりにも良くない。


「この国は人間の国だ。いかにウンガヨ殿が大魔道士とはいえ、軽々にお願いしてしまってはその威信に関わる事態となります……が」


 西と南の小王都を治める貴族たちは我関せずという顔だ。特に西側は金さえ出せばいいだろうと思っている。商業と物流を一手に担う大貴族なのだ。

 他の貴族としても、今ここでいきなり面倒が回ってくることは無いだろうと油断しきった顔だ。


「この非常事態にはあらゆる手が必要となる。それも事実だ。東の小王都周辺の諸侯による派兵・補佐は勿論だが、竜の侵攻には国が一体となって当たる必要がある。サンジェルマンの十三兵器を起動させ、国に献上した功績を鑑みて、聖女様に指揮をとっていただきたいのが本音だ。ウンガヨ様のお連れくださる若者たちには、国を守る剣となって竜どもを討ち果たす役目を期待したい。他のものは物資でその進軍を支援するのが良いと思っている。いかがか」


 貴族たちはそれを聞くと好き勝手に喋り始める。


「お待ちください。人間が国を守らずしてどうするのですか」

「そもそも他の諸侯にそこまで物資があるでしょうか」

「適正な物資の運用について誰が確認を」

「予算はすでに計上を終えた後で」

「東側の諸侯の問題でしょう。遠方に居る我らとしては、他の竜の活発化に備えねばならんのですよ、それを分かれというのです」


 カレンは肩をすくめて目の前のテーブルの紅茶を飲んだ。


「貴様ら、じゃあ自分がどうしたいかくらい言えんのか! 何もせんでぎゃあぎゃあと!」


 宰相がテーブルを叩くと、カレンの目の前の角砂糖が皿とぶつかってコトンと音を鳴らした。入れ忘れていた角砂糖を紅茶に放り込むと、長くなりそうな会議に備え、カレンは紅茶のおかわりをオーダーした。

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