第103話 競鴉決着~ごめん二人共、あのレースは全部録画なんだ~

「各ヴァ、ゲートに入りました。位置について! よ~い!」


 モニターの向こう側から、空砲の音が部屋に響いた。


「さあ始まりましたマイタ村ステークス。各ヴァほぼ同時に飛び出した。まず頭に抜けたのは⑦リュウグウボウケンオー、翼で風を切りながら先端を進んで『見ろ! 私の大鴉ネヴァンが!』『るっさいわねえ見てなさい! すぐ逆転よ!』……そして②バンザイレッド『ほら見なさいすぐぶち抜いてやるわ!』ここまでの五羽が先頭集団です」

「先頭集団の大鴉ネヴァンは風の抵抗を受けやすいけれど有利な位置で最終直線に入れるからねえ。あの中で位置を入れ替えつつあの集団で有利位置を取り続け、最後に競り合うつもりだよ」

「続いて⑥フライデープレシャス、一ヴァ身空いて⑤ウイスキーピークが後を追う形となっております。後方集団は①ゴールドシーフと③カゼノメロディーが並走する形となっております」

「出走しているのは全部で九羽だから簡単に順位が入れ替わるよ。最後まで油断せず応援するんだねえ。特に後ろに居れば居るほど体力は温存されるんだ。後半での大逆転も競ヴァの醍醐味だよ! ヒーッヒッヒッヒ!」

「まずは第一コーナー、⑦リュウグウボウケンオーがヴァ群に沈み代わって前に出たのは①ゴールドシーフ、ゴールドシーフ!? 最後尾の①ゴールドシーフがワープした!」

「まあ魔術師が乗ってればワープ『はぁ!?』するさ。競ヴァはなんでも『サマだぞあれは!』だから『はいお客様お静かに』! ヒーッ『サマよーっ!』ヒッヒ!」

「①ゴールドシーフが何故か観客席に直進していく! まさかの初レースで大事故かぁ!? おっと観客席上空を飛び始めた! 遊んでいる! ①ゴールドシーフ遊んでいる! ジョッキーのウンガヨ選手はヴァ上で大爆笑! 真面目にやる気はあるのかーっ!」

大鴉ネヴァンは遊ぶのが好きだからねえ。なまじ賢いもんだからああいうメチャクチャな真似もやるのさ。客席上はショートカットにならないし、レース場内だからギリギリコースアウト扱いにはならないね」


 VIPルームではゴールドシーフのヴァ券を投げ捨てかけた商人が安堵のため息をつく。


「さて、後方集団も見ていきましょう。③カゼノメロディー、⑤ウイスキーピーク、⑥フライデープレシャスがこちらもローテーションで風を切っていますね」

「後方集団は先行集団が生み出した気流に乗って快調に速度を上げているね」

「ここで①ゴールドシーフがはるか上空から後方集団に合流。最後尾をつけていきます。マイタ村のコースの第二直線が終わり再びコーナー。土地が余ってるクソ田舎ならではの贅沢なコースの使い方ですねえ」

「ここからは渓谷を越える。川風を味方にしたやつが強いよ」

「ああっとここで③カゼノメロディーが後方集団を抜け出した! 早い! 早い! 狙うは先頭集団後方で温存する②バンザイレッドク『ぎゃーっ! 来るんじゃあ無いわよッ!』 早い! あまりに早い! ランダムに吹き抜ける川風と狭い渓谷をものともせず、むしろ味方にして突っ走る! 木立に直撃……しない! なんということだ③カゼノメロディー! ジョッキーのアヤヒ選手が精霊魔法で渓谷の地形と風向きを『ズルすんなクソエルフ!!!!!!!!』『誰だ森人エルフ侮辱エルフスピーチした奴! 表出ろ!』『馬鹿野郎後でやれ!』 競っています! 先頭集団最後方②バンザイレッドクイーンの後ろについた!」


 既に喚いているのは女神たちだけではない。

 VIPルームの治安は最悪である。

 盛り上がっているとも言う。


「さあここで②バンザイレッドクイーン慌てたか、一気に加速を開始する!」

「掛かってるねえ。焦ってレース中に無理に前に出るのは良くない兆候だ」

「だが伸びる、伸びる、伸びる、②バンザイレッドクイーンがごぼう抜き!『良いわよぶっちぎれーっ!』 並み居る大鴉ネヴァンを抜き去って単独首位に躍り出た! んーっここでステージギミック暴風雨発動! 突如発生した嵐が先頭集団を襲う……が、②バンザイレッドクイーンだけが単騎突っ走った為にこのギミックを回避する珍事態発生!」

「掛かったことで逆に『ええい俺ならあの程度の嵐ものともせんのに……』というわけさ。何が幸いするかわからないのも競ヴァの醍醐味だよ」

「さあここで最終直線! 一面に広がる芥子けし畑の上を飛翔する大鴉ネヴァンたち! 地元の森人エルフたちも手を振って応援しています! 先頭を突き進むのは相変わらず②バンザイレッドクイーンだが若干疲れているか。後ろから追いすがるのは⑦リュウグウボウケンオー! 後ろには⑥ウイスキーピークが続いております! その奥から詰めてきた、詰めてきた、①ゴールドシーフ! ウンガヨ選手無法すぎる! 嵐を魔術障壁で防ぎきって足を溜めていた! この国家魔道士には大人気がない! 早い! 早い! ①ゴールドシーフ早い!」


 ウンガヨへの野次が飛ぶ。飛びまくる。国家魔道士だけあってカジノに集まる悪い連中からの恨みは人一倍買っている。


「①ゴールドシーフが止まらない! 先頭の二羽をおちょくりながらグルグル回っている! 『ざけんな!』『ギャハハハ! 買って正解だったぜぇ!』『ちくしょー! もう負けだァ!』『未踏地で始末すべきだったな……』『わーっ! バンザイレッドクイーンに近寄らないでえ!』おっとここで①ゴールドシーフのジョッキー落ヴァ!」

「まあそういうことも『はぁ!?』! 調子に『クソ森人エルフ!』『てめえか差別主義者エルフスピーチャー!』『表出やがれ!』『お客様VIPルーム内での詠唱は禁止となっております』ってことさ。良い大鴉ネヴァンがかならずしも良い競争ヴァとは限らないんだよ」

「①ゴールドシーフの落ヴァで驚いた②バンザイレッドクイーンと⑦リュウグウボウケンオーが大きくコースを曲げる! そこを後ろからぶち抜いたのは――③カゼノメロディーだぁあああああ! 早い! 速い! 疾い! そして目が真剣マジだ! 風切り音と共に二羽の間を容赦なく突っ切っていく! まさしく人ヴァ一体! どこからこの力は溢れ出るのかぁああああああ! ゴールが近い! ゴールが迫る! ゴールが! ゴールが! 一着でゴォオオオオオオオオルッ! ③カゼノメロディーが差し切ったぁああああああ! 神に愛されし弧線の巨匠マエストロォオオオオオオオ!」


 VIPルームに馬券が舞った。


金泥棒ゴールドシーフ!」

「金返せゴルシ!」

「ザッケンナコラー!」


 VIPルームは大混乱だ。

 ――レースが荒れた時の対策は考えた方が良いなあ。

 なんて、颯太そうたがのんきに考えていると、画面の向こうから音楽が流れてきた。颯太そうたは眉をピクリと上げて薄く微笑む。

 ――そうか、


「あ、優勝した森人エルフが歌ってるぞ? ショーもついてるのか!」

森人エルフ民謡だよ。懐かしいな……」

森人エルフの民謡だぁ? そんなの……曲はさておき良い声だな」


 画面の向こうでは勝利者インタビューをガン無視したアヤヒとカゼノメロディーによる人と幻獣モンスターによるゲリラライブが始まっていた。アップテンポなメロディーに乗せ、最速を目指す思いの丈を見事に歌い上げている。

 ――の時にいきなり始めたもんなあ、アヤヒ。


「ん? おいあの大鴉ネヴァンも歌ってるぞ!」

「えっ? ええっ? あの森人エルフの娘が教えたのか!?」

「お客様~ヴァ券とチップの交換を行っておりまーす」

店員エルフ! ライブ見えないだろ! ちょっとライブ終わるまで待て!」

「え? ライブ? え? わっ、アヤヒちゃん何やってんのかしらあの子……? ヴァ券換金は室内後方のバーカウンターで行っておりまーす」


 アヤヒとカゼノメロディーのライブには思わぬ効果があった。レース結果に荒れる客たちの注意がライブに向かったのだ。

 ――よし、レース終わったら毎度ライブ入れよう。

 この世界の競ヴァは、レース後のライブがセットで行われる伝統が生まれた瞬間である。


「……負けた、だと」

「負けたわぁ……」


 一方。

 二人の女が魂の抜けた顔で崩れ落ちていた。

 ――人を散々振り回した女どもが! お金を溶かしてる!

 颯太そうたは今すぐ手を叩いて喜びたかったが、我慢することにした。うまくすればもう一儲けできるからだ。


「白女! あたし今のでソウタから渡された種銭がすっからかんなんだけどさぁ!」

「みなまで言うな赤いの! 俺も今日の稼ぎをウッカリ全部突っ込んでしまった!」

「じゃあやることは!」

「ああ、ただ一つだ!」


 紅白の二人組は颯太そうたにズイと詰め寄る。


「お前ら、何を」


 犬猿の仲の筈なのだが、目に浮かぶ炎の色は全く同じ。ギャンブルに脳までやられた中毒者のそれである。


「「金貸せ!」」


 颯太そうたは思わず真顔になった。それから、笑顔になった。


「…………快諾いいよ~」


 なお、本日のVIPルームで放送されるレースは事故防止の為、全て録画だ。

 つまり、颯太そうたは、全てのレースについて勝敗を知っている。


「ただし最後まで遊ぶために全賭け禁止な~」


 こうして、颯太そうたは女神と白竜の双方に、勝たせ過ぎず負けさせすぎず、カジノから無事にお帰り頂いたのであった。

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