第102話 競馬! 競鴉《ヴァ》! 競バーン!

 ビコン。

 と音が鳴って、VIPルームの巨大モニターに大量の大鴉ネヴァンとそれに乗った森人エルフが映し出された。


「さあ始まりましたマイタステークス。実況はこのマイタ村で役人をやっておりますわたくしフィル。解説は大鴉ネヴァンを用いた運送業を経営しております幻獣モンスター飼育の達人マリエル・カラスでお送りいたします」

大鴉ネヴァンでも、馬でも、ワイバーンでも、目利きは同じさ。画面の前の小僧共バッドボーイズ、あたしの話を良く聞いてから賭けるんだよ」


 競馬である。

 競大鴉ネヴァンである。


「おおっ!? 幻獣モンスターを用いたレースだと!」

「競馬のようなものか!」

「化け物共を森人エルフが乗り回すなんて面白い見世物だ!」

「食われるんじゃねえぞ、レースが台無しだからなあ!」


 VIPルームでワイン片手にソファーでくつろいでいた客たちがにわかに興奮を始める。彼らは王侯貴族に大商人、幻獣モンスターが少ない安全な土地でぬくぬくしているものがほとんどだ。

 無論、一部の犯罪組織の権力者たちは、普段自分が使役しているような幻獣モンスターが大真面目にレースを始めると聞いておかしくてたまらないといった表情で画面をニヤニヤ眺めている。

 いずれにせよ、面白い出し物になりそうだという雰囲気は変わらない。

 VIPルームで供される練大麻バングー入りのワインの効果も手伝って、既に客席は温まっていた。


練大麻バングーは酩酊を促進する効果はありますが、比較的純度が低く、いわゆる過度なトリップ状態にはなりにくいとされています。


「競馬……競ヴァ……? どう思う女神よ」

大鴉ネヴァンですものね、競ヴァって言ってもいいと思うわ」


 ふたりの女は颯太そうたを挟んで同じソファーに座って酒を飲んでいた。こちらは泥酔上等のウォッカなのだが、竜も女神も転移者ソウタもこの程度のアルコールは効かないので景気よく酒が消えていく。


「ワイバーンを使えば競バーンなのか?」

「そういうことになるわね」

「赤いの、洒落が分かるな」

「殺し合いは笑ってするものでしょう?」

「相手にとって不足無しだ。遊戯でなく剣を交えたかったぞ」


 女神と白竜も温まっていた。

 ――帰りてえ~。

 颯太そうたは泣きそうだった。

 仕方がないので二人に挟まれてエッチなことをされる妄想をしながら、限界に近い精神を立て直すことにした。

 ――よし。

 好息一転。尻と体格のデケえ女二人にいじめられてから逆転する妄想で元気を取り戻した颯太そうたは不敵な笑みを浮かべた。


「さて、皆さん。これより従業員が皆様の席を回ってヴァ券を販売いたします。今回は初の開催なので、どの大鴉ネヴァンが一等をとるか当てていただくこととなります。今後は三位までの大鴉ネヴァンを当てる三連複、二位までの大鴉ネヴァンを当てるネヴァ連などの様々な遊び方が入ってきます。楽しみにお待ちください。それでは当遊技場顧問にして、聖女領農協シンジケート理事のマリエル・カラス先生の解説をもうしばらくお楽しみください」


 オーナーとしてVIPルームの上客たちに通り一遍の説明を行った後、颯太そうたは女神と白竜の肩に腕を乗せて尋ねる。


「さて、これより第一レース。お二人はどの娘に賭けますか?」


 マイタ牝ヴァステークス、これより開幕。


     *


 女神と竜王である。

 マリエルの解説を聞かずとも、大鴉ネヴァンの良し悪しは見極められるし、今回の飛行距離から適した体格の大鴉ネヴァンを推測することはできる。


「あんたの強さの秘密、知ってるわよ」


 だが女神はヴァ券購入前からいきなり心理戦を開始した。


「カードはカウンティング、ルーレットは動体視力によるリアルタイムの軌道計算、パチスロは中に入っている精霊エレメントへの干渉オイノリ。それに加えて男だらけの店ですもの、適当なこと言って最初は油断させたんでしょう」

「分かったからなんだ? つまりお前は勝てないということではないか。言っておくが、俺の知識と視力ならば中継映像でも」

「それはどうかしら? あなた、ここから騎手の良し悪しはわからないんじゃない? 人の子なんて、あなたにはどれも同じに見えるでしょう」


 女神は勝ち誇ったように微笑む。

 だが颯太そうたは知っている。

 ――お前も人間の見分けそんなつかねえだろうがぁ~~~~~!

 ――この口だけ女神がよぉ~~~~~~~~!


「成程な。まあ確かにアリの見分けは難しい。お前の言うことも一理ある」


 ――乗るな~~~~~~~~!

 ――その女神バカのテンションに乗るな駄竜~~~~~~~~!

 颯太そうたは今すぐ頭を抱えたかったが、堪えた。

 代わりに葉巻をふかしてニヤニヤと笑う。

 エッチなことを考えて現実逃避をしているのだ。


「それを踏まえた上で、私はあのバンザイレッドクイーンを買うわ」

「二番人気の馬か。確かに良い大鴉ネヴァンだ」

「ええ、騎手の森人エルフの腕が良いもの」


 ――名前で決めたろぉ!?

 言いかけたところを、ウォッカで飲み込む。


「では私はあのリュウグウボウケンオーにしよう。なにやら気概に満ちた瞳をしている」

「一番人気ィ? 手堅くいったわね。倍率がしょっぱいわよ?」

「おいおい遊びだぞ? あまりマジになるものじゃないぞ、赤いの」

「ふんっ、つまらないわね。そうやってセコくソウタの店からムシった訳?」

「心外だな。だったら派手に賭けてやろうか。支払いができるかは知らんがな」

「金が足りなかったらこいつの身体で払ってやるわよ」


 女神はそう言って颯太そうたの脇腹を肘で押して白竜に押し付ける。

 ――俺?

 白竜は颯太そうたの顎をクイッと上げてニヤニヤ笑う。


「モノは悪くないなぁ? よし、良いだろう。まずは手持ちのチップ、全部出してやる。これで文句はあるまい?」

「……ふ、ふーん! 良いじゃない! 面白くなってきたわ! まあこれであんたがスッテンテンになるのが決まったわけだけど!」


 颯太そうたはため息を吐いた。

 ――まあ、こいつら相手に基本的人権の尊重とか期待しちゃ駄目だよな。

 ――俺たちだって、馬や鴉にできるのは優しくすることくらいだし。

 要するに種が違う。どうしようもないと彼は諦めていた。

 そんな彼のことなど知らぬ顔で、ふたりの女は好き勝手言い合っていた。


「まあ競馬中継では貴様が好きそうなイカサマもできんからな」

「あんたの基礎スペックごり押しも大概なのよ、自覚したら?」

「自覚しているとも……俺こそが最強だとな。故に、貴様の如き分体オプション風情には遅れをとらんと宣言しよう」

「その口から飛び出す負け惜しみが今から楽しみねぇ~!」


 そうこうしている間にヴァ券購入の時間が終わる。

 もう一度ファンファーレが鳴り響く。

 マリエルの解説が終わり、フィルの実況が再び始まる。


「各ヴァ、ゲートに入りました。位置について! よ~い!」


 モニターの向こう側から、空砲の音が部屋に響いた。

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