第101話 カジノの竜vsカジノの女神~カジノの女王は競馬で決まるようです~

 カジノに、女が君臨していた。

 薔薇のコサージュをつけた白いドレス。

 カジノを歩く男たちよりも頭一つ上を行く長身。流れるような白絹の髪。

 形の良い胸と丸く大きな尻をわざわざ強調するように突き出しながら、丸裸にした男たちの中心でサイコロの出目を見て笑っていた。


「弱いなあ……人間ヒューマン森人エルフ丘人ドワーフに、遊人ハーフリング。どいつも、こいつも、弱い。俺が美しすぎて気が散るのは分かるが……遊びくらい本気でやれ……」


 ――うっわぁ……。

 と、颯太そうたは危うく口に出しそうになった。

 白いドレスを着た背の高い女とは初対面だが、似た雰囲気の相手を彼は見たことがある。


「ソウタ! あの女が賭場荒らしだ! きっとイカサマしてるに違いねえガツンと言ってやってくれ!」

「ニルギリ、お前、証拠とか、そういうのは」

「知らん! 何ビビってるんだソウタ! お前、村長でオーナーだろ!?」

蛮族エールフッ!」

「良いだろなんとかしてくれよ! 一般の太い客が皆あのザマだし、今日の儲けだって全部持ってかれるぞ!」

「それはそうだな……」

「俺の今月分の小遣いも持ってかれた! 仇を討ってくれ!」

「それはしらんが……」


 とにもかくにも、カジノを任せていたニルギリに促されるままに、颯太そうたは女の前に出ていった。


「ようこそ、オーナーの莨谷たばこだに颯太そうたです。お客様、当店は初めてでしたか?」


 営業スマイルを全開にして、相手の出方を伺う。


「他人行儀じゃないか、ソウタ。俺だよ、分かるだろ? もしや女と知って驚いたか? 案外可愛いところがあるじゃないか」

「いえ、それは……」


 ――とても驚いた。

 だが、それで動じる颯太そうたではない。


「まあ、多少はね。けど、ここは俺の店で、今のあなたは客だ。いくら知り合いが人間の美女になっていても、最初くらいはした方が良い、でしょう?」

「じゃあ客として要求しよう。そういうのは無しにしろ。遊ぼうじゃないか麻薬王。いやここではオーナーと呼ぶべきか? ん?」


 女は、否、は腕を使って胸を強調しながら颯太そうたに投げキッスを飛ばした。

 颯太そうたは髪をかきあげると、さも面白そうだと言いたげにニヤリと口元を歪めた。


「そこで倒れているお客様を介抱し、服を着せてお帰りいただけ。俺はこちらのレディーをVIPルームにご案内する」


 颯太そうたの声が店内に響いた。


     *


 VIPルームの客には王侯貴族、それに名の売れた豪商や犯罪組織の上層部などが多い。基準は要するに金だ。それ故に、多少は名の売れたギャンブラーも混ざり込むことはある。

 故に、人に化けた白竜がカジノのオーナーと共に乱入してきても、その手の腕利きと思われるだけで、怪しまれることはない。

 白竜は涼しい顔のVIPルームの客たちを見て満足げに目を細めた。


「……良いな、ここは雰囲気が違う」

「一見さんお断りだからな、本来は」

「おやおや、特別扱いしてくれるというわけだ。この俺を、はは!」

「遊びにしちゃあ心臓に悪かったがな。あまり派手にやられても商売上がったりだ。今日の勝負は、ここで決めよう」

「良いだろう。俺も郷に入れば郷に従うさ。何で勝負する?」


 ――さて、どうしよう。

 なお、この段階まで来て、颯太そうたは全く勝ち筋を思いついていない。

 防音や機密保持の観点からVIPルームにつれてきただけだ。

 ――勝てるの? いや、勝てるのっていうか、穏便にお引取りいただけるの?

 ――イカサマの証拠があるわけでもない相手を勝ちすぎたって理由じゃつまみ出せないし、そもそも白竜さん強すぎて仮にイカサマをしてたとしても、変に指摘すると大惨事になるよ?

 ――そうだ。そもそもイカサマしてなきゃ追い出せないし、イカサマしてても追い出したら大惨事。

 ――どうしろってんだよ。

 なんということでしょう。ここまで来て全くのノープランなのです。


「勝負なら――ルーレットっていうのはどう?」


 しかしそんな彼にも救いの女神が舞い降りた。

 女神レンである。

 ――げげぇっ、なんでここに来たんだよレン!

 ――まさか今すぐ殺し合いでも始めるつもりじゃあねえだろうなあこいつらぁ!

 ――やめろ! 俺の店で! 神話の戦いを始めるな!

 前門の竜、後門の女神。莨谷颯太、正しく絶体絶命の窮地である。

 

「ふふっ、面白い事を言うじゃないか女。それに、服の趣味も良い。なにやら神殿のなあ?」

「あら、あなたも、ドレスのセンスだけは嫌いじゃないわ。まるで


 白竜は、レンが身に纏っていた赤いドレスを指差して口角を上げた。

 対する女神も白竜を見上げて腕を組む。

 二人は睨み合ったまま顔を近づけた。


「……面白くなってきたな」


 ――二人共おっぱいでっけえな。挟まれてえわ。

 颯太そうたは真面目に考えるのをやめた。


「ソウタ、この勝負、私が預かっても良い?」

「ああ、いいぜ」


 颯太そうたは思考放棄状態で即答した。


「おい、ご婦人方にVIPルーム用のゴールデンチップを用意しろ」


 そう言って颯太そうたが指を鳴らすと丘人ドワーフの従業員が金色のチップを持ってくる。VIPルーム専用のチップだ。

 白竜はそれまで稼いだチップを金色のチップに両替し、女神は颯太そうたが自腹を切って出した


「オッケー!」

「良いぞ、退屈はせずに済みそうだ!」


 ――マジで? ギャンブルで戦うつもりなの? 物理じゃなくて?

 ――良かった。良かった、けど、もうどうなるかわっかんねえなこれ。

 颯太そうたは余裕の笑みを崩さない。


「オーナー、貴様がディーラーをやれ」

「俺はカジノ側だぞ。そこの代打ちの女に有利な仕掛けをするかもしれん」

「構わん。あぶく銭だ」


 白竜はちょうど空いていたルーレットのテーブルの前に立つ。

 女神もそれに応じて白竜の目の前に立つ。


「やりましょう。Ms.ホワイト」

「良いともさ、俺は強いぞ赤の女王レッドクイーン


 戦いの火蓋が切って落とされる、その直前。


「お前たち。ルーレットも良いけど、折角だから今度一般公開する予定の新しいゲームで勝負してもらえるか? ちょうどこのVIPルームでお披露目を始めるところだったんだよ」


 颯太そうたの奥の手が火を噴いた。


「なに?」

「なんだ?」

「競馬だ」


 VIPルームにファンファーレが鳴り響いた。

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