第98話 それ行け、僕らの錬金偽竜《イコールドラゴンウェポン》!
「人族には裸の王様という物語があるそうだな」
ミュンヒハウゼン男爵領の中央にある城の一室。
謁見の間にある男爵の椅子に座りながら、男が生首を弄んでいた。
生首の主の骸を踏みつけながら、男は続ける。
「長が愚かだと誰も言えなかったし、長たるものも自らが愚かだとは言えなかった為に、どうしようもない恥をかく……とか」
男は顔を上げて、目の前で震える少女に向けて微笑む。
まだ八歳の少女は、震えながらも気丈に男を睨みつけていた。
まるでりんごのように人間の生首をかじり、口元から脳漿を少しだけこぼしながら、男は嗤った。
「お前の父親は愚かだったな」
「――父は」
震える声で、涙を目に浮かべながら、それでも少女は答えた。
「父は、私と領民を守るためにあなた達からの降伏勧告を拒絶し、王都に援軍を要請しました。民を逃し、最後まで戦いました」
「民を? エルフも、ハーフリングも、ドワーフも随分逃げ遅れていたではないか。まあ楽はできたが……」
「……それが?」
少女は困惑していた。
当たり前だ。それを気にするような教育を受けてこなかったのだ。
男はそれを見て自らが齧った生首を壁に投げつけた。生首は腐った果実のようにあっさりと潰れた。
「……
男の表皮に竜の鱗が生える。
身に纏う服を肥大化した筋肉と広がる翼が引きちぎり、見る間に男は緑色の竜人へと姿を変えた。
サイズは3メートルほどで、発達した両腕で少女の胸ぐらをつかみあげた。
「お前がここに残っている理由はなんだ。捧げものなら遅すぎる。血迷って我が物にでもなりにきたか?」
「時間稼ぎです。それに初めから、あなた達が私を狙うと宣言していたからです。私が逃げれば民を巻き込みます。民が逃げたなら私もここに居る理由はありません。壊すなり、弄ぶなり、お好きにしていただいて結構、その分だけ時間を稼げるというものです。とはいえ、扱いが気に入らなければ舌でも噛みますが」
少女は息を詰まらせながらも粛々と答えた。
その姿に男も感じるものがあったのか、腕から力を抜き、冷たい瞳を柔らかく細めた。哀れな子供を見る目だ。
「嫌いではない……が。知っているか、
「何を……?」
「エルフの精霊防壁も、ドワーフの神官戦士隊も、ハーフリングの斥候騎兵も、道理で居ない訳だよ、道理で……つまらん! お前のような子供が残っていながら、これか! お前たち人族は俺たちから奪った平和で何を!」
男はそのまま少女を足元に投げ捨てた。
甲高い悲鳴が誰も居ない部屋の中に響いた。
「何をやっていたのだ!
そして、腹立ち紛れに足元の少女を男が踏みつけようとしたその時だ。
部屋の壁を貫いた純白の光が男の胸をも貫通した。
「あっ……? が……?」
竜族は元より高熱に耐性がある。
とっさに身を捻って魔術で傷を塞ぎ、竜人の姿から完全なる竜の姿へと変身。
「ツマラン奇襲だなあ!」
20mほどのサイズまで巨大化して本来の姿を取り戻すと、緑の翼を広げ城の天上を突き破り紅に染まる空の下へと飛び出した。
「な……なんだ、あれは? おい、誰か! 来い!
城の中央にあった小さな池が二つに割れ、大量の水と死体を飲み込む亀裂の中から銀白色に輝く巨大な竜が今まさに現れようとしていた。
古代幻獣を封じ込めた琥珀を用いた黄金の瞳。
竜からもぎ取って死霊魔術で定着させ、ジェットエンジンを後付した歪な翼。
女神の
赤く燃える四本の爪が、小さな前足と逞しい後ろ足にそれぞれ設置され、まるでつい先程研ぎ澄ませたばかりのように光を放っている。
「なんだあれはぁ!?」
号令に応じて、緑鱗の竜の部下たちが目の前の兵器に向けて次々と集まってくる。
そして二本の前足を組んで仁王立ちする機械じかけの竜の頭上に男が一人立っていた。
「悪いな」
流暢な竜語で、その男は緑鱗の竜に呼びかける。
「生存者の救出は完了した。お前も、お前の部下も、皆殺す」
どちらかと言えば童顔で、人間の男にしては弱々しく見えたが、その見た目にそぐわぬひどく冷たい声だった。
いつの間にか男の腕の中に先程までの少女が眠っていた。
「何故、そこにいる。俺が飛び出した時に瓦礫に巻き込まれたのではないか。何故、助けている。どうやってあの状況から助け出した。何故、そんなものを人間風情が持っている。人族風情が何故、何故、何故、竜がそこにいる! 人が何故、竜を!」
緑鱗の竜の頭の中に疑問は尽きない。
「行け、
そして、それに答えは与えられない。
全長100m、重さ200トン、最大出力3億キロワット。
十三兵器第八号“
*
まず、
続いて白銀の
流星雨の如きものが、群れ集った竜の軍勢を貫いた。
「そこの竜! 四本爪とはさぞや名のある竜と――」
次の瞬間には、白銀の拳が緑鱗の竜の眉間にめり込んだ。
「皆殺しにすると言っただろうが」
操縦席で頬杖を突く
その間にも、
ピコン、と音が鳴って操縦席にサンジェルマンのホログラムが飛び出した。
「どうですかねぇ莨谷先生~! 良いでしょこれぇ~! これこれ~!」
「うるっせえな救助した女の子は大丈夫なのか?」
「ああ、もう治しましたよ。女神様の力でヌイちゃん共々安全地帯に逃げてもらってます~!」
「じゃあ俺たちだけかよ、ここ」
「我々と死体だけですねえ」
その間にも、招集に応じて参じた竜の軍勢が次々と集まっていた。
竜を狙って放たれる魔力誘導ミサイルだ。
「じゃあよ、サンジェルマン」
「やるんですね? 私も救った世界を壊されるのは不快ですから」
「やるよ。我が物顔の連中は見たら全員ぶちのめすと決めている」
「珍しく意見が合いましたねえ~~~~~~~!」
「ああ、珍しいな。本当に」
意見は真逆だ。
それでも二人は同時に、同じように、同じ思いで獰猛な笑みを浮かべた。
やることは同じだからだ。
「「――皆殺しだ」」
組み付いてきた緑の竜に齧りつき、首から肩にかけての肉を食いちぎった。
悲鳴を上げて逃げようとした緑鱗の竜をがっしりと掴み、肉に爪をめり込ませた。
エントロピーへの魔術干渉完了。
熱力学第二法則の乱れを観測。
「ふふ……
「内側から灼けば効くものなのか?」
「神秘の度合いが同等以上ならば、物理法則も平常通りに働きます」
「じゃあ、それなら」
超高熱の吐息が傷口から入り込み、緑鱗の竜を内側から灼き払う。
血管を、肉を、皮を、鱗によって守られた肉体は逆に注ぎ込まれた熱を逃がす術を知らない。魔術による温度操作でそれでもと抗う緑鱗の竜だったが、当然その程度の抵抗で体内温度の調整など不可能だ。
どぉ、と低い音が大気を揺らした。
「花火みてえだ」
体内が突如高熱になり、超高温の血肉を撒き散らしながら爆発四散したのだ。
「……なんだ、これ……?」
竜の視界が高く、高く、高く打ち上がる。
首が飛んでいるのだな、と緑鱗の竜にも理解ができた。
だが今起きたことが分からなかった。何故こんな事になったのか。どうして今まで出てこなかったのか。
疑問に答えは与えられない。
そして高く打ち上がった生首が、
バクン、と
「さて、次は」
かくして、悪夢のような大虐殺が始まった。
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