第91話 一度は救出されたものの、アヘン戦争を起こしたいので竜の根城に戻って阿片を売り込もう!
全裸のままの
「良いですか、先生。部屋から出たところを他の者に見られた場合、もはや先生は言い訳のできない立場となります。つまり私が誰かを呼べば一発……ということです」
などと言いながら、チラチラと顔を覆う指の隙間から
「仮にも求婚した相手に脅迫から入るのやめない? そういうのマジ悪徳貴族っぽくないか? 良くないよ、そういうのは良くない」
「そ、それは」
「恋愛感情は横において、俺はお前のことを人間として尊敬しているんだ。何故だと思う?」
「何故? どうしましょうここ二十年以上無条件に聖女として崇敬を集めてきたからわかりません先生」
――聖女こわい。
だがそれで説明を放棄するような怠惰な教師ではない。
「いいか、それはお前がそんな環境の中でも、自分の仕事に真摯に取り組み、政治の中枢から遠ざけられつつも自己の研鑽に励んでいたからだ。為政者となった今も、領地の経営を健全におこない、かつ領民を豊かにする真面目な人間だからだ。この世界に来てすぐに道を踏み外し麻薬の売買に手を染めた俺とは異なり、真っ直ぐに努力をしている」
良いことを言っているが、全裸だ。
「前世の記憶を取り戻したのは最近なのでぇ……」
「つまり生来勤勉で、実直な性格だったということだ。美徳じゃないか。頼むよカレン、俺の尊敬した君でいてくれ。君の尊敬する俺でいられなかった俺の代わりに」
「せ……先生……」
聖女が困ったような顔で頬を赤らめる。
――よ、良かった。まだ理性がある。
――押し倒されたらおそらく勝てなかった。
――しかもカレンが女神からなにか
ひとまず、説得が成功したらしいことに、
「カレン、服をもらえるとありがたいんだけど、あるかな」
「せ、せんせい……私のこと嫌いになりませんか……?」
「女神の力を使ったにしても助けに来てくれたのはお前だろう? 感謝してるし、嫌いになったことはない。同じ世界の話ができるのは、お前だけじゃないか」
無論、嘘ではない。
――ちょっと目の色が怖かっただけで、俺のために頑張ってくれる女の子を嫌いになる訳がない。
けど、そういうとこだぞ
「先生……! こ、これ! つかってください!」
何故かサイズがぴったりの下着と寝間着だ。
「あの、これさ」
「女神様から教えられたサイズ通りですが! なにかご不便でも?」
「あっ……そ、そっか、聞いてたんだ」
「誕生日とかも聞きました」
一先ず
「ウンガヨから報告はあったか?」
「……」
聖女は無言で膝を叩く。
――膝枕ですか。いや、それはその、真面目な話の時にそれは。
聖女は無言で膝を叩く。
――ここでちょっとくらい甘えないとそれはそれで冷たいって思われそうだよな。
聖女は無言で膝を叩く!
――あっ、頭が、勝手に。
「ウンガヨから報告はあったか?」
「はい、簡単に纏めると先生が攫われて身代金を要求されている……といった具合ですね。しかし逃げてきた以上、もう払うことも無いかなと思うのですが……?」
――この娘なんで真面目な顔しながら俺の頭を撫でているんだ。
聖女は特に許可もなく耳かきを取り出す。
――距離感がバグってるぞこの女ァ~!
――美女だからギリギリ許されるけどお前、この距離感を、男がやったらお前、瞬時に社会的抹殺だからなあ……?
しかし
「いや、俺はこの後、竜の城に戻る。奴らと貿易をしたい」
耳かきを持った聖女の手が止まった。
「竜と?」
「麻薬の売買は縮小していきたい。だが、麻薬によって手に入る金は俺と女神の計画にとってなくてはならないし、村の運営にもまだまだ金は必要だ。そして人類の文化圏から得られる金の量には限界がある」
「竜と? 麻薬売買を?」
カレンは信じられないという表情を浮かべた。
「できるんだな、これが。あいつら、大麻を欲しがっていた」
「大麻、魔術師は魔力の補充に使いますからね。竜も例外ではないということですか。人族が相手ならば、彼らは殺して奪うだけの獣だと聞いていましたが」
「俺も今まで出会った竜はそういった類の生き物でした。けれど、今回あった奴は違う。言葉が通じる。会話ができる」
「素直に支払いなんてするでしょうか。竜ですよ、竜が人間相手に律儀にお金を払うとは思えないのです」
「薬漬けにしようと思うんだよね」
「クスリヅケ、あの、もう一度お聞きしても?」
「最終的に竜を薬漬けにしようと思うんだ。何でも言うこと聞くんじゃないかな」
勿論、もう一つ目的はある。
人族の文明圏に麻薬を流通させすぎれば、ウンガヨの構想するエルフ自治区に汚染が広がる可能性がある。
そうならないように、人族の領域の外に麻薬汚染を垂れ流しにしてしまおうというわけだ。
「……人竜アヘン戦争待ったなしじゃないですか」
「まあ待てよ。どうせ竜とはやり合わなきゃいけないんだから殺そうが薬漬けにしようが一緒だろう。阿片じゃなくても戦争は起きる」
聖女は耳かきを放り投げて額を抑えた。
「先生、どうしてそういうこと言うんです……? 外れてはならない人の道というものがあります」
「いや、けど、殺すか殺されるかで……」
聖女は返事を待たずに
――あっ、やわらかぁい。めっちゃいい匂いする。
「分かりました。あのどうかしている女神や薄汚いエルフ共のせいで、先生はもともとお持ちだった優しい心を失ってしまったのですね。きっと心ならずも冷酷な選択を迫られてきたのでしょう。私が見ていた先生は常に正しくあろうとする方でした。先生、私が居ます。そんな酷いこと……しなくて良いんです!」
「でも俺が逃げ出したと知ったら、竜が攻めてくると思うんだよね。領内に」
「あっ、まあ、無きにしも……」
「確かに迎え撃てるけど君の領民に犠牲出るじゃん。今のうちに思いっきり叩いておきたくない?」
「んっ……!」
「今ならまだ俺が戻れば命の危機を感じて逃げようとしたけど、無理だと思って大人しく戻ってきたくらいで済むからさ。大丈夫、マジでヤバいと思ったら女神でもなんでも呼んで皆殺しにして帰ってくるから」
「……そ、そうですね。け、けど、それだけじゃまだ私は騙されませんよ……! そう、他のちょろくてアホなエルフの女たちとは一緒にしていただかないで欲しいというかぁ……」
「お前は……良い子だな。俺の誇りだ」
「先生ぇ……悪いことしないでぇ……私なんでもしますから……カタギに戻ってくださいよ先生ぇ……」
――胸が痛い。この娘がヤバいストーカーじゃなければ心が折れていた。この娘がヤバいストーカーだからぎりぎり耐えられた。ストーカー以外に言われてたらもう立ち上がれなかった。
「助けてくれ」
聖女が腕の中でピクリと震えた。
「助ける、何を?」
「お前が俺を返還する場所に来てくれると助かる。人間の君主が来たと分かれば竜の自尊心も満たされるだろう」
「そしたら麻薬の取引から足を洗ってくれるんですか?」
「(人族相手の)商売は小さくしていくよ。お前もしっかり取り締まってくれれば、それが商売替えの口実になるからさ。しっかり助けてくれ。そしてうまくやっていこう。な?」
「信じてますからね~~~~~~! 先生ぇ~~~~~~~~~!」
「よし、良い子だ。じゃあ俺は向こうに戻る。女神辺りに頼めばいけるだろう」
それを聞いて聖女が顔を上げた。
「で、でも今戻ったら先生が危ないんじゃ……」
「それなんだが、考えがある」
――竜に阿片を売りに行こう。
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