第92話 ブチギレドラゴンにヘロインを勧めて一緒にトリップしよう!

 聖女の城に女神を呼び、女神の力で竜の居城まで一気に転移したのがつい五分ほど前のこと。


「ソウタ、事情は大体分かったけどあんたマジでやるつもり?」

「やるよ。ふざけやがってあのクソトカゲ共ぶっ潰してやる。根こそぎだ。偉そうなのが気に食わねえ。とりあえずあの上から目線を叩き潰してから会話しようと思う」


 颯太そうたは『耐毒』の権能スキルによって体内に溜め込んでいたヘロインを、『放毒』の権能スキルによって体外に排出し、手巻きタバコのシャグの中に手のひらから白い粉をパラパラと落としていく。

 それから、女神から貰ったローラーと巻紙でクルクルとシャグごとヘロインを包み込み、整形した。


「器用ねえあんた」

「人間、マニュアル読んで時間かければだいたいのことができるんだよ」

「人類マニュアル無視しがちだもんねぇ~」


 颯太そうたは煙草を咥えながら女神の方を見る。


「さっさと離れろ。お前も竜に見つかりたくないだろ」

「そうね。流石に私の認識阻害能力も、竜相手だと危ないから」

「竜には女神の力が通用しないのか?」

「この星で未だに女神の力に依存せずに生きている唯一の命だからね。まあ要するに、私の敵」

 

 ――そういうもんなのか。こいつにも思い通りにならないものが。

 ハッ、と颯太そうたは楽しそうに笑ってみせた。


「じゃあめちゃくちゃにしてやるよ。お前の敵なら、俺の敵でもある」

「そうね。カレンちゃんには悪いけど」


 女神は左手で赤い髪をかきあげた後、右手の指先に挟んだ煙草に魔術で火を点けた。


「徹ッッッ底的にやってちょうだい。私の惑星開拓計画も、対話計画も、断固として無視し続けた連中だから! 厄介なのよ! やけに勘がいいから!」

「聖女様と違ってノリノリで助かるよ」

「カレンちゃんは良い子だからねぇ~ふふっ。物足りないの?」

「人が人に救いを求めるなんて、土台重すぎるのさ。だから俺はこうして神様オマエに頼って――」


 と、颯太そうたがつぶやく最中に、女神は自らの煙草の先端を、颯太そうたの咥えた煙草にあてがう。

 赤い火が音もなく移っていった。


「困ったら何時でも言いなさい」

「そのつもりだ。助けてくれ」

「そのつもりよ。救ってあげる」


 遠くから竜の羽音が近づいてきた。

 二人の間に言葉は無い。

 女神は手をふると、雪と月の夜へ溶けていった。


     *


「随分とうまく逃げ回ったものだなあ? ん?」

「煙草休憩だよ、だいたいあんたの娘にひん剥かれたんだぜ。少しくらい気晴らしさせろよ」


 颯太そうたはボンヤリとした顔でヘロイン入りの煙草を吸っていた。

 ただし、白竜の城のど真ん中で。

 豪華なシャンデリアが頭上で輝いている。颯太そうたの目の前には竜の巨体に合わせた座布団のような円い椅子。彼は巨大なテーブルの上に置かれた小さなビロード張りの椅子に座っていた。


「どこに行っていた……?」


 低く唸るような声で白竜は尋ねた。


「煙草休憩だ。人間だって大麻ハッパはやるし、煙草も吸う。招かれた城の部屋に煙の匂いなんてつけるわけには行かないだろ、常識的に考えて」


 颯太そうたの耐毒スキルにより、ヘロインは颯太そうたに一切の効果を与えていない。ゆるい様子も演技だ。


「それは構わん。だが、城から平然と抜け出して数時間姿を消し、煙草を吸っていた……は無理があるだろう」

「俺は大事な人質だろう? 勝手に抜けたらあんたの顔を潰すと思って、数時間で戻ってきた。俺が逃げ出したところを見た竜は居ない。何か起きたことを知っているのは、俺とあんた……あとあんたの部下だけだろ」


 それを聞いた白竜はため息をついた。

 それから哀れなものをみるような目で、静かにつぶやいた。


「いや、まあ実際殺しはせんが、本気で言っているのか……?」


 ――その気になれば何時でも殺せるって顔だな。

 ――そうだ。もっと見下せ。実力差も知らずに調子に乗っている馬鹿だと俺を思い込め。

 颯太そうたはまるで阿片でぼんやりとしているかのように、力なく笑った。


「……これは秘密にしてほしいんだけどさ。近くにあった拠点に戻ってたのさ。んで服と煙草だけは持ってきたの」

「ただの煙草ではなかろう」

「お目が高い」

「もう一つ分かることがあるぞ」

「何を?」

「お前、魔術師ではなかろう。学者だ。戦う力も無い」

「そうだよ。あんたたち竜の生活、そして未踏地の調査をしに来た」

「お前、死ぬぞ」


 颯太そうたはスッと真顔になった。


「俺のような高位の竜は運命を見通す。お前は竜の村になにかの災いを持ち込もうとしているな?」

「運命を見通すというが、脅威度の知覚だろ。五感、魔力への知覚、それに加えた第七の感覚としては優れているが、運命ってのはちょっとフカしてないか」


 女神と戦った。そして女神の隠蔽があまり効かない。運命を知る力もあるのかもしれない。

 だが、女神や人族の繁栄を許している。

 本当に運命が分かるなら、この高慢な種族がそんな状況を許す筈がない。

 と、颯太そうたは考えた。


「運命が分かる竜は居たんだろう。だが、もう居ない。あるいは、読めない相手が現れた。俺はそう見ている」

「……」


 白竜は無言で颯太そうたを睨みつけた。

 ビリビリと表皮が痺れた。比喩ではない。

 睨まれただけで、本当に身体がしびれ始めたのだ。


「学者の悪いクセってやつだな。ヤブをつついて蛇睨み。俺は竜の歴史に興味があるだけだ。竜って他の竜の群れと戦争したりするのか?」


 これはハッタリだ。魔力リソースである大麻を独自に大量に仕入れようとする理由で思いついた物を適当に口にしただけ。

 だが、

 白竜の顔色が変わる。


「お前が一番危険だとは思っていたが、成程。何故危険なのか、分かったよ。エルフの魔術師共よりも危険だ。まずはその口を閉じろ」


 颯太そうたはタバコの煙を吐き出してニッと笑った。


「あんまり怖い顔しないでくれよ。吸わないか?」


 そう言って、颯太そうたは阿片入りの手巻き煙草を差し出した。白竜はそれを睨む。


「友好の印だよ。俺はあんたたちを手伝う。あんたたちの領域では、俺の調査を認めてくれる。駄目か?」


 返事をする代わりに、白竜の姿が光に包まれて縮んでいく。


「イカれているのか。その為に竜による侵略の手引を行うつもりか」


 人間の姿にはならなかったが、先程までとは異なり、人間大のサイズにまで縮んだ白竜が、颯太そうたの手から煙草をひったくる。それを咥えると鼻から青い炎を軽く吹きかけて、煙草の先に火をつけた。


「貴様は、なんだ。のこのこ俺たちに捕まる。無策で子供たちの玩具になったかと思えば、前触れもなく急に逃げ出す。挙句の果てにはクスリを持ち込んで楽しみ始める。人間風情がここをなんだと思っている」

「北の――竜の集落の一つだ。未踏地は人類の文明圏を取り囲むようにして展開されている。その展開の仕方は王都を避けているように見える」

「そこまで知っているのか。知っていて、人類を裏切りに来たのか?」

「さあね」


 ――思わぬところで最初に手にした知識が役に立ったな。

 颯太そうたはこの世界に転生してから、まず真っ先に女神から地形データを供与されていたのだ。

 ――知らないわけがないんだ。ここまで重要なものだとは思ってなかったけどな。

 竜、人、どちらもこの星の全容を掴みきれていない。女神と転移者、転生者だけだ。

 颯太そうたはそのアドバンテージを惜しみなく使う。


「王都に眠る古代兵器がお前たちの脅威だよな。いや、サンジェルマンの十三兵器もそうか? なんだっていい。そいつをかいくぐる方法があったら、あんたならどうする? 俺は気になるね」

「ククッ……王国になにか恨みがある手合か」


 煙草の煙を吸った白竜は、先程と打って変わって楽しそうに笑う。それもその筈、ヘロイン入りである。颯太そうた以外の人間が吸えば一発で昇天するような量だ。

 ――たとえ竜であっても、これは


「今の王国の体制には不満がある。あんたたちが滅ぼしたいなら滅ぼしても良いと思う」


 颯太そうたは持っていた携帯灰皿に煙草を押し込む。


「ただ、俺はあんたたちが人間を見下すのも気に食わない」


 竜がヘロインを摂取した。そしてそれが明らかに効果を発揮している。

 ――あるな、勝ち筋。

 女神が滅ぼせなかった敵を前に、颯太そうたは確かな勝算を見出していた。


「ならば、お前は何がしたい」

「国を作る。人の社会で、虐げられてきた連中の国だ」

「国か」

「人と竜がかつて対立し、今断絶していることは分かってきた。だが、現状、人も竜も内ゲバを続けている。そうだろ?」

「まあ、最近は縄張り争いも苛烈だ。サンジェルマンのやつも死んだそうだし……良くも悪くも我々はのびのびしているよ。馬鹿な人間どもだ」

「そうか。竜の中にも内輪もめが嫌な連中も居るだろう。そういう連中で人とも竜とも異なる第三勢力となる国を作りたい」


 白竜は真面目な顔でそれに聞き入っていた。


「ハッタリではなさそうだな。お前はその王になるつもりか?」

「王か。国の王って器じゃあない」

「ならば何になる」

「世界の麻薬王」


 それを聞いた白竜は煙草を指に挟んでニッと笑った。


「もっと聞かせろ。この人族らしい煙草を吸う間くらいは聞いてやる」

「薄いか? 結構強めに作ってたんだけど」

「そこらの若竜を虜にするなら十分だ。そして人族が使うにしてはクスリの量が多すぎる。しかし俺ではこの程度、ほろ酔い上機嫌にしかできんぞ。だから

「分かって吸ったのかよ。おっかねえなあ」

「小細工は踏み潰すのが竜の流儀よ」


 颯太そうたと白竜は楽しそうに顔を見合わせて笑った。

 それから、颯太そうたは決めた。

 ――ここは、一つ本音で話してみるか。

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