第62話 悪徳貴族は自分がもう一度世界を救う英雄になった方が早いと判断したようです
倒れたフィルと
「フィル、君の身体の七割は機械です。そしてその回路は電磁パルスによって発生するサージ電流への対策がされています。私がやりました。君の身体に仕掛けはありませんがどれだけ負荷をかければ壊れるかを僕は知っています。純粋に、君の肉体の完成度を僕の錬金術が上回っただけ、見事な忠義でしたよ」
答える者は居ない。
――不味い。これは、不味い。この傷は。死ぬ。
サンジェルマンは涼しい顔だ。
「心配には及ばないわ。ソウタ」
「レ……ン?」
「あなたは私が守る。少し寝てなさい」
その言葉を聞いて、サンジェルマンは嬉しそうに笑う。
「良いですね。まるで人間だ」
「なにがよっ!」
サンジェルマンは椅子を立ち上がり女神に恭しく一礼をすると、事も無げに笑顔を見せた。
「あんた! このザマ! 何のつもり!?」
「話は単純です。今より、そこの
「あんたが? やる気ないって言ってたじゃない」
「ソウタ君を見てやる気が出てきました。彼を補佐として使わせてください。この世界に蔓延る無知蒙昧不平不満その全てを照らし、叡智の光と共に人類を善導してご覧に入れましょう。秀才のソウタ君と、天才のこの僕が、ね?」
そう言って楽しそうにウインクした。
女神もこれにはドン引きだ。
「今更何言ってんのよ……!? 今すぐソウタの言うことを聞いて、あんたが指揮下に入りなさい。一緒に謝ってあげるから、早くなさい」
「いえ女神様。ソウタ君だけに任せるから駄目なのです。最初から僕がやる気を出して彼と協力すれば煩わしい小細工なんて不要となります。天才の僕としては、異星の智慧の粋たる
低く、低く、女神が不機嫌そうな唸り声を上げた。
「あんたならできる。それは知っている。任せればやれると思う。信じている」
「でしたら是非またご命令を、女神さ――」
女神の右腕から先が一瞬だけ消える。
バチン、と空気の破裂するような音が響いたかと思うと、サンジェルマンが部屋の壁にめり込んだ。音速を超越する拳が巻き起こす暴風が部屋全体を揺さぶり、用意されていた最高級の酒食をその場にぶちまける。
「――図に乗るな。ぶち殺すぞ
「……おお、こわ。僕と旅してた頃に近いですねえ」
壁にめり込んだまま、サンジェルマンはニタァと笑う。
「サンジェルマン、あなたは神を超えたとしても人なのよ。
「あーあ、またこれだ。懐かしい懐かしい。なんで僕ばっか怒られるんだ。ふふ、うふふふ」
サンジェルマンは壁から抜け出すとわざとらしく肩をすくめた。
女神はそんなサンジェルマンにもう一度殴りかかろうとした。しかし、だ。
「あんた少し黙っ――」
「おっと」
女神が大きく拳を振りかぶった時、サンジェルマンはあえて殴れないほど近くまで間合いを詰めた。それから肩甲骨を彼女の胸元に押し当て、体重移動のみでゼロ距離から女神を吹き飛ばした。一瞬の攻防だ。
「なにこれぇ!?」
女神が悲鳴を上げながら窓の外に落ちて、
「古典物理学と生理学のちょっとした応用です。体重移動技術、発勁ですね。天才の僕にとっては簡単な計算でした」
「……おい、サンジェルマン」
サンジェルマンはそんな
「莨谷先生、降伏を勧告します。今ならばまだ、あなたと村と大切な人をそっくりそのまま無事に引き渡します。あなたが降参すれば、女神様もとやかく言わないでしょう?」
「むかつくな……あんた。めちゃくちゃムカつくよ」
「僕は君が好きだ。この世界だと、僕の次くらいにね」
――嘘じゃないんだろうな。
――ただ、己が全てに優先するだけで、自分に迫る存在にはそれなりに価値を認めている。
――こいつが俺を気に入ってなければ、俺はとっくにゴミみたいに殺されている。
「俺は嫌いだぜ。あんたがさぁ、何もできない俺自身の次くらいに嫌いだよ」
「どうでもいいことです。一言でも負けを認めてくだされば結構です。さもなくば、村。さもなくば、大切な人。さもなくば、あなた自身。全てを破壊します」
「壊すならまず俺にしてくれねえかな」
「知りません、僕は君が気に入った。僕の腹心として世界を共に統べなさい」
サンジェルマンは笑顔で手を差し伸べる。
――ここは負けを認めるべきだ。
――こいつはやる。やると言ったことはやる。
――不味いだろ。俺は好きなんだよ。村も、村の人も、女神も。俺はあいつらに傷ついてほしくない。
――こいつを敵に回して世界をどうこうするくらいなら、ここで負けを認めた方が被害は少ない。俺は今からこいつと戦っても勝てない。リスクは最小限にすべきだ。
「さあ、お答えください」
「あんたの要求だが……」
――勝てない。
それでも、
――勝てない、けど。
「クソくらえだよ、馬鹿野郎」
「では、開戦だ」
最後に、サンジェルマンは心底嬉しそうに笑ってみせた。
そして、部屋の中から姿を消した。
「プランBだな」
プランB、それは用意していた暗殺作戦の即時開始。要するに出たとこ勝負が始まるという意味だった。
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