第61話 悪徳貴族に五箇条の要求を突きつけたら悪徳貴族の真の野望が明らかになっちゃいました

「――以上の要求をまとめた資料が、こちらになります」


 颯太そうたは資料を差し出す。

 サンジェルマンは渡された書類を眺め、声に出して読み上げた。


「第一に公的な死を装って隠棲すること。第二にフィルのメンテナンスに必要な技術を提供すること。第三に新技術の優先取引権を農協シンジケートに与えること。第四に奴隷の売買を徐々に縮小すること。第五に購入した奴隷の心身を著しく損なう非倫理的人体実験を中止すること。この条件の上で互いに技術・金銭・人材の交流を行いたい……そういうことですね」


 颯太そうたは頷いた。


「見返りとして、小王都における性風俗産業の利権をお任せいたします。また、研究設備の移転についても補償させていただきます」

「伯爵としての地位と財を捨てて、片田舎で女衒をやれと? いやまあそれは良いんですが魔術実験や売買にも制限を加えるとは……」

「ドワーフの村であんたの技術が悪用されて鉱害発生させてたんですよ。こういう事が繰り返されると、人間とそれ以外の種族の関係が悪化するばかりなんだ」

「知りませんよそんなの。私の技術を買った人間が勝手にやったことでしょう? 馬鹿はいつもそうだ」


 サンジェルマンは不快そうに眉をひそめる。

 ――技術開発と予算確保が最優先で自分の領地の外の環境はどうでもいい、か。

 颯太そうたはため息をつく。


「貴方を責めるつもりはありませんがね。無節操にあなたの技術を拡散されるとこちらが困るのです」

「ああ学問の自由は何処に行ったというのですか。嘆かわしい。仮にも学問を志した人間がそれとは……」

「学問にも倫理は必要でしょう」

「センス無いなあ……折角の人権が無い世界が勿体ないだろう」


 サンジェルマンは失望したようにつぶやいた。

 ――こいつ。まじか? 俺が殴った教官みたいなこと言いやがる。


「勿体ないって……あなたねえ」

「君は、なんで異世界で君の居た社会をそのまま再現しようとしているんですか? 君の居た社会は理想郷だったのですか? 君の居た社会は正義なのですか? 奴隷を使った人体実験は有用なのだから、それを行うことを前提に社会を組み上げればいいでしょう。私達転移者にはそれが許される」

「実験の有用性については強く否定しません。しかし農協シンジケートは抑圧された人々を解放する為の組織なので、奴隷を消費する大貴族が同じ陣営に居ると不満を抱える民衆から信用されないというだけです」


 サンジェルマンはため息を吐いた。


「君なら民草なんて騙せるだろうが。良い機会だからハッキリ口にしますが、僕は君を認めている。がっかりさせないでくれ。同じ穴の狢として、一緒に愚民を騙して上手くやりましょう?」


 そういう考えこそ、颯太そうたの最も嫌うものだった。

 怒りは赤い霧になって彼の視界を染めていく。


「俺はね、あなたの言う弱者って奴がどうなろうと構いません。けど、弱くて愚かだから騙して搾取して良いって理屈は無い。上手くやる? 神様目線で他人を消費することが上手いやり方なら――クソくらえだね」


 そして、本音が飛び出した。


「……ほう」


 ――思っていた以上に、気が合わない。

 本音で話してみると、考えていた以上に価値観や発想が噛み合わない。

 ――同じ科学をバックボーンにした人間の筈なのに、同じ社会の知識があり、個人主義的な人間の筈なのに。

 趣味嗜好態度、いずれも噛み合わない。

 サンジェルマンはあえてカラカラと笑った。


「なにやら、お互い熱くなってしまいましたね」

「ええ、少し立場を整理しませんか? 我々が求めるのは互いの利益です」


 颯太そうたも争いたい訳ではない。サンジェルマンの厚意に甘えて話を仕切り直すことにした。


「大貴族が農協シンジケートの経営にいっちょ噛みに来られたら、毅然とはねのけないと君の武器カリスマが損なわれる」

「このままだと、あなたで言えば研究ぶきを封じられたのと同じ状態になる訳ですよ。それは困る。そこの女神に脅されていてね」


 颯太そうたとサンジェルマンは同時に女神の方を見る。


「いぇーい! 人間がこの星の管理種族たりえないから十分の一にしちゃうぞー!」

「……王族も大概役に立ちませんからねえ」

「だいたい王家の血だってちゃんと繋がってないじゃない。ジャンヌちゃんのスペアを保存するのが目的だったのに!」

「そうなの!? おい待て、レン、それは、その……!」

「女神様、莨谷先生、その一件はでいきましょう」


 颯太そうたは表情を引きつらせる。

 ――内戦待ったなしの情報だこれ。


「聖女だってちゃんと生まれてるのに政治からはじき出してるのよ」

「待ってくれ、レン、それ、俺知らない。聖女ってなんだ」

「え? だって宮廷の事情なんて多種族共生にあたって必要なくない?」


 颯太そうたの背筋に冷や汗が一筋流れていく。


「聖女とは神官プリーストの元締めとなる女性。女神がこの大地に散布した医療用ナノマシンと交信可能な因子コードを持っている女性です。我々の持つ『不老』や『耐毒』に引けを取らない力を持つだ」

「はぁ!?」

「良い子よ! 見た目はジャンヌちゃんにそっくりだけど私に優しいの!」


 ――不味い。とても不味い。情報が何もかも足りない。

 サンジェルマンは颯太そうたの顔を見て優しく頷いた。


「君も、苦労してますね」

「……昔のあなたと同じくらいにはね」

「莨谷先生、僕はあなたが好きじゃない。けど、馬鹿の真ん中で頑張っているあなたを見ていると、昔の自分を思い出す」


 ――ああ、絶望したクチか。

 ――そうだよなあ。分かるよ、それは。

 颯太そうたは先生だから、諦めていないだけだ。

 少しだけ、不思議とサンジェルマンが他人に感じられなくなった。


「愚かしく映りますか」


 サンジェルマンは首を左右に振る。

 優しい瞳をしていた。旧い友人と久しぶりに出会って昔を語るような瞳を。


「君には僕の資金・軍勢・コネクション、全てを貸しましょう」


 ――油断はできない。

 実際に、颯太そうたは一切油断していなかった。

 サンジェルマンに心を許してなどいなかった。


「でしたら、この要求を呑んでいただきたい。俺があなたの立場なら、条件交渉の上で受けます。そういう意図で突きつけた無茶です。それを――」


 けれど、と思ってしまった。


「けど、君の要求は聞けない」

「では、何処を譲歩しろと?」

「譲歩も不要だ」

「は?」


 颯太そうたは固まる。理解ができない。相手の意図が見えてこない。


農協シンジケートは僕が支配し、僕の指揮監督の下で腐敗した宮廷における改革活動の尖兵として活動してもらいます」

「――え?」

「手始めに君と農協シンジケートを暴力でねじ伏せて従えます」


 颯太そうたの腹が熱くなって、激痛が走った。

 腹は内側から服ごと裂けて、鋼の刃と共に鮮血が吹き出していた。

 ――俺、なにされた?

 颯太そうたの視界がゆっくりと霞んでいく。


「サンジェルマン! 貴様!」


 控えていたフィルは咄嗟にサンジェルマンへ飛びかかった。

 それは良い、良い判断だ。颯太そうたも、激痛で身動きを取れない状況でなければ、間違いなくそう指示した。


「君の設計は僕ですよ」


 サンジェルマンが手をかざした瞬間に、フィルは糸の切れた操り人形のように倒れ伏した。


「マス、ター……」


 機械少年の瞳から、ゆっくりと光が喪われていくのが、颯太そうたの目にも見えた。

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