第73話 先輩転生者に「やっぱ辛ぇわ」って本音を漏らして男同士の奇妙な友情を築こう!

「少しだけ、時間をください。なにせ大切なことですから」

「大切なこと……!」

「考えを整理して、正式な場で改めてお答えします」

「正式な……場で……! まあ~! まぁあ~! 先生~❤」


 と、聖女カレンを言いくるめ、後日の返事を約束した上でお帰り頂いた後、颯太そうたは応接室で虚脱状態に陥っていた。


「ソ、ソウタ……? な、なにが有ったの……?」


 カレンが帰ったのを見計らって、女神が応接室の扉からひょっこり顔を出す。

 ――お前のせいだが。


「ハッピーニューイヤー! うっひょ~この世の終わりみたいな顔してますねぇ~! 一緒に聖女被害者の会作りますか~? 僕あいつに殺されたんですよ~」


 その女神の肩の上で全長30cmのくるみ割り人形がカラカラと笑っていた。

 ――なんだこいつ? 殺された? ああ、もしかして。


「……元気そうだな。嬉しいよ。その姿はなんだ?」


 颯太そうたは、今にも人を殺しそうな目つきで、くるみ割り人形を睨んだ。


「折角鍛えていた肉体を破壊されたので、肉体の死に引きずられる前に記憶と魂だけを女神によって無害なボディに封印されました。異世界転生に近い術理ですね」

「理解した。お前の大好きな男の子に人気が出そうだな」

「それなんですがブリキのおもちゃで喜ぶ年齢層の男の子って僕のストライクゾーンから下方向に外れてて……でもこの姿で少年にめちゃくちゃにされるの良いかもしれないな……」

「ごめんその話はやめようか」

「アッハイ」


 ――もう疲れた。

 颯太そうたは夜勤明けのチベットスナギツネのような瞳で、女神とサンジェルマンロボを交互に見る。

 事情について説明がほしかったが、説明を求める気力すらなかった。とはいえ、だ。女神も流石に説明すべきだということは分かる。


「あ、あのねソウタ。私、ソウタが生徒に好かれてるから、元の世界からソウタの生徒を呼んだらすごく役に立つんじゃないかと思ったのよ。ちょうど一人、ソウタの後を追って死んじゃった子が居たからそのまま死なせるのは勿体ないし可哀想だなあって思ったの」

「お前にしては倫理的な判断だな……」


 颯太そうたは珍しく優しい声だった。


「サンジェルマンへの不意打ちに使うなら完璧だと思ったのよ」

「実際、完璧でしたね。僕も全く気づかなかった。いくら王族と言えど、現地人風情が神の力を持つ僕をいくら嗅ぎ回ろうと無意味だと思っていましたから」

「お前にしては的確な判断だったな……」


 颯太そうたは珍しく優しい声だった。


「女神様、頭は良いですからね。基本的に人間社会に関心が無いだけで」

「今実感してる……」


 鋼のハートを持つサンジェルマンロボだったが、流石にいたたまれなかった。颯太そうたの言葉にはそれ程の悲痛な響きが籠もっていた。


「暗殺計画と逮捕計画を無関係に走らせることで、僕の判断ミスを誘発した訳ですよね。いや、実際すごい良いアイディアでしたよ。僕、負けた訳ですし」

「俺にも女神にもどんな連携になるか予想できなかったからな。仕掛ける側に予想ができない策を、仕掛けられる側が読み切って逃げることなんて不可能だろ」

「しかも僕を敵に設定して倒すことで、農協シンジケート側の連帯感を育みつつ、辺境伯の殺害というアキレス腱を有耶無耶にすることにも成功しましたね。仮に内実がギャンブルであっても、結果だけみれば見事な手並みですよ」


 実際、そうなのだ。

 作戦そのものはびっくりするほど上手く行っている。


「そ、そうよ! カレンちゃんだってあんたの味方だったでしょ……? なんでソウタ、そんな、この世の終わりみたいな顔をしてるの……!?」


 薄々何かやらかしたことを察している為か、女神が明らかに動揺している。

 颯太そうたとサンジェルマンは互いに顔を見合わせる。

 同じ地獄を見た男同士の友情のようなものがそこにはあった。

 ――とりあえず、事情を説明しよう。

 誰でもいいから話したい気分だった。


     *


「……という訳で、プロポーズされた」


 観念した颯太そうたはこれまでの事情を簡単に説明してみた。


「人間の寿命分くらい付き合ってあげなさいよ。女神が許可するわ。顔も身体も良いでしょ、ってかあんた好みの美人じゃないの? 女の子が好きみたいだから女の子用意したんだけど……え、これ、まずかった? 不味いやつ? やっちゃったやつ?」

「女神ってそういうとこありますよね分かる分かる。それにしても人生の墓場が見えてきましたね。結婚はやめといたほうが良いですよ。子孫に裏切られるの地味に辛いんですよ~。その点少年奴隷は良い、今からでも美少年を愛でましょう後輩くん」


 ――こいつらに聞いたのが間違いだった。

 颯太そうたは世界の終わりのような顔で二人からのアドバイスを聞き流す。

 そして二徹したチベットスナギツネの形相で話題を強引に切り替えた。


「ところでサンジェルマン、色街の準備はどうよ」


 サンジェルマンはその意図を明確に察知して、すぐに対応を業務モードへと切り替える。


「多種族って点が嫌がられてますが、多種族って点でこれまでと異なる需要が発生しており、この辺りがちょっと読めませんね。他にも商品の女の子や男の子の管理もちょっと不安です。これでも本職医者なので健康管理は完璧ですが、色街に流れ込んでくる子って単純な健康管理以外の問題を色々抱えている訳ですよ。心とか、家庭とか」


 ――そういうものなのか。知らなかった。こいつ仕事の話する分には有能だな。

 まっとうに仕事の話をしている方がまだ気が楽になることが分かって、颯太そうたは更に話を続ける。


「安定した運営には何が必要だと思う?」

ですね。良くも悪くも色街の仕事では彼らに日銭と居場所しかくれてやることができません。医療はまだしも、安定した生活や十分な教育までいくと僕の手には余ります。凡人の目線とか分からないんで」

「分かった。善処する。まずは商品を潰さない範囲で金作ってくれ。麻薬ビジネスじゃなくて賭博と性風俗産業でお金を作りたいんだ」

「かしこまりました。君が生きている間くらいは、酔狂に付き合いましょう。今の私に残された権謀術数の手腕と医学知識のみで十分対処可能な仕事ですしね」

「頼む。俺にはもうその仕事をやるキャパねえ」

「頼まれました。では早速仕事に戻るとしましょう。こちらもプレオープンで忙しいものですから」

「ああ、俺もすぐカジノの方に戻る」


 サンジェルマンロボは珍しく黙り込む。颯太そうたは不思議で首を傾げたが、それでも反応を伺っていると、サンジェルマンロボはポツリと呟いた。


「辛いことが有ったら言ってください。部下には言えずとも、敵である僕になら言えることもあるでしょう」


 そう言い残してそれは光の粒になって消えた。

 ――余計なお世話だっつうの。

 とは思いながらも、不思議とこれまでのような嫌悪感は無かった。


「……さて、レン」

「な、なにかしら。怒ってるわよね? 怒ってるのよねこれ?」

「いや、お前は間違っちゃいないさ。死人も出なかった。農協シンジケートは纏まった。サンジェルマンも従えた。俺たちの勝ちだ」

「お、お、怒ってるでしょ……! 怒りなさいよ……」

「最善の手段を考えたお前を怒りたくねえよ。そんなの理不尽だろうが」

「変よ……バイタルを見れば怒ってるし、悲しいのだって分かるのよ? 言いなさいよ……言わなきゃわかんないじゃない……。私、別に、あなたを追い詰めたい訳じゃないのに……」


 颯太そうたは今にも泣きそうなレンの頭をポンポンと撫でる。


「じゃ、惚れた弱みってことにしといてくれ」

「……わかんない」


 女神は自分の頭の上に乗った手を握りしめる。その手に頬を当ててから、か細い悲鳴をあげた。


「ソウタがわかんないわよ……」

「良いんだよ」

「泣きそうなのに、良いなんて言わないでよ?」

「大人は責任を取る生き物なんだよ。俺は俺の立場と言動に責任をとらなきゃいけない。責任をとって自分の言ったことに向かい合う番が来ただけなんだ。だからこれで良いの」


 颯太そうたは立ち上がる。


「待って、何処に行くの?」

「遊技場の客に挨拶回りだよ」

「一人で行くの?」

「そうだな、アスギさんに護衛してもらうさ。お前も仕事で疲れただろ? 少し休んでいてくれよ。カジノで遊ぶ気分にもなれないだろうしさ」


 それから、扉に手をかける。


「待って、ソウタ」

「どうした?」

「私、どうやったら貴方を愛せるの」

「お前はお前で良いんだよ、そういう心の機微が苦手な癖に、いつも泣きそうな俺のことを案じてくれる。そんなお前が良いんだよ」


 ――俺は、そんな不器用なお前に救われたんだよ。

 大一番にはもう勝った。

 今更降りる道は無い。

 ――だから、俺はこれで良い。

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