第74話 元教え子の聖女様からのプロポーズを涙ながらに断ろう!【第二章完結】
遊技場を始めとする歓楽街は順調な滑り出しに成功した。
農村では種蒔きの時期が近づいてきたが、
冬の終わり。何もかもが順調に動き始める季節……の筈だった。
「あら、お待ちしておりました」
「お久しぶりです。領主様。ご挨拶まで間が空いてしまい、申し訳ない」
「いえいえ、お気になさらず。非公式な場ではカレンとお呼びください、莨谷先生」
「では……烏丸さん、とお呼びしましょうか」
「ふふ、昔と同じですね……そちらのお嬢さんは新しい生徒ですか?」
「ええ、“水晶の夜”から
「お初にお目にかかります。ヌイと申します。領主様におかれましてはご機嫌麗しゅう。都で聖女として人々の信望を集めていた頃と変わりなきお姿を目にすることができ、平素は信仰薄き身ながら感激しております」
正装のヌイが恭しく頭を下げると、カレンはわずかに驚いた顔をした。
「あらあら……素敵ね。ヌイさん、先生、まずはおかけください」
二人が用意された柔らかな革張りのソファーに座ると、すぐに紅茶が運ばれてくる。
「その子をわざわざ連れてきたということは……」
「生徒としてだけでなく、部下としても優秀でな。これからもお前と会う機会が増えるだろうから顔を覚えてやって欲しい」
「あらあら忘れられませんわ。一瞬、何処の貴族の娘さんかと。しかも……腕も立ちますね。暗殺者かしら、王都でもこの年齢でここまで仕上がっている子は珍しいわ」
「分かるのか?」
「先生、私はこの国でも最上位の
「安心しろ、普通に使者として送るだけだ。ほら、俺の密使だとしてもエルフが館に入ってきたら嫌だろ? この子なら気にいると思ってな」
「はい。気に入りました。そもそも人間以外の種族に密使など任せたくありません。まともに教育も受けてない連中が大半ですから。先生の差配はいつも適切ですね」
――こいつ、転生してる分だけ、意識が異世界側の常識に近づいているのか。
カレンは
――まあでも根っこはクソ真面目委員長だった烏丸花蓮と変わらないな。クソ真面目なままだ。
「最終的には人間以外の種族にも教育を行う。お前の嫌いなタイプの人族は減るよ」
「先生は私を否定しませんよね。先生のお嫌いな差別主義者ですよ、私」
「好きとか嫌いは個人の自由だし、率直な物言いをするやつは好きだ。陰湿なやり口で他人を侮辱したり、搾取する連中が嫌いなだけだ」
「先生、根っこの熱血っぷりは変わりませんね」
それからカレンはヌイの方を見てニッコリ笑う。
「重ねて伝えますが、あなたは好きです。礼儀正しいし、先生のお気に入りの生徒なら、私の妹弟子とでも言うべき存在ですから」
「も、勿体ないお言葉です。まさかタバコダニ先生が聖女様の師を勤め上げていたとはつゆ知らず……!」
「かしこまらないで。親の躾が厳しかったのよね? そういうとこが昔の私にちょっぴり似てるからなんだかなおのこと可愛くてね」
「あ、ありがとうございます……!」
カレンはコホンと咳払いをしてから、余裕たっぷりの笑みを
「さて、莨谷先生。本題に入りましょうか。今の私とあなたは、生徒と教師などではありません。故に改めて異性としてお付き合いしたところで、問題は無いと思っております。かつて仰った『卒業してもまだ未練が消えないなら正面から話を聞いてやる』という約束、今こそ果たしていただきましょう」
流石にヌイも驚いて、目を丸くして
――来たか、火の玉ストレート。
――やってやるさ。存分に。
*
「結論から言うとプロポーズは受けられない。そしてその理由をこれから説明し、代わりとなる条件を提示するから、それで納得できるか聞かせて欲しい。納得できない場合は、また話し合いをして納得できるまで条件を交渉しよう。時間はかかるかも知れないが許してくれ。何故ならこの話は烏丸さんの納得が全てに優先するからだ」
まずここまで一息に言い切った。
この修羅場に挟まれてしまったヌイは既に死にそうな顔である。
「その理由とやら、お聞かせください」
「まず、俺は犯罪組織のトップであり、君は行政側のトップだ。癒着構造を作れば、それはそれは強固なものになるだろう。君と居れば我が身と君が可愛くて、俺は権力で邪魔者を蹴落とし、搾取する側になり果てるに違いない。そうするとこの世界を救うどころではなくなり、女神との契約の遂行に支障が出る。俺の命を救った女神に対して、不誠実な真似はできない」
「道理ですね」
ヌイは隣で目を白黒させていた。神との対話は聖女の特権だ。
カレンはそんな混乱した様子のヌイを見て、憐れむような目をした。
「思えば伯爵の死因は女神様を裏切ったことにあります。そして私自身も女神に救われた身。女神様のことを持ち出されてしまっては、なるほど、理屈としては筋が通っています」
「……!?」
「そうなんですよ、ヌイさん。伯爵暗殺は先生と私の共謀なんです」
「き、聞いてしまってよろしいのでしょうか」
「俺はお前のことは信頼している」
「そして私は先生のお言葉を尊重します」
「あ、あ、ありがとうございます」
それからカレンはコホンと咳払いをした。
「さて、理屈は通りますが、気持ちの上ではまだ納得できません。先生、説明を続けてください。内容次第ではこの場であなたを刺してしまうかもしれません」
「問題はまさにそれです。今仮に結婚したとしても、俺は烏丸さんに刺されます」
「なぜ?」
「何故なら俺は烏丸さんが思うほど真面目でも良い男でもなく、特に異性関係はだらしないからです。どうでも良い相手が俺を好きになって俺を刺すのは構わないのですが、元生徒が俺を刺すのは……辛い。本当に辛い。そんなことになるくらいならしっかりお断りしなくてはいけないと考えました。これが気持ちの上での理由です」
「……なんですって?」
「異性関係はだらしないからです」
カレンは睡眠不足のチベットスナギツネのような表情で憧れの先生を見つめた。
ヌイの視線も無論厳しい。
「でもそういう素直なところはやっぱり好き……! 今更何を言われても」
「俺はね。そう言ってくれる君に、今の麻薬組織のリーダーやってる姿を見られるのも辛いんだよ……」
「先生、私を子供扱いしないでください。最初から私はあなたの為ならば自分を曲げるつもりがあると言っているのです」
紅茶を一杯飲んで、カラカラになった口を湿らせ、ゆっくりと答えた。
「けど俺は、自分がパートナーとしてそんなに良い人間だと思えないんだ。どうでもいい相手なら構わないが、他ならぬ君に粗悪品を押し付けたくないんだよ」
「結婚とか重いし、所帯を持つ責任なんて耐えきれないから、今の自由な立場を楽しみたいと……そういうことですね、先生」
――火の玉ストレート……!
正直、そういう部分もある。
「その……なんだ……。楽しみたい訳ではないが、責任もとれないことはしたくないだろうが……! マフィアのボスだぞ俺は!」
――助けてくれ、ヌイ。
チラッとヌイの方を見るが、ヌイは既に目が死んでいる。十代前半の女児にはちょっと状況が重すぎる。
――駄目だこりゃ。
この場でブッチギリ最悪駄目男は彼自身である。
「た、確かに先生が驚くほど情けないことは理解しましたが、まだ愛せますねえ駄目ですよ逃しません先生……!」
「待て、逃げる気は無い。結婚はできないが、臣下として終生君に仕える気持ちはある。それでは駄目だろうか。結婚のあてなんてものは他に無いしな……」
「ん゛っ……先生が? 終生……臣下……命令し放題! わ、悪くない提案ですね。他の女と結婚しそうになっても横槍を入れ放題ですね……なにせ臣下ですから……」
――駄目だこいつ。命令し放題って思っても口にするか? すっかり頭の中が異世界人になってやがる。
駄目さ加減ではカレンも良い勝負だった。
「俺は誰かと結婚をするつもりはない。そして君の隣に立つ人間的な資格は無いが、君の仕事を支える能力だけはあると自負している。より良い領地の運営や領民の生活レベルの向上の為に力を尽くしたい。中央から連れてきている君の家臣だけでは対応が難しい局面を支えられる筈だ。ヌイ、資料をお見せしなさい」
「は、はいっ!」
ヌイは流れの変化を鋭敏に察して、横から支援を開始した。結婚などという手段で目の前の女に一人勝ちされる事態はヌイとしてもごめんだ。そうなるくらいなら全員の身動きがとれなくなる泥仕合に引きずり込みたい。
「ごらんください領主様!」
彼女はカバンの中に入れていた
「タバコダニ先生は活発化している
「……む、
――思ってても言うか?
とは思ったが口にしない
「仰る通りです。領主様」
「カレンで良いです。しかし、そうなると、なおのこと部下じゃなくて配偶者として欲しいですね。臣下は裏切るものですから」
「じゃあカレン。俺は仕事に対しては誠実だが、異性が絡むと本当にだらしない。本当に後ろめたいので、この場にもヌイ以外の部下を連れてこられなかった程だぞ?」
隣のヌイは沈痛な面持ちで目を伏せる。カレンもヌイの表情を見てその言葉に偽りが無いことを理解した。
「あの……せ、先生。私は先生がだらしない女性関係を繰り広げても正直愛せます。先生の美しいところを知っていますから。けど、その、ヌイちゃんが可哀想になってきたので……やめませんか? 異世界来てまでこんな話するのは辛いです……!」
――よし、言質取ったぞ!
「可愛い教え子二人を相手にこんな話をしなきゃいけないのは……つれぇわ。どうすりゃ良かったんだろうな。でもお前はもう生徒じゃないし、命をかけてここまで来た。どれだけ恥をかいたとしても、全部話さなきゃ嘘だろ」
いつもの調子が戻ってきた。
カレンは頭を抱えながら悲鳴を上げる。
「あ、ああもう! 分かりました! 分かりましたから! 良いですこの案件は保留にします! 保留にさせてください!」
「愛想尽きた? 尽きないか? 愛想尽かしてくれ」
「馬鹿! 先生の馬鹿! それで愛想尽きたら簡単だったんですけどね! 今日は帰ってください! 未来の臣下相手にうっかり手元が狂いそうなので! 理性が有る内に! 早く!」
カレンの腰で、金色の魔剣が光っていた。
「それでは今日は失礼いたします。帰りますよヌイさん」
「し、失礼いたします」
「私が簡単に諦めると思わないでくださいねー! せんせーっ! わぁーっ!」
二人は廊下を早足で歩きながらヒソヒソと言葉を交わす。
「あの、先生」
「どうしましたか」
「お
「良いですよヌイさん。あなたは特別ですから」
「相手が誰であれ、もし先生が異性絡みで刺されそうになったら」
「はい」
「ヌイが、先生を刺します」
「…………はい」
「ヌイは先生を独占したいとも幸せになりたいとも思ってませんが、誰かに刺されるくらいなら先生を刺したいと思っている女No.1です」
――なんだ俺の人生めちゃくちゃ楽しい……!
「じゃあヌイのことは終身雇用しないとな」
「ええ、期待しております。強く、期待しております」
「安心しろ。生徒に嘘はつかないよ」
「それはたった今、身を以て知りました」
「帰るか。俺たちの村に」
「帰りましょう。私たちの家に」
館を出た二人は、迎えに来ていた
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