第59話 提携先の傭兵団からカジノ出店予定地を紹介してもらおう!

「さて、早速業務の報告をさせていただきましょう」


 イグニスは胸のポケットからメガネを取り出して身につけた後、颯太そうたに紙の資料を差し出した。

 手触りが良い。村で手に入るものとは比べ物にならない品質の紙だ。


「現在、辺境伯が死んだ後の小王都アヴェロワーニュでの犯罪件数です。殺人が二十件、亜人による傷害事件と亜人を狙った傷害事件が合わせて百三十二件、他にも犯罪は起きておりますがそれはお手元の資料を読んでください。ここで一つ注目すべき点として、実は我々が独自に作成した資料で比較すると前年同月比で減っています」

「理由についてはどのように分析なさってますか?」


 イグニスは資料の中の殺人事件件数グラフを指差した。


「辺境伯や配下の人狩りがなくなったことで、スラムにおける殺人が減っています。その代わり人種間対立の機運が高まっています。辺境伯の死によって押さえつけられていた貧困層が突発的な犯罪に走ることが増えています。王国側のデータではスラムにおける人狩りは殺人事件として扱われないので、一般市民からすれば治安が悪くなったという印象になるかと」

「成程」

「ちなみに先程、傷害事件が一件増えました。容疑者どの」


 イグニスのいたずらっぽく笑った顔に、颯太そうたは気まずくなって目を逸らす。ここぞとばかりにフィルが追撃する。


「マスター、罪は償うべきかと」

「お前まで変な事を言うなよ」

「おや、良い部下をお持ちのようだ」

「それは謙遜せずに答えましょう。自慢の部下ばかりですよ……これは本当に」


 イグニスはそれを聞くと『ああ』と小さく声を上げた。


「それで思い出しました。ヌイの母親が『何卒、娘をよろしくお願いします』と申しておりました」

「はて……? 死んだと聞いていましたが」

「ああ、遺言です」


 イグニスはこともなげに言ってみせた。

 それから茶を飲んで、何かを思い出すように遠い目つきをする。

 颯太そうたはなんと言えばいいか分からずに。


「ご冥福を」


 とだけ真面目な面持ちで答えた。

 イグニスはニコリと笑う。


「ありがとうございます。小王都についての報告はこの程度です。あとはヌイへの手紙で定期的にお伝えしている通り、変わった様子はありません」

「分かりました。人間とそれ以外の種族の間の悪感情が強く残っている。データの面でも実感できました」

「先程、かなり派手にやってらっしゃいましたものね。いえ、我々は雇われなので取締などはいたしませんが……」


 眼鏡の奥で、イグニスは楽しそうに目を細めた。

 颯太そうたはそれを見て、それまでの真面目な顔つきをやめて、地に当たる部分の性格を見せる。


「いや~申し訳ない。俺は差別と差別主義者が嫌いでね」

「それは私もです。ですが小王都を辺境伯からお預かりした……は大きく出ましたね?」

「俺が言うしか無いでしょう?」

「仰る通り。しかし何故この時期に? もう少し安定してからでも、あるいはもう少し早くても良かったのでは?」

「こちらの土地で農協シンジケートによる賭博場の運営を本格的に始めようと思います」


 イグニスはピクリと眉を動かす。


「ご禁制の賭博を?」

「今のうちに小王都で賭博ビジネスを軌道に乗せつつ、“水晶の夜”と足並みを揃えて麻薬ビジネスで農協シンジケートの存在感を強めます。これを可能としたと賭博で得られるで新しく赴任する領主を買収できればと」

「賭博のお目溢しを頂くおつもりですか」

「あれは儲かります。麻薬と賭博、将来的には水商売や風俗店の運営にも手を伸ばしたい」

「……はてさて」

「どうかなさいましたか?」


 颯太そうたはニッと笑う。

 ――さて。隊長さん。

 颯太そうたの目の前で、イグニスはしばし黙り込む。

 ――どこまで気づいた。


「……本気で儲けるだけならば麻薬一本で良いでしょう。独自の軍事力を求めている気配も薄い。農村の哨戒航空用に大鴉ネヴァンを育てているだけですよね」

「はい。それも、“水晶の夜”出身のマリエル・カラスの助力あってのものです。そして主に育てているのも水牛や山羊といった寒さや過酷な環境に耐性のある家畜です。ああ……鶏も育てようかと、大鴉ネヴァンの餌にも好まれますし」

「鶏ですか」

「熱量変換効率も蛋白質変換効率も良く、俺やヌイのような人間、それにドワーフの移住者は食べ慣れている」

「ドワーフの移住者? 分かりました。そういうことですか。犯罪組織の運営は先生にとってはあくまで手段なのですね」


 ――あ、全部推察してくれたな。

 颯太そうたは安堵の笑みを浮かべる。


「マスター、イグニスさん、お二人は一体何を話しているのでしょうか」


 取り残されたフィルは首を傾げるばかりだ。


「フィルさん、でしたね。あなたの主人は、人間以外の種族の雇用を創出して、人間社会の経済活動に積極的に関与させようとしています」

「偉いことですね!」

「ええ、傭兵団と異なるアプローチで亜人たちの窮状を救う一手になりえます。個人的にも、そういった試みは応援したい」


 ――ヌイの父親だけあって本当に勘が良いな。

 颯太そうたは薄く微笑む。


「殴り飛ばしたところで差別も差別主義者もその被害者も消えません。法が守らない連中を、法で守らせる為に、法でグレーの部分を攻める。だから賭博

「理解しました。正規軍の放った攻撃魔法で焼け野原になった土地を買い上げてはいかがですか? 復興のシンボルになるかと」


 イグニスは楽しそうに眼鏡を光らせた。


「良いな……その辺りに集まっている住民の雇用を創出できる。麻薬を売った金で足りるかが問題か……」

「それなら今なら食うに困った人々は多い。安く使えますよ」

「いや、気前よく金は配りたい。ただでさえ市民に『気に入らなければ殺す』って宣言した後なので……」

「王都での麻薬の売れ行き次第ですねえ。ともかく早速土地の案内をさせましょう」

「ありがたい。さっきのハーフリングの兵士さん。まだ居たら彼を呼んでもらえるかな? チップは弾むからさ」

「かしこまりました。引き抜き以外はご自由に」

「まさか、ビジネスパートナーは大切にします。そんなことはしません」

「……ハハッ。まあ良いでしょう。今の、ジョークですからね? 本気にしないでくださいね?」


 ――あ、ヌイのことか。

 颯太そうたは勝手に気まずくなって首の後ろに手を当てる。

 ――ヌイのことだよなあ。


「いえ、その……返す言葉もございません」

「ふふっ、先生のそういう真面目なところ、好きですよ」


 それからしばらくして、颯太そうたはハーフリングの傭兵の案内でカジノの建設予定地をいくつか巡った。そうして女神の待つ宿屋に戻ったのは夜も遅くなってからのことだった。

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