第56話 ドワーフの協力を得てパチンコ屋を作ろう!

 翌日。丸一日をドワーフたちの治療に費やし、無事に彼らから信頼を得た後、颯太そうたたちは大鴉ネヴァンタクシーに乗って無事に村へと戻った。


「マスター、おかえりなさいませ」

「フィル、小麦粉の様子はどうだ」

「早くも小麦粉の交換をお願いに来る方々がいらっしゃるようになりました」


 村へ戻った後、まず颯太そうたはフィルの居る水車小屋の様子を見にきた。


「早いな。エルフって新しいものが苦手なのだとばかり」

「いや、ジャワお婆ちゃんとマスターが宴会の時に一緒に作っていたのを真似して皆で焼いてます」

「この調子で定着すると良いな」

「お言葉ながらマスター、そのためには水車が不足かと。管理も私一人では問題があります。新規に建造する必要があります」


 颯太そうたはフィルの言葉を待っていた。

 ごきげんな笑みを浮かべて、嬉しそうな声で答えた。


「ああ、そこでな。ドワーフの村から職人を連れてきた」

「ほうほう職人さんですか」

「この水車をベースに、水車と風車の建築・改良を彼らに依頼しようと思っている」

「とはいえ、彼らに水車や風車を加工する知識があるのでしょうか? 鉱山の採掘や金属加工の知識と機械工作の知識はまた別ですし」

「俺もそれは気になったんだが、奴らハンダ付けができるらしいんだよ。案外水車とか風車とか見せたら似たもの作ってくれるんじゃねえかと思って」


 フィルはポンと手を打つ。


「マスター、素晴らしいアイディアです。まさに車輪の再発明!」

「褒めてなくねえか」

「失礼。でもそれってフィルがやるのではダメですか? おそらく同じ仕事をするにしてもフィルの方がマスターのお役に立ちます」

「ダメなの。まずエルフの村でドワーフが独自に水車や風車を改良するという実績が欲しいの。お前には別件の仕事を頼みたいの。お前にしかできないの」


 そう言われるとフィルも嬉しい。少し手柄を盗られるような気分だったが、そのように言われては素直に従う他無い。


フィルにだけ……なんでしょう?」

「小王都へ向かい、サンジェルマンと会見を行う。も来る以上、護衛として呼べるのはお前しか居ない」

「あの女ですか」


 女神、散々な言われようである。

 颯太そうたが苦笑いしていると、フィルが彼に質問した。


「小王都で話し合うというなら、女神を見られる可能性がありますが」

「見られても構わないだろう。村の方まで噂が回ったところで『あれが“パラケルスス”の正体か』と思われるだけだ」

「その場合、マスターへの女性陣の視線はいかがしましょう。あの毒婦め、顔だけは良いですから」

「それなんだが……諦めた。俺は人間のクズだ。素直に罪を背負って生きようと思う」


 颯太そうたはもしもの修羅場や精神的負荷への恐怖で正直泣きそうになっていたが、上を向いてなんとか堪えた。


フィルは……何があってもマスターの味方です」

「ありがとう。本当に、ありがとう。それで、話を戻す。王都に向かうまでの間、ドワーフの職人と協力して風車や水車の建設に従事してほしい」

「イエス、マスター!」


 敬礼をするフィルの笑顔が、颯太には眩しかった。


     *


 その後、颯太そうたは村を見て回り、問題が無いことを確認してから、ドワーフの村から早速訪れた移住希望の見学者を迎え入れた。

 小さな鍛冶屋を営む家族である。父親、母親、それに三つ子。三つ子は颯太が先日村で鉱毒を除去して治療したお陰か、顔色が良い。


「という訳で皆さんには、農具の点検と整備。そしてこちらの水車の改造と増産。そして保守点検をおこなっていただきたいのです」


 村長宅の応接室で、漆を使った黒板に、木の灰を練って固めたチョークを使い、颯太そうたはカリカリと図を描いていた。アヤヒが助手代わりに資料となるプリントを家族全員に配布したり、暇になってしまった子供の遊び相手を部屋の隅で続けている。


「俺たち一家は鍛冶屋だ。村長さんのご期待に応えられるかは分からないぜ?」


 鍛冶屋のドワーフ一家の父親はひどく真面目な顔だ。不機嫌にすら見える。

 ――別に怒ってないのは知っているけど。ドワーフはドワーフで、なんというかコミュニケーション取りづらいな。

 颯太そうたは努めて笑顔を作ってみせた。


「ええ、無論ゼロからスタートという訳ではありません。小さいながらこの村でも独自に開発を始めています。それの改良ですね」

「いや、水車なら鉱山でも扱っている。作ろうと思えば作れるとは思う」

「そうなんですか?」

「ああ、掘削の過程で出る排水を汲み上げる為に、水車が便利なんだ」

「ならば幸い。うちでは穀物の製粉の為に水車や風車が必要なんです」


 ドワーフの父親はそれを聞いて深く頷く。


「問題はそこだよ。良いかいエルフの村長さまよ。製粉のために使う水車と排水のために使う水車ってのは原理が似ていても細かな加工が違ったりする。特に、車輪の回転運動を直線的運動に変換するカムの部分が違ってくるだろう。あるいは直接石臼を回しているのか? まあハンマーで砕いてるにしろ、石臼で回しているにしろ、この辺りはあまり詳しくないので、それが安定して動くようになるまで少し時間がかかることだろう。納得の行く安定稼働までに一ヶ月は欲しい。それに試験的な運用も何回かやりたい。いや……今更気づいたが、そもそも装置の改良に際して金属加工が可能な工房を建設しなきゃならないわけだ。これも含めると作業の開始が次の春が始まるギリギリになるだろう。そこから作業をすすめるとなるとやはり時間がかかる。それでも良いものかね」


 急に早口になった。

 ――あっ、そういうタイプか。大学院でめちゃ見た。

 こういう時、無学なエルフはビビるが、颯太そうたは怯まない。


「既に木製の小型水車を試験的に稼働させています。無論、耐久性に難があるので、今後は工房の建設と共に徐々に金属製の部品の割合を増やしていく必要があるでしょう。工房の建設ですが精霊魔法に長けたエルフを指揮して土木工事を行えば比較的早く始められると思います」

「しかし森人エルフが我々のような丘人ドワーフの話を聞くものかね」

「アヤヒは前村長の孫娘であり、腕の良い精霊術師です。彼女に工房の建設作業の補佐をさせましょう。彼女ならばそちらの村で働いた姿も見てらっしゃるでしょう? 他のエルフよりは信頼できるかと……」


 ドワーフの夫婦は顔を見合わせてホッと安堵のため息をつく。


「はい、アヤヒさんがついててくださるなら私たちも安心できます。村長もそうですが、彼女も鉱山の毒から子どもたちを助けてくださいましたから」

「そうそう。森人エルフのイメージが変わったよ……」

「将来的には彼女が村長となるでしょう。その時の為の練習をさせてやると思って、彼女に色々聞いてください」


 夫婦は嬉しそうに頷く。

 空気が和やかになったところで、颯太そうたは隠し持っていたもう一つの資料を取り出した。


「それは?」

「ここから先は個人的な依頼です。ご内密に」

「……武器、ですか」


 夫の方が小さな声で颯太そうたに尋ねる。どこか覚悟していた雰囲気が滲んでいた。

 ――俺が聞く前に話してくれるとはね。ありがたいな。

 ドワーフの若夫婦の今の言葉は、村に居着いて子供が元気に暮らせるなら、積極的に用意するつもりがあるということも意味していた。


「もちろん、武器については。そして

「そう……でしたか」

「だったら俺たちも遠慮はしなくていいと」


 ――だが、まだ今じゃない。

 ――実のところ、今必要な対サンジェルマンの武装はもう発注して

 颯太は目の前の夫婦に、できるだけ親しみやすい笑顔を見せながら、安心させる為にも、早々に本題を切り出すことにした。


「ドワーフが作る金属製の鏃で今のうちにエルフが武装すれば、我々の村は幻獣モンスターや人間たちに怯えずに済む。それは事実です。しかし……」


 颯太そうたは隠していた資料を広げる。


「今は遊技台ゲームを作っていただきたいんですよ。できれば、春までに。この先移住してくる他のドワーフたちと協力して一台でも多く完成させてほしい。これが実は


 ドワーフの夫婦は明らかに困惑していた。


「ゲームだと? 俺たちは鍛冶屋だぜ?」

「ど、どういうことでしょう?」

「その鍛冶屋の腕が必要なのです。必要なのは釘と金属の球。金属の球を打ち出して転がっていった先に応じて金属の球が増えたり減ったりするという遊びです。このゲームの名前なんですが――」


 颯太そうたはニンマリと笑う。


「パチンコと言います」

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