第57話 エルフの村の未亡人は悪いエルフのようです

 颯太そうたは、移住希望の見学者たちの帰りを見送ってから、夕食をとる為に家に戻った。


「あれ、アヤヒとヌイは?」


 家にはアスギだけだ。夕食はフィルの分も含めて五人分あるのにも関わらずだ。


「カラス運送さんから新しい家畜が運ばれてきたんですって。今焼け残った小屋に入れて小屋の応急処置とか……あとお世話とかしてますよ」

「……そうか、なら良いんです」

「心配性ですね……ふふ。あの子たちだって子供じゃないんですから。ちゃんと自分たちのことくらい自分たちで決めて、しっかり頑張れますよ」


 ――子供であってほしいなあ。

 颯太そうたは微笑んでみせる。


「また来週から小王都に出張に行ってきます。フィルを連れて行こうと思います」

「二人だけで?」

「王都に行った時と同じように、もう一人同行します」

「パラケルススさんですか」


 アスギはしばらく黙り込んでから、ため息をつく。

 ――どう答えたものか。


「……ええ」


 彼女がパラケルススについて知りたいと思っているのは分かる。

 得体のしれない相手が後ろに居るのは、きっと不安なことだろう。


「これは、父が言っていたことなのですが」


 ――嘘だな。

 颯太そうたは一瞬で直観した。

 ――何を言うつもりだ。


「パラケルススって、いつかソウタさんが言っていた“助けてくれた人”なんじゃないですか。名前は男の人みたいですけど、そうだとすれば辻褄は合う……な、って」


 ――うえ。

 颯太そうたの背筋に寒気が走った。

 ――女の勘ってやつかこれ。

 表情は変わらなかったが、流石の颯太そうたも動揺してしまった。

 ――不味いな、それ、あんまり知られたくないことなんだよな。

 一度呼吸をして気持ちを鎮めて、できるだけ穏便に応対することにした。


「アッサムさん、仮にそう思ってたとしてもわざわざ言ったりするタイプじゃないでしょう」

「えっ、と」


 まずは怪しいところを指摘して出鼻をくじく。


「この話をしてしまうと、あなたや他の家族を命の危険に巻き込むかもしれません」

「ひっ……い、命ですか……?」


 次にリスクを提示して相手を恐怖で縫い止める。


「ですが、俺はアスギさんの好意に甘えてこの村に置いてもらっている身です。それにアスギさんには理事として今後も俺を手伝って欲しいと思っている。だから、あなたには正直にお話します」


 心身が硬直したところで優しい言葉をかけ、正直に伝えると宣言する。


「……い、いいんですか」

「俺と貴女の間の秘密にしてください。秘密を共有できる相手が居たら、正直なところ俺も嬉しいので」

「他所で話したら……」


 答えない。その質問には無言を貫く。

 その無言がざっと三十秒ほど続いた後。


「……や、やっぱり、良いです」


 と、アスギはごまかすように笑った。

 颯太そうたは安堵した。

 ――ヌイだと同じ手を使っても退いてくれねえだろうな。

 ――逃げ口上考えとかないと。


「良いんですか?」

「良いんです。あなたが誰とどんな関係でも、ここに居る間は、私のものですから」

「……そうですね」

「人のものに手を出すのって、少しドキドキしません?」


 アスギは口元に手を当ててクスクスと笑う。


「あなたが言いますか」


 颯太そうたは呆れて肩をすくめた。


「だって今の私はあなたのものですもの」

「悪い人だ」


 アスギはクスリと笑った後、知らぬ顔で別の話題を持ち出した。


「そういえば、ドワーフの村に行っている間、あの子たちがませんでした?」

「……良い子でしたよ。そもそもあのぐらいの子供なんて手がかかるものでしょう。ちょっと引率で遠足に行った程度で音を上げては教師なんて務まりません」

「あら、良かった」


 ――本当にな。

 莨谷たばこだに颯太そうたは先ほどとそう変わらない恐怖を覚えていた。

 ――アヤヒが俺とアスギさんの会話を聞いてたこともあったし。

 ――マジで何があるか分かったもんじゃないな。


「来週には小王都まで行きます。また少し、家を開けることになります」

「お仕事ですか?」

「麻薬以外でお金を稼ぐ算段を立てに行かなくてはいけないんです」

「……そう、じゃあ、我慢しなきゃですね。頑張って、ソウタさん。それとありがとうございます……でしょうか?」

「いつかあなたに小王都をお見せしたいと思っています」

「私に? まるでデートみたい」


 アスギはクスリと笑った。


「まだしばらく先ですけどね。中々良いところなんですよ。町は綺麗で、ご飯も美味しくて、良いところばっかりじゃないけど、それでも。森人が受け入れられる場所になったら、貴女を……」


 アスギは颯太そうたの唇に指を当てた。


「いつかの話は、いつか聞きます。明日の晩ごはん、食べたいものあります?」

「そうですね。相談したいので今夜はお部屋に伺っても?」

「あらあら……片付けておきますね」


 初めて会った頃より幾分若返った顔つき。その笑みは少女のように可憐で、また今を盛りと咲き誇るような妖艶さも秘めていた。

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