第54話 旅行先で開放的になった教え子たちがめっちゃグイグイ来る

 颯太そうた、アヤヒ、ヌイの三人は、早速パーシーに連れられて症状の重い子供の家を訪問していた。


「カドミウムによる鉱毒だとすれば、体内の主たる代謝酵素にカドミウムが侵入したり、腸管におけるカルシウム吸収を阻害したりして、このような状態になる。つまり、この害の大本であるカドミウムを除くことができるなら」


《メッセージ:『吸毒』が発動しました。体内に含まれたカドミウム、ヒ素の毒性を吸収します》

《メッセージ:『耐毒』が発動しました。吸収したカドミウム、ヒ素の毒性を無効化します》

《メッセージ:『放毒』が発動しました。吸収したカドミウムを放出します》


 颯太そうたは目の前で横になるドワーフの少年から右手を離す。


「できたわ」


 そして彼の左手に集まった光が実体化し、カドミウムの粒がぽろぽろこぼれ落ちる。


《メッセージ:『吸毒』の発動により、『吸毒』スキルが成長します。ランクSSに上昇しました》

《メッセージ:『放毒』の発動により、『放毒』スキルが成長します。ランクSSに上昇しました》


「これはぶっつけ本番だったが……できた」

「お、おいこれで治るのか!?」

「落ち着け落ち着け。客人を驚かせるな」


 颯太そうたに掴みかかる子供の父親を、パーシーが抑える。小柄な母親は眠る我が子を眺めてオロオロするばかりだ。


「わかりません。ですが人間に比べて丘人ドワーフは金属の毒に強いと聞いています。あとは本人の体力に任せるしかありません」

「じゃ、じゃあ息子はすぐに治らないのか!?

「鉱毒と呼ばれるものには金属精錬時の亜硫酸ガスも含まれます。ここの空気もなのです。できれば村を離れて療養することをおすすめしま――」

「ああっ!? あんた! 見てよちょっと!」


 母親のほうが大声を上げる。子供は眠たげな眼をこすり、身を起こしていた。

 ボロボロになっていた肌も見る間に剥がれ、その下には張りの良い新しい肌が見えていた。


「パパ……ママ……どうしたの?」

「嘘だろ!? 起き上がるだけでも痛がってただろう!」

「パパ……ママ……僕ね、すごく調子が良いんだよ。きっと女神様のお陰だよね」

「ああ……! 坊や……!」


 先程まで苦しそうに寝ていた少年は、両親から抱きしめられて不思議そうに首をかしげる。

 ――そんなに早く?

 颯太そうたも首を傾げる。


「どうしたんだソウタさん。本当にあんたの言うとおりになっている。俺も親父も、もう疑いはしないぜ?」

「いや、いくら丘人ドワーフが頑丈だって言っても……治るの早いなと」

「先生、そんなもんですよ。丘人ドワーフは戦っている間に傷が癒える種族です。なので神官プリーストとして、人々を癒やして回ったりもします」

「ヌイちゃんの言う通りだよ。丘人ドワーフの行商さん、ガラの悪い森人エルフに絡まれて三対一くらいで喧嘩したのにピンピンしてたもん」


 ――もとより過酷な鉱山に適応してとにかく頑丈なのか。

 ――というか、それはそれとして。

 アヤヒがさらっととんでもない話を口にしていた。


「治安悪いなあ我が村。倫理から教育し直しだな」

祖父様じいさまが粗相した村人は殴って謝っていたから大丈夫」

「そっか」


 颯太そうたは気にするのをやめた。ただでさえこの世界は人間にとって難しい倫理観で作られているのだ。


「まあともかくだ。ソウタさん。あんたが子供を救えそうだってことは分かったよ。あとその左手から出てきた金属、貰っても良いか?」

「かまわないけど、何に使うんだ?」

「それカドミウムだろ。ハンダ……ハンダって分かるか? まあ接着剤みたいなものなんだけど、これに使えるんだ」

「パーシーさん、もしかして丘人ドワーフってハンダ付けできるのか?」

「屋根の修理とか、金属細工をつくるのでも便利だろ」


 それを聞いて颯太そうたは目をキラキラさせる。

 ――水車だけじゃなくてカジノの設備も作ってもらえるじゃん。

 ――っていうか、技術ツリーをあと一歩進めることができれば俺には不可能な電子工作だって可能だろ。

 いかにも嬉しそうな顔の颯太そうたを見て、パーシーは肩をすくめる。


「俺たちの金属加工の技術はいくらでも貸してやる。次の家も頼むよ、ソウタさん。あんたたちこの村の救世主かもしれねえんだ。もう子供がこんなしょうもないことで死ぬのは見たくねえんだ」

「ああ、それは俺も見たくない。連れてってくれパーシーさん」


 結局、颯太そうた、アヤヒ、ヌイの三人がトーマスの家に戻ったのは夜も遅くなってからのことだった。


     *


 無事に宿に戻り、三人はベッドに腰を下ろす。

 ベッドは三人分。安全保障上の問題で別室にはできないが、別室にできないがゆえに倫理保障の上で非常に大きな問題が発生した。


「これは提案なのですが我々は先生にひっついて寝るべきだと思うんですよね」

「は? ヌイ、お前何言ってるんだ?」

「そう思いませんか、アヤヒお姉ちゃん」

「……ま、待って。待って、待って、えっとね、待って待って待って」


 アヤヒは語彙力を失ってしまった。

 颯太そうたもちょっと困った。いや、すごく困った。

 ――ちょっとゲンコツを軽く入れた方が良いのでは?

 ――しかし先生として暴力を振るうのも良くない。

 ――最悪、ヌイは暴力を受けて喜ぶ可能性がある。


「理由はあるのかな、ヌイ」

丘人ドワーフの子どもたちを治しながら私たちは鉱毒の発生する仕組みを聞きました。話を聞くと水や食事だけではなく、この大気にも混じっている可能性があるそうじゃないですか」

「亜硫酸ガスな。肺とかに良くないからな」

「つまり……私たちも解毒していただくべき、では?」


 ヌイが頬を赤らめる。

 ――不味い。ちょっっっっっとドキッとした。

 ――解毒はお前、それは、エッチだろ。十年後に言われたら危なかったな。

 などと思ったが、颯太そうたはできるだけ平静を保ちながら会話を続ける。


「それ、多分村を出てからで間に合うぞ?」

「ああ~~ゴホッゴホッ、急に咳が~~~~! ゴホォッ! 先生を守らなければいけない私がこんなざまではなあ~~!」

「流石に無理があるだろ。お前、毒に耐性があるって言ってたよな?」

「アヤヒさん~! 助けて~! 先生が正論ばかり言う~!」

「恥を知れ恥を。おいアヤヒ、なんとか言ってやれ」

「…………」

「アヤヒ?」

「………………」

「アヤヒ……? なにか言ってくれよ……なぁ?」


 颯太そうたは忘れていた。

 ――そういえばこいつもエルフだった。

 エルフの雑で欲望に忠実な血は、アヤヒにも流れている。


「精霊魔術にはスムーズな呼吸が重要だからなあ」

「嘘だろおい」

「眠っている間も念の為解毒してほしいなあ」

「嘘だろおい……!?」


 二対一である。もはや暴力を以てマセガキ二名を分からせるしかない段階が来ているのだが、暴力に訴えた場合分からせられるのは腕力皆無の颯太そうた自身だ。


「やはりそうですよね。何かあったときに備え、私たちは一緒に寝るべきですよ。ベッドとかくっつけましょう」

「ま、待て、待ちなさい。嫁入り前の娘がはしたない」

「ソウタ、嫁入り前の娘二人連れて旅に出た時点でもう相当苦しいからな。村長でなければ許されないからな」

「そういうクソみたいな正論は事態を解決しないぞアヤヒ」

「今のソウタを見てるとよく分かるよ。正論って脆いんだね」

「っくぅううう~~~!」


 アヤヒからの正論がいい角度で突き刺さり、颯太そうたは崩れ落ちた。ヌイは一瞬で背後に回り、そんな彼の耳元で囁く。


「っていうか、先生、子供と一緒に寝るだけですよ。まさか……異性として意識しているんですか? アヤヒお姉ちゃんならともかく、私なんか子供ですよ子供」


 ――お前、この前二人きりの時になんて言ったか覚えてるか?

 二人で一杯のラーメンを分け合った時に、めちゃくちゃ下心を見せていたヌイの姿を颯太そうたは忘れていなかった。

 ――いや、あえて責めるまい。

 かくも甘いから懐かつけいれられるのだ。

 ――スパイ、もういっそ心身ともにズブズブの方が安心できるんだけど、俺はヌイちゃんをそういう目で見たくないけど、現実は彼女の力に頼ってるんだけど、それはそれとして傷つけずに軟着陸できる方法は無いか……?

 颯太そうたが虫のいいことばかり考えるゴミムシになったそんな時だ。


「ヌイちゃん? そういう事言われると私がだね……ちょ、ちょっと、意識しちゃうだろう。やらしいことなんて考えていないのに」

「えっ、あっ、いや~まあ、その」

「ヌイちゃん、良いのか。あの話をするぞ」


 ――馬鹿だぞこいつら同士討ちを始めた!

 颯太そうたの胸に小さな希望の火が灯る。


「ま、まあまあ! それは置いといて! ともかくですよ!」

「待て、あの話ってなんだ。おい」

「見知らぬ土地なんて、実質雷が鳴り響く嵐の夜のようなものですよ」

「アヤヒ、あの話ってなんだよ」

「……あー、そういう時は私も母様と寝るなあ。今は母様が居ないからなあ」

「あの話ってなに!?」


 ――こいつら二対一を良いことに力業で誤魔化した!

 希望終売です。


「良いですか先生。アヤヒお姉ちゃんはともかく私は先生のことを憎からず思っているし、あと五年もすればまあクールビューティーな大人のお姉さんになることでしょう。つまりお買い得です」

「そうだな十年、いやお前の言うように五年後に言ってくれ。真面目に話をしよう」

「待て、待って、ヌイちゃん。私は決してそういうのじゃないからな? ところでソウタ、母様とは上手く行っているのか」

「今関係あるか? あるわ。あるけどやめないか?」

「アヤヒお姉ちゃん。確かに音は遮断されていますが、床の微妙な振動から状況を推測はできますよ。上手く……行っています……」

「…………」


 ――ヌイ、君は毎晩なにをしていたんだい。

 倫理も終売です。

 ヌイがどんよりと俯く横で、アヤヒは満足げに頷く。


「それは何より。つまり私たちがソウタとどうこうなる心配は無いってことだよ。だからこれはそういうあれではない」

「もうそういう問題じゃないな?」

「それはどうでしょう。どうこうなっても良いのではないでしょうか。下手な男を捕まえるくらいなら既に相手が居たとしても、頼れる人を選ぶべきですし、男性側も受け入れるものだと聞きました」

「そういう問題でもないな?」

「そりゃあ人間は貧富の差があるからそういうこともあるかもしれないけどさ。森人エルフはお金がないからそういう習慣無いよ」

「お前たち、俺の話聞いてる?」

「お姉ちゃん? はしご外すんですか? 可愛い妹分ですよ?」

「ヌイちゃん、君ぐらいの歳からそういうことを言うのは……」

「なあお前たち、そもそも俺の自由意志を」


 アヤヒはコホンと咳払いをする。


「残念だがソウタ。君の自由意志はさておき」

「お、置くな」


 颯太そうたの声は若干震えていた。


「お互いの安全と健康の為にくっついて寝なくてはいけない。しかしヌイちゃんや私に変なことをしたら大声出すからな。許されないからな。絶対ダメだぞ」

「アヤヒお姉ちゃん……?」


 驚くほどグッダグダの足の引っ張り合いの末に、アヤヒが勝手に予防線を引いた。

 ヌイは心底がっかりした顔だが、颯太そうたは安堵のため息をつく。


「……じゃあ皆で手を繋いで寝ような」


 ――まだ聖職者を名乗れる。俺、教師でいられる。良かった。

 どうみても無理のある光景だが、颯太そうたは無理やり自分に言い聞かせた。

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