第35.5話 この分野は素人なのですが政治経済の観点から村の現状と今後の展望をまとめてみよう!

「……という訳で、バタバタしていましたが授業をやっていきましょう」

「はい!」


 その日の晩、颯太そうたは久しぶりにアヤヒとの授業をしていた。


「今日はこの村を取り巻く政治と経済の状況についてお聞かせします。明日からは同じ年代のお友達とも話して、みんなで色々考えてみてください」

「良いの? 外で話しても?」

「こういうのはみんなで話して意見を集めるのが大切です。政治、経済、倫理、いずれも組織を維持する為の学問です」


 アヤヒが難しそうな顔をしているので、颯太そうたは用語の補足を始める。


「政治、まあ組織をいかにして纏めるか、纏める為の制度の話です。村の運営も政治ですからね」

「そう言われると分かるかも」

「そう、身近なものなんです。ちなみに経済はお金をやりとりする為のルールの話。俺の故郷には経世済民などという言葉があるけど、これは『皆を食わせよう』って話で、まあ要するにお金をやりとりして生きていく為の話」

「これも身近だね!」

「でしょう? 倫理だって身近だ。何をすべきで何をしちゃいけないかって話」

「子供の頃とか怒られるよね」

「そういう話から一歩進めて、これまで人が考えてきたことについても触れます」


 アヤヒは少し考えてから頷く。


「村を取り巻く状況を考えるってことは、それらを考えることに繋がるんだ」

「そういうことです。アヤヒさんはこの村で生まれたこの村の森人エルフとして、何が望ましいかを考えて、意見を持って向き合いましょう」

「はい!」


 颯太そうたはノートに村を中心とした簡単な図を書く。辺境伯、傭兵、そして隅っこの方に小さく王都と書き込んだ。


「村は辺境伯に多大な納税を行っていました。辺境伯はそれらを元手に商売を行って、様々な層からお金を集め、その一部を使って“水晶の夜”を雇っていました」

祖父様じいさまの古巣だ」

「“水晶の夜”は一応この世界で手広く商売しているものの、ホームはこの辺境伯領で、主な商売相手も辺境伯です。今回の辺境伯の死に伴って、彼らは大口の顧客を失ってしまいました」

「食べていけないよね」

「なので、村同士でお金を出し合って、一時的に“水晶の夜”を雇う話が進んでいます」

「そんなお金、村にあるの?」


 アヤヒは不思議そうに首を傾げる。


「村にはありません。ですが、“水晶の夜”にはお金稼ぎの方法があります」

「え、戦争するの?」

「麻薬の販売です。元々、麻薬取引に正規軍を動かせない辺境伯が、麻薬取引の為に“水晶の夜”を使っていました。“水晶の夜”には麻薬を取引する為のノウハウがある程度蓄積されているんですよ」

「辺境伯が死ぬ前と変わって無くない?」

「今回の火事で辺境伯が死に、中間搾取がなくなりました」


 颯太そうたは辺境伯のところにバツをつけて、村から伸びていた税の矢印を“水晶の夜”に向けて書き換える。“水晶の夜”から伸びる雇い主の矢印も、村に向けて書き換える。

 アヤヒは楽しそうな颯太そうたの顔を見て、彼から見えないように微笑む。


「とられるお金が少なくなるのに、傭兵団が私たちを守ってくれるんだよね」

「そういうことです」

「けど、良いことばかりじゃないでしょう?」


 ここからが本題だ。

 まさに、今日の昼、アヤヒが懸念していた事態に関わってくる。


「その通り。辺境伯の本拠地である小王都は、今、治安維持部隊である正規軍とその指揮官である辺境伯を失いました。元々、観光地としても有名な土地だったそうですが、こんな危険な土地には誰も寄り付きません」

「やっぱり小王都の人が危ないよ」


 “水晶の夜”を◯でぐるぐると囲む。


「そこで“水晶の夜”を使います。彼らに窃盗や傷害、殺人などの事件が無いかパトロールしてもらう訳ですね」

「傭兵がちゃんと治安維持できるわけないじゃん! 絶対にやばいって!」


 残念ながら辺境伯の軍も言うほど治安を維持していた訳ではない。

 人間を贔屓していたし、金持ちを贔屓していたし、貴族を贔屓していた。

 二人には知る由もないが。


「今はこれしか手段が無いんですよ。そして、仮初の平穏が構築された頃合いを見計らって、小王都の土地を買って、カジノを開き、貴族を誘致します」


 それが狙いだった。

 いくら統率がとれていても、傭兵団は基本的に治安が悪い。

 その不安定な状況にこそ、颯太そうたがつけ込む隙がある。


「カジノ? なにそれ?」

「これは賭け事をやる遊び場ですね」

「あ~、大人が偶にやってるやつ! お酒とか賭けてる! でも小王都でやったら法律に違反してるから捕まっちゃわない?」

「逮捕する権限を持つのは辺境伯の部下である正規軍です。噂ではほぼ壊滅しています。今治安維持を担っている傭兵団は私が雇い主です。私を逮捕なんてしません」

「あ~~~~~~! すっごい悪い! ソウタ……悪いことしてない……してるよね?」


 颯太そうたはごまかすように咳払いをする。


「賭け事を金持ちがやるとお金を賭ける訳ですよ。すごいたくさん賭ける」

「めちゃくちゃ悪いことしてる! そんなことしてたら人間だって更に私たちを拒絶するよ! 駄目じゃん!」

「人間も商売の危機です。受け入れざるを得ないでしょう」

「もしかして、昼間に私と母様が喧嘩しそうになった話に繋がる? あの、小王都の人間が生きていけないってやつ」


 颯太そうたは満足げに頷く。


「そうです。辺境伯は死にましたが宿屋とかレストランとかその他の商業施設および観光資源は小王都に残っています。観光客を目当てに商売する彼らが食っていけるようにしてやれば、彼らはエルフを受け入れざるをえない」

「先生、良いことも考えてたんだ!」

「春までにはなんとかしたいですね」


 それが颯太そうたの狙いだった。その浸透策の為に、小王都の治安は少し悪くなった方が都合が良い。あえて傭兵団に任せるのはそういう理由だ。


「頑張ってるね先生。」

「実はニルギリがそういうの得意だからディーラーやってもらえないかって話をしている。前に俺、収穫したカモスの実を賭けてサイコロとカードをやったんだけど、それで綺麗さっぱり剥かれてな……」

「うわっ、ダメな大人共だなあ。それの何が良いの?」

「カジノのディーラーは良いんですよ。畑の世話とか狩りとは比べ物にならないほど稼げるし、ニルギリが稼げば、ニルギリの稼ぎが村に還元されます。また、エルフが賭場で働くことにも大きな意味があります」

「確かにお金が村に入るなら良いと思うけど……?」


 アヤヒは首をかしげる。大きな意味、という言葉が理解できない。


「傭兵以外の形でエルフを始めとする迫害を受ける人々の雇用の場を作らなきゃいけないんですよ。傭兵しかできない世界じゃ、戦争が必要になります」

「傭兵って、幻獣と戦っているだけじゃダメなんだ」


 戦争を知らないエルフたちである。学校がなければこんなものだ。


「戦争になればこの前の村への放火よりも死にます。絶対にダメです。傭兵団は必要ですが、傭兵団しか働き口が無いのはダメです」

「まあカジノで森人エルフが働けるなら、カジノに森人エルフの吟遊詩人とか居ても良いもんね」


 そう、それだ。

 颯太そうたはカジノを切り口に、人間以外の種族の人間社会への浸透を狙っていた。


「そういうことです。まずは法の外、そしてその網目をかいくぐって次第に法の中に、居場所を拡大させていきます。カジノはその第一歩なんですよ。いつか、アヤヒさんが自分の夢を叶える為にもね」

「すっごいなあ……」


 目を輝かせるアヤヒに、颯太そうたは説明を続ける。


「今の王国の法律って、とにかく人間以外の種族に都合が悪いんですよ。それでは人間以外の種族が生きていけない。社会に人間以外の種族を浸透させて人間中心の社会制度と倫理観を徹底的に破壊していこうと思っています。カジノはその為の平和的な一手です」

「……けどそれ、もうほとんど戦争じゃない?」

「そうですね。麻薬、ギャンブル、非合法活動もする武装組織。これらを利用した血の流れない平和な戦争を始めます。もうこれ以上、エルフや他の民族が理不尽に奪われ続けないようにね」


 それだけが颯太そうたの考えではない。

 迫害される人間以外の種族が人間社会に食い込み、その裏で切り札として未開地の開拓を推し進める。すると、だ。

 ――開拓地が、人間社会を学んだ人間以外の人族、人間以外の人族に友好的な人間、そういった人々を受け入れる国になる。

 国が一つしか無いから腐る。ならば複数作って競争原理を働かせれば良い。それが颯太そうたのアイディアだった。


「……私は、戦争は嫌だな」


 アヤヒは気づかぬ内に颯太そうたのアイディアの欠点を的確に指摘していた。

 国が二つあれば戦争が起きる。当たり前だ。颯太そうたもそれは気づいている。


「それは正しい考え方です。先生もそう思います。今日の宿題は、もっと平和的に人間の搾取を止める方法を考えることにしましょう」


 颯太そうたが子どもたちの教育を念頭に入れている理由はこれだ。

 ――俺ができるのは開発独裁政権の樹立まで。その先の理想を追いかける段階に、人殺しの俺はもう行ってはいけないと思うんだよ。

 なんて、言える訳もない。


「私も先生の仕事を手伝っちゃダメ? 何もせずに黙ってられないよ」

「……アヤヒには戦争に関わらないでほしいな」


 ――綺麗事を現実にするのはお前たちに任せたいんだ。

 とまでは言えず、濁す。

 アヤヒにそんな意図なんて分からなかったが、それでも頷いた。

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