第36話 農業協同組合の設立に向けて自由騎士団を取り込もう!
早くもマイタ村に“水晶の夜”からの使いが訪れた。
「久しぶりだな、先輩。こうしてお互い無事に会えて嬉しいよ。うちの新入り共々こうしてご指名とは一体どういう風の吹き回しだ」
「よう久しぶりだなあボム。お前が食料庫に火を点けに来た時以来だよな?」
長いひげの先からチリチリと煙を上げる
もう一人の遣いはそんな男たちの姿を見て呆れた表情を浮かべた後、
「お久しぶりです先生」
「お久しぶりです。私を誘拐しに来た時以来ですね。約束、守れたでしょう?」
「ええ、先生は私の神様です」
もう一人、というのは
「いや~、この前はお互い殺し損なってラッキーだったな」
アッサムがそう言うと、部屋の中が静まり返る。それからしばらくして、ヌイを除く三人の大人はゲラゲラと笑い始めた。
「え、あ、あの。皆様それは笑う所ですか……?」
「殺しても死なない憎たらしい
「このクソ
「二人に合わせないと怖いので笑っただけです」
老人二名が大爆笑する。
「ごめんなさい先生……」
「最近の
「アッサム先輩、俺はこの子の昇格試験の試験官だが、師匠とかじゃあねえんだ。その文句はこいつを仕込んだ親父に言ってくれ」
「安心しろ、本気で期待なんぞしちゃいねえ、お前にもその娘の親にもな」
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「あの、二人共、ヌイさんをからかうのはおやめください」
ボムと呼ばれた
「仕事の話をしましょう。今日二人に来てもらったのは他でもありません。マイタ村を中心に設立する
「は、はい。“水晶の夜”としましては、辺境伯領の治安維持・農村間の商隊護衛・政治的空白期間における阿片売買の業務委託、いずれも承諾との意見が出ました」
そう言ってヌイはカバンの中から“水晶の夜”の団長がサインした契約書を取り出して
「けどよぉ~! ただ要求通りってのもあんたらの“ボス”に舐められそうで気に食わねえんだよな~!」
「パラケルススのことですか?」
「そう、パラケルスス! 俺たちは金で便利に使われるだけの下働きじゃあないってそいつには分かってもらわねえとならねえよなあ」
「ボ、ボムさん! おやめください! 特に我々はソウタさんと村長さんに借りが……」
「だからだよ。明らかに譲歩させるつもり満々だろ~?」
ヌイの言葉を遮るように、ボムが持ってきていた箱を開ける。そこには男二人に女一人。首が合わせて三つ、綺麗に並んでいた。
「だからここでその借りを返す。辺境伯の息子、婚約者、執事。町の外に居たから俺とヌイで討ち取ってきた」
――助かった。そいつらは絶対に殺さなきゃいけない相手だった。
――ヌイにも、ボムさんにも、これはでかい借りだな。
それからわざとらしくため息をつく。
「確認しました。心より感謝します。ですが、しまっていただけますか。死体は嫌いなもので」
「ははは、嫌われちまったなヌイ。お前も頑張ったのになあ?」
「き、嫌われてません!」
「学士殿、この娘は優秀なんですよ。小王都の爆心地に向けて走行する馬車に徒歩で忍び込んで、御者に気づかれる前に中の男女を一撃で仕留めたんです。御者は俺が仕留めた」
「それは……」
「嫌われたな」
「嫌われてません!」
ちょっと泣きそうなヌイちゃんなのであった。
「ありがとうございますヌイさん。やはりあなたは優秀ですね。これから長く仕事を頼むことになるかと思います」
「はい!」
ボムは舌打ちしながら箱の蓋を閉じた。アッサムはそんなボムを見てニヤニヤ笑う。
「ともかくだ。団長が『お前の計画は
「パラケルススは合理的です。公正な取引と信頼を重んじます」
「ならよし、頼むぜ学士殿」
――正直、とても助かった。こいつらを仲間に引き入れたことは正解だ。
殺されたことにすら気づかなかったような穏やかな顔の男女。そして怒りと絶望に表情を歪めた老人。箱の中の首の表情がまぶたを閉じても消えてくれない。
――俺には、できないことだった。
「さて……こいつらとの貸し借りはその首でチャラってことにしてもいいか」
「ええ、村長の仰るとおりに」
「よせよ、次の会合からはお前が村長としてこの村を仕切るんだ」
“水晶の夜”の二人は驚いた顔で
「そうですね。そして
“水晶の夜”の二人は更に驚いた表情を浮かべる。
「パラケルススは表に出ることを好みません。おわかりですね?」
「そういうことだ。おう、先輩がこの歳で新しい事業を立ち上げるんだから多少は贔屓してくれよな?」
「申し訳ございません。なんでわざわざ新しい組織のリーダーにこれまで村長をやっていた方を? それに、
ボムはヌイの頭をコツンと叩く。
「いや分かるぞ。というかそれくらい考えろヌイ。新しい組織には人脈と信用が欲しい。拠点となる村は腹心に直接統治させたい。さらに種族に関係なく幅広い登用を行うアピールがしたい。パラケルススはそこまで考えてやがるな?」
「それは、ボムさんのご想像にお任せいたします」
ボムはニィと目を細めて笑い、自らの長い髭を指に絡める。髭の先端からは未だにうっすらと煙が立ち上っている。
「悪くねえな。お前らの上に居る奴、中々面白い」
ボムは出されていたお茶を一気に飲んで茶碗をテーブルに置く。
「おい先輩、俺はこんなエルフ臭い村に居るのはごめんだから帰るが、このヌイを連絡係として置いておく。その学士殿の護衛にでも何でも使え。精霊使いと違ってどこの土地に居ても能力にブレがない」
「よろしくお願いいたします。ソウタ様の御恩に報いる為に誠心誠意働かせていただきたいと思います」
ヌイは椅子から立ち上がってペコリと頭を下げる。
それを見届けてからボムは満足そうに微笑み、立ち上がる。
「あばよ、人間ども」
「待ってください、ボムさん」
「なんだ?」
「エルフの次はドワーフです。この
「故郷の
ボムはそう吐き捨てる、が。
「けどまあ……期待しねえで待ってるわ」
その日、
*
その日の晩。離れの小屋では久しぶりにソウタが化学の授業を行うことになっていた。
「今日はこの教室に新しい生徒が入りました」
「ヌイちゃんだね!」
アヤヒの膝の上にヌイが行儀よく座っている。お人形のようだ。
「あ、あの、私などが一緒に授業を受ける資格があるのでしょうか? というかなぜここに? あの……!?」
アヤヒはヌイをホールドして手放さない。
「知らないなヌイちゃん? 学ぶ資格があるかどうかは学ぶ意志があるかどうかなんだよ? ソウタの受け売りだけどね。ヌイちゃん、先生に自分から質問しに来たんでしょ? すごいよ、私よりやる気満々だもん!」
「そ、そういうことでなく……!」
絶対に手放さない。エルフ
「あ、人間ってこと気にしてる? ここはエルフの村だけど人間だからって理由で差別はしないよ。そもそもソウタが人間なんだからさ」
「おいアヤヒ、本音は?」
「貴重な友好的人間だし色々観察したかったんだよね。ほら、ソウタを観察する訳にはいかないだろう」
「え、えぇと……助けてください
――気持ちは分かる。不安なことだろう。君を見ていると昔の俺を思い出す。
――しかし、それも勉強ですよ……ヌイさん。
「……はいそれじゃあ授業を始めます」
「
「アヤヒさん、この前、音楽プレーヤーをお渡ししましたね?」
「朝言われた通り持ってきたよ。これ、また動かせるようになるの?」
「今日は新しくヌイさんも加わったので、新しい内容の勉強をしましょう」
そして
「すなわち、車輪・電気・エネルギーについてです」
その勉強には、鉱石があればあるほど良いことは言うまでもない。すなわち
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