第35話 麻薬村に農業協同組合を作ろう!

 それは颯太そうたが辺境伯の居城を更地に変え、保有する正規軍を爆殺してから二日後の昼のことだった。


「母様! ソウタ! 大変だよ! 辺境伯の居る小王都で大火事だって! お城とか辺境伯とか軍隊とかぜーんぶ燃えちゃったんだって! 丘人ドワーフの行商がそう言ってた!」


 アヤヒがそのニュースを抱えて家に戻ってきた時、颯太そうたは思わず身を固くした。

 ――ついにここまで情報が回ってきたか。

 颯太そうたはアスギの方を見る。彼女は不思議そうに首を傾げるばかりだ。


精霊エレメントを呼んで消火もできないなんて人間は馬鹿ですね……?」


 アヤヒが気まずそうな顔で颯太そうたとアスギの顔を交互に見る。


「人間だけでなんでもできると勘違いしているんでしょうね」


 颯太そうたは涼しい顔をしていた。爆撃への関与を周囲に悟らせてはいけないし、アスギの今の発言を気にしていないことを示す為でもある。

 アスギは一人だけ遅れて自分の発言が不味かったことに気づき、声を上ずらせてあわてて否定する。


「そ、ソウタさんのことを悪く言った訳じゃないんですよ!?」


 慌てて首を左右に振るアスギを前に、颯太そうたは思わず笑ってしまった。


「分かってます分かってます! やだなあもう!」

「け、けどさあ。小王都の人たちって大丈夫なのかな?」

「大丈夫? 何が? アヤヒ、あなたあんな人間どもの何を心配しているの?」


 アスギは薄く微笑んでいるがこめかみがひくついている。

 アヤヒはそれに気づかずに真面目な顔で答え始める。


「だって考えてもみてよ、母様。小王都って色々な人が集まっているだろう? うちの村みたいに自警団がちゃんと働ける訳じゃないし、住んでいる人同士がいがみあっているかもしれない。うちの村だって仲の良い悪いはあるけど、人が多い都会は比べ物にならない筈だ。そんな状況で軍も辺境伯も居なくなったら……」

「だからなに?」


 ――そういや、俺は受け入れられてるけど、この母子の関係性や価値観が微妙にこじれたままか。

 彼は家族の一員として二人の間に割って入る。


「ストップ! そういう暗い話は一旦やめよう! 冬を越える食料の蓄えとか、近くの山や森に狩りに行く相談とか、やらなきゃいけないことは沢山あるんだから! そういう話は後!」

「ええ、ソウタさんの言う通りですね。何の利益にもなりません」

「今晩の授業でそこら辺も教えてよ、今の情勢への分析とか」

「分かった。村そのものを守る為にも、畑を守って、家畜を増やして、普段どおりに動くのが大事だ。今年の分の税があるにしてもないにしてもな」


 颯太そうたは二人の顔色を交互に伺う。ひとまず不穏な気配は消えた。


「あ、ごめんソウタ。それで最初に言うべきだったんだけど、祖父じい様がソウタを呼べだって」

「分かった。アヤヒは昼飯食ったか?」

「まだだけど、これから友だちと食べてくる!」

「オッケー、じゃあすぐ行くから友だちのところに戻りな」


 颯太そうたは昼食の麦粥キュケオーンを掻き込み、この前の火事で死んだ牛の肉を塩漬けにして干したものを齧るとすぐに家を出た。


      *


 三十分後。


「最悪だ。腹いっぱい食うんじゃなかった」


 颯太そうたはアッサムと一緒に村の裏山で死体を埋めていた。スコップで柔らかい地面を掘り進めながらため息をつく。


「ハハハ、悪いことしたなあ村長! お前さんくらいにしか頼めないからよぉ! 今日の寄り合いでお前さんのことは推薦するから、マジで! ちゃんと新村長としてつつがなくやっていけるように助けるから!」

「まあ、そうでしょうけど。あとまだ村長じゃありませんから。俺が村長になったら、もう絶対こういうこと許しませんからね。アスギさんの父親じゃなきゃもう今の時点でもだいぶ許してませんからね……?」


 埋めている死体は、以前にヌイたちと村を訪れた徴税吏の男だ。

 両手両足を凄まじい力で引きちぎられ、首も曲がってはいけない方向にねじれ曲がっている。背中の骨もところどころている。

 ――これ、生きたままやられたんじゃないか?


「いや、違うんだよ。こいつさあ。俺たちが何も知らないと思って辺境伯の名前を出して先に徴税するとかぬかしやがってよぉ。護衛も連れずにイキってるのがむかついたから……ついぶっ殺しちまった」

「アッサムさん、余裕で現役ですね」

「どうだかな。身体一つでやってきたから、嫌でも感じるがね」


 身体一つという言葉から、颯太そうたはこの死体が魔法や精霊術や呪術などでなく素手による力技で作られた可能性に思い当たってしまう。シワだらけで白髪の老人のどこにそんなヒグマめいた力が眠っているのか分からない。

 知らぬ振りに失敗した颯太そうたは恐怖のあまり、大きな悲鳴をあげた。


「あああ! 皮肉だよ馬鹿っ! 大人しくしてくれ! あんたに任せてたらまとまるものもまとまらねえよ!」

「分かった分かった。今回は全面的に俺が悪かった。今まで俺に正面切って意見言える奴居なかったから正直うれしいよ」

「ニコニコするなら大人しくしてくれよぉ!?」

「分かったって」


 深く掘った穴の中に男の亡骸は埋められ、土を被せられる。


「それで、今後のことなんだけどよ」

「はい、そっすね。農協シンジケートを作りたいんですよ。農業をやっている村同士で組むギルドみたいなものです。その農協シンジケートの代表として、アッサムさんに働いていただきたいのですが……」

「ああ~分かった。長くなるだろそれ、家に帰ってから聞かせてもらおうか」

「いえ、せっかくなので今話しちゃいます。大きな芝居に付き合ってもらうことになるので」

「楽隠居はまだ先か~」

「死ぬまで働いてください。村長命令です」


 二人は埋めた土を徹底的に踏み固める作業へと移った。


     *


 その日の夕方。

 村長の号令により、村長を含めた村の大きな家の主が集会所に集まる。

 演壇の上で颯太そうたはホワイトボードに似た魔法道具を使って説明を開始した。


「農業協同組合、農協、シンジケート。俺の故郷にはそう呼ばれる組織がありました。農村同士を取りまとめて生産した品の売買や政府への納入を交渉する組織です。これまでこの地方では村同士が辺境伯やその役人と直接交渉を行っていましたが、村一つ一つの力は弱く、あっさりと収穫を奪われています。辺境伯の力が弱った今、エルフの村は団結して阿片の価格を釣り上げ我々の利益とすべきでしょう」


 一人のエルフが手を挙げる。颯太そうたが頷くと彼は発言する。


「違う村のエルフと手を組めると思うか? あいつらとは生まれた土地も違うしことあるごとに小競り合いを続けてきた。子供だって攫われかけたんだぞ」


 ――どうせお互い様だろ? お前ら全員がやらかさないようにこっちも考えてるんだぞ?

 といいかけた所を飲み込む。


「今回、攫いに来たエルフは半殺しにしたけど元の村に帰したんですよね?」

「あ、ああ。本当はぶっ殺して肥溜めに放り込みたかったが」

「恩を売ったとおもいましょうよ。まずそいつの村をこの農協に引きずり込みます」

「そいつらが素直に言うことを聞くか?」


 ――聞かないだろうなあ。

 颯太そうたは強く頷く。そして不敵に微笑む。


「暴力を使います。まずは麻薬の利権を使って傭兵を雇います。傭兵たちは雇い主を失ってますし、お金は欲しいでしょう」

「け、けど、傭兵なんて信用できるのか?」

「ここで皆さんにだけ素直に白状すると、城を燃やした者が私の上司です。傭兵団が妙な動きをした場合は、彼女に制裁を行ってもらえるように段取りをつけています」


 これは特に嘘ではない。城を実際に爆破したのは女神であり、彼女の命令を受ける颯太そうたは彼女の部下だと言えなくはない。


「なっ!?」


 集会所の動揺を見計らってアッサムがポツリと呟く。


「パラケルススのことを話すのか……」


 その場に居た全員が村長であるアッサムの呟いた耳慣れない単語に注意を奪われる。


「それは名前ですか? アッサム村長まで……ご存知なのですか!?」

「パラケルススのことか? やつについて、まあ少しはな。少なくとも辺境伯に従うよりはずっとマシだと思うぜ。奴はエルフを面白半分で剥製にしないしなあ」


 アッサムは打ち合わせどおりに発言をした。

 颯太そうたはさもその情報の開示を止めたがっているかのように咳払いをする。


「皆さんも、今の話は黙っておいてください。あまり広まると軍が村を狙います。交渉を行います」

「ソウタちゃんがお話するならいい感じになるとは思うの。だ、だけど隣村まで移動するのだって楽じゃないわよ。手紙を出すのだって大変なのに……」


 エルフの老婆が心配そうにつぶやく。


「傭兵を雇います。現在、辺境伯という雇用主を失った傭兵団と、パラケルススが交渉しております。農協シンジケートの成立に伴って国に減税を要求し、同時に阿片を含めた農産品の独自販売ルートを構築することで、そこで発生する収益を使って継続的に彼らとビジネスをすることができると考えております」

「それで農協シンジケートは俺が仕切る。俺は忙しくなるから、颯太そうたに村長として村の仕事を任せようと思うが……これまでの話に反対の奴は居るかね」


 エルフたちは勿論驚いた。そしてざわざわと言葉を交わす。


「人間が村長!?」

「でもソウタちゃんなら良いんじゃないかしら」

「全くだ。酒の人は信用できるぞ。この前も一人でデッカイ幻獣モンスター倒したし。アスギさんが褒めてた」

「娘のことは関係ねえだろ」

「まあまあ旧村長。ここの面子は賛成じゃよ。それなら全体の集会でも通るな。頼むぞ新村長」

「旧って言うな」


 ――田舎特有の強い老人会だ……。

 こうして、マイタ村の片隅で、小さな農業協同組合シンジケートが産声を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る