第34話 怒ると怖い女神を口説いて制御可能にしよう!

 作戦終了。

 女神との視界リンクを断ち切って、颯太そうたは瞳を開ける。それは何の変哲もない普段の彼の寝室、ベッドの上だ。


「……だから」


 村人の作ってくれたベッド、アスギが初日にくれた毛布、それにカモスを加工した酒の入った瓢箪。壁の棚には女神が王都から買い付けてきてくれたいくばくかの実験器具。


「……だからさ」


 自らの目で見た光景が頭の中から消えてくれない。

 この部屋の壁にも人間だったものが染みになっていく光景が見える。


「……だからさ、嫌だったんだけどな」


 逃げ惑う使用人が自らほりに飛び込んで溺れていた。城から飛び降りた人間が炎に飲み込まれた。魔剣に命を吸われた人々の亡骸は紙みたいに燃え、あっさりと灰になって一度瞬きする間に消えた。


「俺、なに起こしちゃったんだよ。なに動かしちゃったんだよこれ」


 家の外では遊んでいた子供が叱られる声がする。子供の甲高い叫び声は悲鳴に聞こえて仕方なかった。

 ――子供、か。

 半ば逃避のように、外の会話に耳を傾ける。


「あんたもソウタさんにベンキョーでも教えてもらったらどうだい!」

「え~! まだ早いって言われたもん! 子供は遊べだって!」


 颯太そうたは聞き覚えの有る子供の声に苦笑する。

 ――あの子はまだ五歳か六歳だったな。確かに早いが、あれだけ言い訳が上手いなら飲み込みも早そうだ。

 ――塾、子供向けの塾作りたいなあ。覚えの良い若い奴も先生にして。楽しいなあ。きっと麻薬の栽培よりずっと楽しいなあ。

 そんなことを考えて、笑顔を作った。


「これで良い。これで、良し、だ。この部屋を出たら副村長。頼りになる副村長」


 笑顔を作って、そう自分に言い聞かせた時だ。


「ソータ! 戻ったわよ、これであんたも村長様ね!」


 彼の目の前に殺戮を終えた女神が舞い降りた。


「おう、おつかれ。上手くいってよかったよ」

「はいこれ、手回し充電器。村長になった後は、この地方の領主にでもなってもらおうかしらね」

「ありがとよ」


 颯太そうたはベッドから身を起こし、音楽プレイヤーに使う手回し充電器を受け取った。笑顔はきれいに作っていた筈だった。


「はぁ~!」

「おい、どうした? ため息なんてらしくないな」

「ったくも~! しけた面ァしてんじゃないわよ人の子~!」


 女神は無邪気な笑顔で、颯太そうたの背中をバシバシ叩く。

 ――しけた面?

 颯太そうたは不思議になって首をかしげる。

 ――完璧に表情は作っていた筈なのに。


「そう見えたか?」

「見えるわよ! もう今にも泣きそう! 脳波とかバイタルがそういう感じよ!」

「そうか、そう見えるのか……修行が足りないな、俺も」


 ――分かるのか。

 颯太そうたは安堵のため息をつく。

 ――レンがパートナーで良かったのかもしれない。

 女神はそのため息を憂鬱と勘違いして、颯太そうたを励ます。


「あんた、大活躍したのよ? 分かってる? あんたが居なきゃ、辺境伯を倒しても、町ごと消し去るしかなかったの。あんたは泣くんじゃなくて胸を張りなさい!」

「町一つ? 確かにお前が使うのを見てそういう力はありそうだと思ったが……」

「あれ、持ち主を生かす為なら、周囲の生物の命を無限に吸い続けるの。辺境伯に再生で粘られたら小王都の人族がみんな死んでた可能性があるのよね」

「お、ま、え……!」


 ――成程な。その話は全く聞いてない。

 颯太そうたはため息をつく。今度こそ憂鬱だ。


「次からは」


 女神の額をつつく。


「もう少し」


 つつく。


「詳しく説明をしろ」


 つついて。


「良いな?」


 指差した。

 女神は不思議そうに首をかしげる。


「あ、これまた私がなんかやらかした系ね? 本当にから褒めてあげようと思ったのに。犯人がバレても報復戦争すら起こせないわよあれじゃ」

「慣れたから今更ぎゃあぎゃあ言わんがな。けど、情報を伝える時は、もう少し丁寧にしろ。確かに俺はエルフを一方的にいじめる連中に腹が立ったし、やらなきゃ死んでいたから殺すと決めてお前にやらせた」

「命令だけはノリノリだったわよね」

「うるさい。別に全ての人間が嫌いな訳じゃないんだ。それに俺だって人間だ。人間が死ねば悲しい」


 それでも続けるのか? と聞かれれば、これまでの颯太そうたなら答えに迷っていただろう。

 だが、今ならば、はっきり分かる。

 ――この女神の手綱を俺が放すのは大量虐殺に等しい。

 ――この女神の力を俺が手放したなら改革は不可能だ。

 颯太そうたの持つ道義的責任感が女神から目を離すなと叫んでいた。


「けど良かった!」


 そんな彼の気も知らずに、女神はニッコリと笑っていた。


「何が?」

「私が思うより、あなたは元気そうだってこと」

「幸いにもお前のお陰でな」


 ――皮肉を飛ばせるくらいには元気だよ。

 とまでは、言わない。

 ――確かにこいつがいると気は紛れるし、感謝はしてる。

 から。


「そうよね! 私が居なきゃ自分で戦ってたかもしれないものね!」

「それはちょっときついな」

「知ってる! だから頼りなさい! あんたは私のお気に入りなんだから!」


 女神は颯太そうたの頭をガッチリ捕まえながら唇を頬に寄せる。彼はベタベタくっつく女神を押し返すが、女神はそんな颯太そうたの頭を撫で、にやにやする。それが、本当は嫌ではなかった。


「ああ、頼るよ。これからはもっと頼る。お前が居なきゃ、エルフも人間も、もっと死んでた。ありがとう」

「お礼を言うのは私の方よ。貴方が居なきゃ皆殺しにする以外何もできなかったんだもの。だから笑って? 自分の手が届く範囲で必死に頑張った人が報われなきゃ……嫌よ」


 ――報われなきゃ嫌、ね。

 颯太そうたは病室で倒れていた頃を思い出す。

 ――こいつに出会わなきゃ俺の人生は報われなかったよな。


「俺にはお前が居たからな。報いを手にした訳だ。そう、そうか」

「どうしたの?」


 ――何もできずに死ぬ無念を知る俺が、何もさせずに人を殺した。

 そのジレンマは残酷な殺戮への報いで。

 ――そうしてやっと、村を守れた。

 その名誉は無為に終わった人生への報いだった。

 どちらも、女神と出会ったからこそ手に入れたものだ。


「いや、分かったんだよ」

「何がよ。人の子って難しいわね」


 ――俺は理不尽が嫌いで、そして、報われたかったんだ。

 努力を重ねたのに博士課程を辞めることになり、不本意な教師生活を続け、最期はあっけない病死。

 ――俺は、こいつのお陰で、報われた。

 故に、彼は。


「愛してるぜ、レン」


 女神を拒絶できない理由は、単純な理屈以上のものだった。

 放置できないのではない。

 離れたくないのだ。

 ――少し、演出が過剰すぎたか。

 だが口にしてみて颯太そうたはハッキリ自覚した。


「愛……!?」

「愛だろ。愛以外になんて表現すりゃ良いんだよ。俺は報われた。今、ここで、お前のお陰で。俺からしたら今の俺は悪人だぜ。でも良いって思ってるんだから、愛してるんだろ」


 女神がびっくりした顔で颯太そうたを見つめていた。白い頬は赤く、口は震えていて、返事に迷っているのは誰の目にも明らかだった。

 ――愛してるのはお前だけじゃないんだけどそれは黙っておこう。

 颯太そうたは涼しい顔である。


「愛……なんて貰っても、私……どうしたら……」

「それはこれから考えれば良いよ」

「ちょ、ちょっと!?」


 颯太そうたは女神を抱き寄せて、ベッドの中に引きずり込む。

 そしてそっと唇を寄せ、神のを盗んだ。

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