第31話 こちらは女神の加護を受けた聖なるニトログリセリンです①
「ソウタ! お疲れ様! 朝早くから
家に戻ってきた
「おまえ……家畜の世話は良いのか?」
「家畜小屋も結構燃えたからね。世話する家畜がそんなに残ってないんだ」
「あ、ああ……そう、だったのか。すまない」
――俺は何を聞いているんだ。少し考えれば分かっただろう。
曇る
「あ、ソウタは気にしないでよ!? ソウタを家に置いていったのはちゃーんと
「……そのせいで、迷惑をかけちまったな」
――守らなきゃいけないのは人だけじゃないんだな。
それを察したのか、アヤヒはわざとらしいくらい明るい声で、
「あのね。ソウタ。君は守ったんだよ。村外れのキャンディさんの家の赤ちゃん、みんな感謝してた。村の自警団が間に合わなかったらどうなってたか分かったものじゃない。それに食料庫。お母さんや他の腕に覚えの有る人がすっ飛んでいったから詳しいことは分からないけど、きっとあっちも出遅れてたら危なかった。すごいんだよソウタは。私は君が先生であることを誇りに思うよ」
「お前も……狙われるかも知れない。俺が狙われるのならば、俺を匿っていたお前やアスギさんだって危険だ」
「そうだね。だけど私は怖がらないよ。ソウタや村の皆が守ってくれるもん。まあ、一人で都まで出て吟遊詩人になるのは今のままだとちょっと難しそうだけど……」
「それは……それはなんとかするよ。俺のせいでお前の夢がめちゃくちゃになってたまるか」
――他人の夢を奪うのは、悪だ。最悪だ。
そんな彼の心を知らず、アヤヒは朗らかに笑っている。
「あはは、先生っぽいこと言ってる」
アヤヒは台所の
鼻に抜ける名前も知らない緑のスパイスの香りと、口の中に広がるほんのりとした甘味。今となっては日常の味だった。
「でもね。歌じゃなくても良いんだ。ソウタの一番弟子として学者になるのもいいなあって! なれるかな?」
「なれるさ。なれるけど、あれだ。折角なんだからお前は吟遊詩人を目指せよ。昨日の歌はすごく上手かったぞ」
「そう? そうか~! 私、才能あったかぁ~!」
――あの時歌ってた歌詞は分からなかったけど。
とは言わないことにした。怒られそうだ。
「あるさ、才能は」
――可愛いもんだな。子供は。
――この笑顔の為なら、何でもできちまうよなあ。
聖域というアッサムの言葉の意味が、
真っ黒になっていく心を繋ぎ止める最後の拠り所、そういうものの存在が。
「もっと褒めてくれてもいいよ」
アヤヒはそんな
「よし、じゃあ良いものを聞かせてくれたお礼だ。良かったら使ってくれ」
「なにこれ?」
「音楽を記録する道具だ。同じものはないからな、壊さないように使えよ。音が聞こえなくなったりしたら言え」
「あ、ありがとう……! あ、あのさ、ソウタ」
「どうした?」
「か、母様とは、どんな感じなんだ?」
「いや、まあ、忙しくてあまりゆっくり話はできていないが……」
――先生と生徒なら、親子の真似事だけならば、それ以上踏み込まれずに済む。
――安心している。穏やかで居られる。俺がこれから何をするとしても、何になるとしても。
ひどく身勝手な話だけれども、彼女の存在が聖域だった。
「なにかあったか?」
「何でもない! べ、べつに、そうあれ! さっさとくっついちゃえよってだけだ! 今や君も副村長って立派な身分があるんだからさ!」
「そのうち村長になるかもな」
「そんな気がする。けど、それならなおさら……だよ?」
寂しそうにアヤヒは俯く。
アヤヒはその大きな腕を見上げると、顔を赤くする。
「……子供扱いだね」
「生徒だからな」
――生徒への扱いではないな。
と、アヤヒに突っ込まれる前に素早く話を切り替える。
「離れに籠もっているから、何か有ったら呼んでくれ。今日から一週間くらい、小屋の中で少し危ないものを作るから、いきなりドアを開けるなよ?」
「覚えておくよ。あ、それ、上手くできたらさ。教えてくれよ?」
「ああ、教えるさ。また今度な」
笑顔を作る。
――これからやることに、アヤヒを絶対に関わらせない。
――この子は、そういうことと可能な限り離れていてほしい。
――この子だけじゃない。この村の、子供たちには。
「ソウタ」
「どうしたアヤヒ?」
「君のことは……結構好きだよ」
「俺もなんだよ、娘みたいに思えてくる」
「そっか、けどせめて妹くらいにして欲しいものだね」
――絶対に関わらせてはいけない。
人殺しの話だからだ。
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