第16話 俺の耐毒能力が最強の理由が最悪すぎる

【保有スキル】

 耐毒B→放毒D

 教唆B

 教示C

 耐病EX→頑強D

 科学全般B

 変革の旗手D


 純白の女神空間で煙草を吸うと、ステータス画面が表示される。

 それは現代日本で育った颯太そうたにとってある意味納得ができて、見慣れていて、そして若干シュールな光景だった。


「なにこれ」


 それ故に目の前の状況についてはこれしか言葉が出なかった。


「あなたの性能ステータスを表示したの。貴方に埋め込んだナノマシン“クリロノミア”の機能ね。本来、あたしの姉妹機が人類相手の治療メンテナンスに使っていたんだけど、あたしに使えるのはこれくらい」

「そうか……俺はこれの読み方が分からん。お前はどれに注目している?」


 女神はまず真っ先に『耐毒』を指差した。


「これね。この耐毒スキルだけ異常に成長早いのよ。多分あなたの身体とよく馴染んでるのね。派生スキルも生まれてるし」

「それ? 俺はそれよりもその格好良い耐病EXって文字が気になるんだが」

「女神様お手製の医療用ナノマシンを埋め込んで死を押し留めているから規格外EXよ。死ぬ人間を無理やり動かしている力なんて、通常の優劣で論じることはできないでしょう?」


 ――なるほど、生きてるって素晴らしい。

 改めて命を握られていることを実感した颯太そうたであった。


「身に沁みて分かった。じゃあこの変革の旗手は?」

「私が呼ぶ子みんな持ってるのよね。ジャンヌちゃん……前任の子とかもっと高かったし。召喚した私との相性を示しているんじゃないかしら。多分世界を変える可能性の値じゃないかしら。高すぎても危ないし、そんなもんでしょ」


 ――これ、なーんかひっかかるが。今つついてもやぶ蛇だな?

 颯太そうたはさっさと本題に入ることにした。


「ふむ……そうか。じゃあ耐毒だの派生スキルだのについて説明してくれ」

「耐毒はただのおまけだったのよ。慣れない環境で身体とか壊したら可哀想でしょ? そう思ってあなたに分けてあげた女神の部品パーツ、その部品パーツが発揮する力がその『耐毒』なのよ。あなたの身体、病気の上に毒まみれだったし」


 ――はぁ、抗がん剤や鎮痛剤のフェンタニルも毒判定だったのか?

 颯太そうたは一人納得した。


「つまり病気と毒が効かないような最低限の保証か」

「あなたのそれ、私の分けた女神の部品クリロノミアとは別物になりつつあるのよね。知らないスキルが発生している。これは多分スキルとあなたの相性が良い……あんたの体によく馴染んでいるんだと思うの」

「相性が良い? どういうことだ?」


 女神は少し考えこんだ。


「あなたの細胞は、上にのよ。その影響を受けて、私から移植した耐毒機能を持つナノマシンがされる上にもする。それで、毒が効かない原因である変異細胞は『耐病』がある関係であなた自身を絶対に傷つけられない。無敵のコンボね」

「……最悪」


 そもそも颯太は抗がん剤が効きづらい体質のせいで死に至り、異世界にやってきた。そんな身体に耐毒機能を持つ女神の一部を注入した上で、様々な毒素に晒したせいで、女神の一部に搭載された自己学習機能が異常をきたした。それだけのことなのだ。


「人の子、死因気にしがち問題よね」

「死ぬからな人の子は」

「そうね、ジャンヌちゃんも焚き火を見る度に後ずさってたわ」

「お前、そういうところに気を遣ってあげろよ……女の子相手だぞ?」

「え、ええ……? いや、その、ごめんなさい。いじめたいわけじゃないのよ。分からないだけで……当時だって一応できるだけ火は見せないように……してたし」


 女神はしょんぼりしてうつむく。

 ――少し話題変えるか。別にこいつが悪い訳でなし。人間じゃないものが人間の姿とってるだけでだいぶこっち側の価値観に合わせてくれてる。そうだ。そう思おう。

 女神が悪い訳ではない。雨が降ったからと言って空に怒っても気晴らし以上の効果はない。

 ――何の話するかな。これからの話にしようか。


「レン、あれほしい。蒸留器と音楽プレイヤーと手回し充電器」

「三つじゃないのよ。まだ女神プレゼントは初回サービスのみよ」

「まあ後の二つは今後の予定だ。前に言っていた初回サービスで蒸留器と蓋付きの試験管とか蓋付きのフラスコをくれよ。高校の実験教室にあるようなやつ。蒸留器だけあってもフラスコやら何やらが無いと意味が無いだろ」

「外から持ってこられるのは一つまでよ」


 ――外から持ってこられるのは。

 颯太そうたはニヤッと笑う。


「じゃあこの世界のならどうだ? この世界には試験管とかフラスコとかないのかよ。阿片を扱っているならその後の精製とかはしないのか? これからの計画に必要なんだよ。ルールは破れない。それは分かる。けど俺に意地悪をする理由はないよなぁ?」


 女神は反論の言葉を探して沈黙するが、見つからずに嘆息した。


「あー……仕方ないわねえ。勘が良いんだから。有るわよ。有ります。王都で実験器具は当たり前に出回ってます。貴方の世界で言う錬金術みたいなものが発展中よ。そういう錬金術の道具をあたしのポケットマネーで買ってきてあげる。それでいい?」

「ありがとう」

「次のご褒美は村の顔役にでもなってからよ」

「そうだな。村長補佐とか、副村長とか、そういうのでどうだ」

「良いわね。それでいきましょう」


 ――さて、どうやってそこまでたどり着くか。

 ――地道に科学知識で村に恵みを振りまいていけばそう遠くは無いだろうが。

 ――あの村長の懐に潜り込むってことだよな。

 慣れないジャスミンの煙を吸い込みながら颯太そうたは思案した。


     *


 朝。

 颯太そうたの眠る離れという名の道具小屋の扉を誰かがノックした。


「ソウタ、起きているか」


 扉の向こうから聞こえるのはアヤヒの声だった。


「アヤヒか。俺、もしかしてまた寝坊した?」

「違う。話があったから、母様に聞かれると面倒くさい。入れてくれ」

「……? まあ構わないが」


 眠い目をこすりながら扉を開けるとアヤヒが部屋に入ってくる。

 アヤヒは颯太を前に腕を組み、彼の顔をじろじろと見つめていた。

 ――どうしたんだ急に。


「私は君を誤解していたかも知れない」

「そ、そうなのか?」

「私は君が良い奴なのかもしれないと思っている」

「拾ってもらった恩を返そうってだけさ」

「最初に君のことを詳しく聞いた時は、祖父の命令とはいえ、怪しい流れ者など拾って何になるんだと思っていたが……考えが変わった」

「俺が役に立つと?」

「……まあそんなところだ。人間は嫌いだし、君のこともまだ怪しいとは思っているが、話を聞く価値はあると判断した」


 颯太そうたは首をかしげる。

 ――こいつは一体どういう心境の変化だ。


「昨日、母様と何か話していただろう」

「……聞いてたのかよ」


 アヤヒは自分の耳を指差してニヤリと笑う。


「人間よりは耳が良いんだよ」

「勘弁してくれよ……」


 ――あの遠距離通信の応用か。

 颯太は肩をすくめた。


「まあ、昨日の台詞が全部本当なら、私も信用しないではない。それに、私も人間の文化には興味がある。この前みたいに、先生らしいところを見せてくれるなら、私も君を歓迎する」

「それはありがたいがな。良いのか? なんていうかこう、さぁ……?」


 少なくとも颯太としては気まずい。


「お、すごい人間っぽい反応だ。けど大丈夫。私は森人エルフにして潔癖らしいけど、人間ほど親の色恋のことは気にしないタイプだから、むしろ母様がどっか良い人のところに片付くならそれはそれで良いさ。全体的に頼りないだけで、あれでなまじ強いから嫁の貰い手が無くてね」

「強いの?」


 颯太そうたにはとてもそう思えなかった。


「うん。私が言ったって秘密だぞ。君の前ではなんかしおらしいからな……何が有ったかは知らないが、君の前だと色気づいちゃってまあ困ったもので……」


 アヤヒはケーッともオエーッともつかない表情を浮かべて肩をすくめた。

 ――お前、大変なんだな。

 アヤヒの目に見えぬ心労を思い、颯太そうたの胸が痛んだ。


「何が有ったっていうか……人間に襲われてたアスギさんを助けたんだよ。ここで保護されているのもそういう理由でな……」

「ああ、そういうこと。まあ君って顔も優しそうだし、母様の好みだよね」

「童顔は気にしているんだ。やめてくれ」


 それを聞くとアヤヒはくすくすと笑った。


「ごめんね。悪口を言った訳じゃないんだ。私は先生っぽくて良いと思う。親しみやすいじゃないか」

「アヤヒ、おまえ……良い奴だな。故郷だと馬鹿にされてたから気にしてたんだ」

「そうなの? 人間は見る目無いなあ……あっ、いけない」

「どうした?」

「話に夢中で忘れてた。こっちが本題なんだ。今日は昼の鐘が鳴る頃に村の寄り合いがあるから、母様と一緒に出席しろ……って村長が言ってた。母様にも伝えた筈なんだけど、忘れてそうだったら伝えておいて」

「分かった」


 颯太そうたはため息をついた。

 ――今度は村の奴らの前に引きずり出される訳か。


「憂鬱そうだね」

「村長が食えない相手と知ってるからな」

「あはは、気に入られているんだよ」

「嬉しくて涙が出てきそうだ」

「まあ無事に生きて戻って私に授業をしてもらわないと困るよ。じゃあ私は仕事行くから、頑張って」

「迷子になるなよ。今夜の授業ができなくなる」

「あ~飲み会になっちゃうもんねぇ? 気をつけるよ、大丈夫」

 

 アヤヒが部屋から出ると、颯太そうたはまた一人になる。

 ――なにさせられるんだか。

 心配と憂鬱でうなだれる姿を、新品の蒸留器、そしてフラスコと試験管が映していた。

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