第17話 元教師の俺は麻薬村の副村長になりました

 颯太そうたがアスギに連れられて村の集会所に着いたのと前後して、次々人が集まってくる。その中には飲み会で知り合った森人エルフも居たりして、彼が思っていた程のアウェイ感は無かった。


「アスギさん。村の寄り合いって、一体俺は何をすれば?」

「まあ良いから座って座って。」

「俺、人生において座っているだけで上手く転がった試しなんて無いので、その若干不安なのですが?」

「大丈夫です! 私も詳しくは知らないのですが、父が大事な事を話すそうです!」


 ――もう絶対にダメなやつじゃん。俺、何させられるの? 死体でも埋められるの? そういえばあのクソ役人元気かなあ?

 などとぼんやりしていると、集会所にアッサムも入ってくる。流石に村長が入ってくるとそれまではおしゃべりが多かった集会所の空気も引き締まった。アッサムは集会所の壇上にのぼると、だみ声でがなりたてる。


「全員揃ったな! 始めるぞ!」


 もう私語を挟むものはいない。


「まずは我が村に流れ着いた人間の男についてだ。流れ者を受け入れるかどうかは村での合議で決めねばならん。アスギ、お前が様子を見た感じはどうだね」

「私ですか? 私から見ると……良い人です」

「他にないのか?」

「あ、あと……森に入ったアヤヒを助けてくれました」

「んなことは俺も知ってらぁ」


 アッサムはため息をついた。

 颯太そうたも、今になって、朝のアヤヒの言葉の意味を理解していた。

 ――確かに、こう、全体的に頼りないな……この人!

 ――俺が喋っても良いんだが、まだ何も言われてないうちから喋ると印象が悪いな。

 ――もう少し様子見だな。

 颯太そうたが黙っていると、アッサムは別の者に話を振った。


「まあ良い……ニルギリ、お前があの男を見つけたんだったな。お前から見てそこの人間の男はどうだった? 仕事も手伝ったりするそうじゃないか」


 名指しされたニルギリは慌てて立ち上がると緊張した様子で喋り始める。


「こいつの作る虫取りの薬はよく効く。酒の付き合いも良い。俺は村の一員として受け入れるべきだと思う。別に村の様子を探っている感じは無いし、敵じゃないっていうなら殺すのは惜しいと思うぞ村長」

「そう、それだよ、そういうのを聞きたかったんだ。次、ソウタ、お前だ」


 アッサムはソウタを指差す。


「お前自身の発言を許す。お前はこの村の一員となる意思があるか? また、お前を受け入れる価値はあるか?」


 颯太そうたは愛想の良い笑みを浮かべる。博士課程の間、学会発表で鍛えられていた彼からしてみれば、ぬるい質問だった。

 ――それにアッサムもどちらかと言えば俺に興味を持っている。

 ――会議はあくまで体裁を整える為の場。もう俺を迎えるつもりはある。


「阿片の収穫を1.5倍にします。一つの家の畑だけではなく、村全体のです」


 ――だからぶちこむ。俺が有用であることを示して、更に注目を集める為に。

 即座に、なめらかに、一切の緊張なく答えた。

 集会場がざわめいた。

 ――楽しくなってきたなおい?

 颯太そうたの口角が、本人も気づかぬ内に上がっていた。


「ハッタリじゃあねえだろうな? 畑を広げるのか? 時間と手間と必要な労働力はどれほどだ?」

「今年の収穫から変えられます。必要なのは効率的に芥子けしから阿片を取り出す知識と道具です」

「お前、芥子けしに詳しいのか。教師とは聞いたが、錬金術師か?」

「そんなところです。この村では芥子けしを何年ほど栽培してますか?」

「この土地に追いやられてからだ。まだ二十年ほどだな」

「収穫の際には芥子けしの実に傷をつけて採集してますよね」


 へらかき、と呼ばれる手法だ。二十一世紀の地球でも用いられている方法である。これは最低限の機材で行えるがとても効率が悪い。メイプルシロップのように樹木から採集するような場合ならばまだしも、芥子けしは種を撒けばその年には咲く花に過ぎない。であれば、ある程度育った芥子けしを丸ごと有機溶媒で抽出する方が遥かに効率的というわけだ。


「そう命令されたからな。それ以外に方法があるのか?」

「あります」


 ――この雰囲気だと抽出、分離、合成のノウハウ自体がこの世界には無い。本当に設備が無いならまだしも、嫌がらせのためにへらかきなんて効率の悪い方法を使わせる必要がないからな。

 アッサムが興味深そうな顔をしているのは、颯太そうたにも分かった。


「聞かせろ」

「聞くところによれば村長は錬金術についてご存知でしたね。私はまさしくその錬金術について子どもたちに教えておりました。その中にはより効率的に芥子けしから阿片あへんを回収する方法もあります。有機溶媒を用いて抽出すれば作業効率は一気に向上することでしょう」


 颯太そうたは意図的に科学用語を入れて、アッサムの反応を見る。


「詳しいようだが、人間の国では錬金術が実用されているのか?」


 アッサムは科学用語を理解していない。しかしそれを感じさせない自然な調子で、彼らにとって重要なポイントを理解し、それを掘り下げてくる。

 ――この爺さん、悪どい奴だとは思っていたが勘は良い。

 ――この村で気をつけなきゃいけないレベルの頭の回転の持ち主はこいつだ。

 ――こいつとどう付き合うか、が大事になってくる。

 探りを終えた颯太そうたは間を置かずに質問に答える。


「私の住んでいる地域ではそうでした。その方法ならば芥子けしの実はおろか、茎からも阿片あへんは採取可能です。この広大な花畑でへらかき、今の方法で収穫をするよりも簡単です。技術と知識は提供可能かと」

「面白ぇ男だ。それを村の畑の比較的収穫が早いグループで試そう。仮にお前の言う方法が本当に正しかったとしても、それがこの土地に合っている確証はないからな」


 アッサムが土地に合わない可能性まで考慮していたことに、颯太そうたは素直に感心した。

 ――やっぱりこの爺さんだけ頭の回転が違うな。色々問題の有りそうな村を舵取りできているだけある。油断できん。


「ありがとうございます」

「ふんっ、勘違いすんじゃあねえぞ? 別にお前の話が利益になりそうだっただけだ」


 そう言ってから、アッサムは今の会話についてこられなかった集会所の面々を見回し、少しだけため息を吐く。それから憂鬱を吹き飛ばすように大声を張り上げる。


「お前ら! ソウタを村の一員として認めるかどうか決を採る! こいつを村に迎えるのに賛成の奴ぁ手挙げろぉ!」


 エルフに政治は分からぬ。なんとなくの雰囲気でパラパラと手が挙がっていく。男性陣は多くが手を挙げている。女性陣もおおむね手を挙げている。少なくとも半分以上のエルフが賛成していた。


「反対のやつは?」


 こちらに手を挙げるものはいない。エルフに政治は分からぬ。


「よし、ではこいつは今日から村の者だ」


 村長は満足げに頷く。集会所に集まった村人たちも嬉しそうにパチパチと拍手する。特に、一緒に酒を飲んだ男性陣が嬉しそうだ。エルフにも酒の味はわかる。


「ではソウタ。村長として最初の命令だ。お前、俺の仕事を手伝え」

「はい?」

「返事は?」

「はい!」

「よし、貴様を副村長に任命する。使えなかったり怪しかったり気に入らなかったら殺すから覚悟しろぉ!」


 ――成程ね。まだ監視そのものは続くか。

 颯太は苦笑いから苦味を可能な限り抽出した表情を浮かべた。


「はい! 精一杯頑張ります」

「良い返事だソウタ。俺はアッサムという名だ。よろしく頼むぞ」


 アッサムはそのシワだらけの腕からは想像もできない力強さで颯太そうたの手を握りしめた。

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