第15話 エッチなこと、したんですか

 その晩、眠りに落ちた颯太そうたは、再び夢の中の真っ白な空間に放り込まれていた。座り込む彼の目の前には女神。こちらはお行儀よく正座で、少し浮かんで彼を見下ろしている。

 女神は開口一番に颯太そうたを問い詰めた。


「エッチなことしたのね」

「シテマセン」

「エッチなことしたんでしょ!」

「シテマセーン!」

「お酒の勢いに任せてしたんでしょ!」

「シテマセェエン!」


 颯太そうたはこの世界に来てから恐らく一番大きな声を上げた。

 女神はこめかみをひくつかせた後、こちらもこれまでで最大のため息を吐き出した。似た者同士だった。


「……なんでそういうことするのかしらぁ? どう見てもチャンスだったじゃない。めちゃくちゃ良いチャンスだったじゃない! 抱け! 抱けーっ! 孤独と身体を持て余した未亡人の家に転がり込んでおいてそれはねえわよっ! 馬鹿じゃねえの!? あーあー無いわ。こりゃあ明日から村中の噂ですわ。玉無しに村は任せられませんわこりゃあ~!」

「お、俺だってそりゃあそういうあれは、なきにしも、あらず……だが! 今は駄目! 駄目、絶対に面倒なことになるからな! 女性の不安に乗じて手を出すようなやつはだいたいろくでもないことになる! 俺は教師として他人の心を自由自在に操ってきたしその方法を教わってるが、それはあくまで仕事の為にしか使わないって決めてるの! 恋愛はプライベートな問題! 生き死にに関わる問題でしか使いません! 大体監視とかしてなかったのか? 分かっててわざわざ聞くんじゃないよデリカシーは無いのかね君ぃ!?」

「デリカシーがあるからこうして監視せずに夢の中で聞いてあげたんでしょうが! 馬鹿じゃないの!? っていうか逆にどうやってあの状況から切り抜けたの!? ああこりゃあベッドインですわ見てらんないと思って監視切ったのに!」

「まず娘をネタにします」


 女神はスンと真顔に戻って颯太そうたから若干距離をとった。


「外道…………」

「はぁ? 勘違いしてるな? むしろ人道的でスマ~トだったからな?」

「聞かせてみなさいよ。娘も抱かせろとかふっかける以外になんかあるの?」


 ――えっ、この女神こわっ。ヒクわ……。

 颯太そうたは少し固まってしまったが、気を取り直すべく咳払いをして、それから話し始めた。


「まずアスギさんの不安に寄り添って良い感じの関係性を構築するところまでは見てたな?」

「あんた高校教師の癖に人間の不安を揺さぶって距離感詰めるの得意よね」

「少し不安にさせるくらいの方が後から感謝されて仕事しやすいんだな~」

「教師……」

「まあそれは置いておく。まず良い雰囲気の時にアヤヒちゃんの話をしてちょっと真面目な空気にするじゃん。全てはそれからだ。その上で『勿論俺だってアスギさんのことを魅力的に思っている。他に行く場所が無い訳だし、この家の一員になることは問題ない。けれどアヤヒさんがどう思うだろうか。彼女はどちらかと言えば村の多くの人と違って人間社会に近い価値観を持っているし、しかも俺のことをあまり気に入っていない。こんな状況であなたと一緒になっても彼女が不幸だと思う。まずあの子と仲良くなって、しっかり祝福してもらった上でこの家の一員になりたいんだ……』と丁寧に道理を説いた訳だ。俺変なこと言った? 言ってないな? むしろ良いこと言ってるな?」


 ね、簡単でしょう?

 とでも言いたげな顔の颯太そうたである。

 この面の皮の厚さには女神も苦い顔だ。


「あんたの性根を除けば驚くほど良い答えね。ちなみに何処まで本気なの?」

「……いや、悪くないかなって思ってる。俺、仕事でクソガキを見すぎたせいか、年上の女性が好きだから……」


 いけしゃあしゃあと口にしてみせる颯太そうたの頬を、女神は勢いよく捻り上げる。


「痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い!」

「まあ~~~~よく回るお口だこと! そうやって女の子を何人泣かせてきたの!? 言いなさい!」

「はぁ!? 女性には泣かされてきた側だが!? あ、待って、痛い。痛いって。分かった。分かったから。俺が悪かった。まずは暴力をやめよう! あ~~~~そろそろちぎれるちぎれるちぎぎぎぎ……」


 女神は頬から手を離す。

 解放された颯太そうたは胸をなでおろしてから頬を撫でた。


「ふん! 適当なやつね!」

「嫉妬か? ん? 美の女神様から嫉妬されるとは思ってなかったし、忠実な信徒の色恋くらいは許して欲しいもんだなあ」

「そういうんじゃないわよ! けど、女にかまけてサボり始めたら容赦しないんだからね! あとあの女より私のほうが遙かな古代から存在する神だから! 私を一番に頼りなさい!」


 嫉妬である。

 ――嫉妬と言えば、高校の頃に隣の席に座ってたオカルト研究会の有葉くんが女神は嫉妬深いって言ってたな。もしかして俺ピンチなのか? 特に意味もなく嫉妬とか言ってみたがもしかして不味いんじゃないか?

 ――抱け抱け言うくせに真面目にアスギさんを配慮している素振りを見せると怒るあたり、そう、これは……。

 嫉妬である。


「オーケー。まあ冷静に考えよう。今みたいに色々不安な状況で深い仲になってしまうと、その関係に依存してしまうだろう。それは良くないと思わないか。良い仕事とは丁寧な仕事のことだ」


 顔色一つ変えずに急に正論を叩きつけたことで、女神はこいつ頭おかしいだろとでも言わんばかりの顔をして、しばらく顎に手をあてながら黙して思索にふけり、それからやっぱり納得できないように首を傾げた。


「……ま、まあそうね。これから革命とか起こしてもらわないといけないし、村一つ綺麗に治められないようじゃ困るわ……毎回未亡人たらしこむわけにもいかないし」


 女神は自分に言い聞かせている。


「お前の言う通りだ。俺たちはこの村を支配して終わりって訳じゃないんだ。だから安易な解決方法に頼ってはいけない」

「……わ、わかったわ」


 女神はなにか釈然としないのだが反論もできずに頷いた。


「俺はお前が居ないと何もできない。分かるか? だから落ち着け、俺にして欲しいことをまずは伝えろ。俺はその実現可能性を考えて、実現する。ギブ&テイクだ」

「あなたねぇ……いや、まあ、私のしてほしい事はそれなんだけど……それね。そうね。そうなんだけどね……」

「状況を確認してみろ。綱渡りであることは認めるが、渡ってるだろう?」


 女神は深くため息を吐いた後、タバコを取り出して吸い始めた。ジャスミンの香りがした。


「状況を確認……ね」

「そうそう、今、俺が十分仕事してるのを確認して欲しいってことだ」


 ――なんか新しいもの手に入れてやがる。

 颯太そうたは女神の吸っている煙草をじっと見つめる。


「あ、欲しい? レモンとかさくらんぼとか牡丹とか紅茶もあるけど」

「欲しいな……」

「ふふん、仕方ないわねえ。ほら近寄りなさい。火貸したげる」


 渡された煙草に火を点けて、ゆっくりと煙を喫する。

 ――いきなり口の中にジャスミンティーの煙流し込まれたみたいだ。悪くない。

 颯太そうたの吐き出した煙が光を帯びて文字の形に変わり、整列を始めた。


【保有スキル】

 耐毒B→放毒D

 教唆B

 教示C

 耐病EX→頑強D

 科学全般B

 変革の旗手D


 ――ステータス画面だ。

 颯太そうたは目をまんまるにした。

 ――煙草を吸うとステータス出るんだ。

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