第13話 蛇竜《ワーム》の蒲焼きを食べて元気になろう!
家の中にはシャワーに相当する精霊魔法を使った装置があった。そしてそれで身体を洗った
「あら、ソウタさん。座ってください。もうすぐ完成しますから」
ジュウジュウと油の弾ける音。
甘いタレの香ばしい匂い。
断面を見れば分かることだろう。ふっくらとした身の白さ柔らかさが。
エルフの伝統料理『ワームの蒲焼き』である。
ワームは様々な土地を巡りながら、大地の中に蓄えられた魔力と栄養をたっぷりと吸収する。その筋肉は、興奮すると極度に硬化するが死後は一気に柔らかくなり、劣化も早い。なので狩猟した場合は村で分配する習慣がある。少し臭みがあるのが難点なのだが、エルフの村では芥子の種と山椒を混ぜ込んだ伝統のタレで蒲焼きにすることでこの臭みを克服していた。
特にこの蒲焼きにはワームの中でも最も上等な頬肉が惜しげもなく使われている。多くの魔力と栄養を吸収するために一番よく使われた筋肉だ。また、臭みも少ない。歯ごたえがありながらも柔らかく、栄養もある。
そんな頬肉の蒲焼きを、アスギは熱々の
三人分のワーム蒲焼きキュケオーンがテーブルに並べられた。
「今晩はソウタさんが頑張ってくれたお陰で
「いただきます!」
「…………」
「もう、アヤヒ、あなた大好きだったでしょワームの蒲焼き?」
「別に」
食卓の空気は冷たかった。
――蒲焼きに麦粥ってどうかとおもったが、要するにこれはうな丼だな。しょっぱさと油っこさが素朴な麦粥の味に良く馴染む。麦粥のほのかな甘味が引き立つって感じだな。途中からは少しスプーンで崩してひつまぶしみたいにするのも中々味わい深い。
親子の微妙な空気の中でも美味しいものは美味しい。
「お父さんが獲ってきてくれた時はあんなに喜んで――」
「父様のことは関係ないでしょ!?」
「アヤヒ、急に大きな声をあげないで。ソウタさんも居るのよ?」
――あ、十代中頃の女性のヒステリーは仕事で慣れているので大丈夫です。
とは言えず曖昧な笑みを浮かべた。
「じゃあ良い! 私は部屋で食べる!」
「ちょっとアヤヒ! ああ……」
アヤヒがお皿を持ったまま彼女の私室へ閉じこもってしまう。
――俺、家族じゃないしな。変な事を言ってこじれさせるのが一番良くない。
人の心が薄いなりに配慮をして、
「ごめんなさいね。見苦しいところを」
「いえ……普段からあんな感じなんですか?」
「んー、ちょっと難しい年頃なもので……その……」
アスギはその後、なにか言いたげに口を開くが、言葉をうまく紡げない。
――なるほど、作戦変更だな。少し首を突っ込んでみよう。この人が話したそうにしてるし。
「良ければ、お話を聞かせてもらえますか?」
「こんな話、まだ来たばかりのソウタさんにお聞かせするのは恥ずかしいのですが……あの子は人間が嫌いなんです。危ない所を助けていただいたのに……あの子ったら」
「あはは、母と娘で暮らしている家に知らない男が来たらそれは警戒しますよ。人間だってそうです。もうそれは人間嫌いとかそういうレベルの話じゃないでしょう?」
「んー……そうですねぇ? その……」
アスギは困った顔で唇に人差し指を当てて、苦笑する。
「人間はそうなのでしょう。私達を徹底的に差別していますし。ですが……
「固い?」
「この村の皆さんと会って感じませんでしたか? 案外フレンドリーだなって」
「えっ」
――面の皮が厚いとは思ったが……友好的とは……なんだ? 女神様の翻訳失敗か?
「え……? ええ、まあ……仲良くしてもらっています」
「
「ふむ……歓迎?」
「つまり相手がいるならともかく、成人で独り身なら別に他所から流れてきた異性を家に入れるくらい割と普通なんですよね。アヤヒが嫌がってるように見えたとしても人間の倫理観にかぶれているだけです」
「な、なるほど……!? え、いや、でも、人間……ですよ? あの、邪悪な、人間の役人と同じ種族ですよ……?」
「いえ監視目的もありますけど、まあ娘をいつまでも未亡人にしておくくらいなら腕の立つ流れ者にあてがっておけくらいの感覚ですよ、村長は」
「ん……?」
――つまり、アスギさんが俺を家に入れているのは。
――村長が俺の面倒を見るようにと言ったのは……そういった、打算が?
――嬉しい。とても嬉しい。入院中はそれどころじゃなかったから、エルフの未亡人がまんざらでもない雰囲気を見せているのは嬉しい……!
咀嚼しなおすといえばワームの蒲焼き。これは薬だ。とても栄養のつく、山奥のエルフの村において貴重なタンパク源だ。山の精気を取り込んだワームは滋養強壮効果があるのだ。
「あら、ドキッとしちゃいました? 私も捨てたものじゃないかしら。ふふ」
アスギはクスクスと悪戯っぽく笑った。
「や、やめてくださいよ……」
と、言いながら満更でもない顔をしている。なお、礼を失さない為の演技ではない。第二の人生、少しくらいは役得が欲しい。
「颯太さんは強くて、しかも色んなことを知ってますから、できるだけ村に居てくださった方が良いのだそうです。父はそう言ってました」
「お、お、俺は……いえ、っていうか、アスギさんは……!」
「私は、良いです」
アスギが
――どうする俺?
――どうする!?
「良いですじゃないですよ! その、いくらなんでも、そこまで村長の言うことに……」
「いえ、その、むしろ……良いなって」
「へ?」
「良い人だなって思ってますよ。ソウタさんのこと。あなたの洗濯物を洗う時も、料理を作る時も、楽しいんです」
普段は陰鬱なアスギの表情が、少しだけ明るくなった。
――こんな風に笑うんだ。
「楽しい……」
「ごめんなさい。我儘で。私の我儘で……。馬鹿な女なんです。だから、せめて、ソウタさんもいくらでも我儘言ってください。なんでもしますから……ね?」
アスギが手の甲から小指の先までなぞって、指を絡めた。
都合が良い誘惑は、毒であって毒ではない。
それは
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