第12話 高校生物で蛇竜《ワーム》を倒そう!

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 ワームが細かく身体を震わせただけで、背中の皮を通り抜けて背骨だけを細い針で何度もつつかれるような不快感を思わせるような、嫌な音がした。

 威嚇である。

 震える度に剥がれかけた鱗同士がぶつかりあい、生理的嫌悪感を催す奇妙な音色が鼓膜に届いた。それは遠くなったり近くなったりある時は背後から響き距離感を狂わせる異常な音。ポタポタと落ちてはまた生える鱗には、黒い粘液がべっとりとまとわり付き、見ているだけでも吐き気がこみあげてきた。


「とはいえ……流石にモンスターも二度目だからな」


 ――気持ち悪いだけだ。吐き気も抗がん剤ほどではない。

 颯太そうたは自らに言い聞かせ、自身を鼓舞していた。

 そして冷静になる為に、思考を一つずつ高速で言語化していく。

 ――地中を移動する巨大な蛇。なら周囲を把握する為にはどんな器官を使ってる?

 ――モグラは匂いを三次元的にとらえる。目の悪い蛇は熱で感知する。

 ――ニコチンで興奮して出てきた可能性がある以上、下手な投与は危険だ。逆に興奮して殺されかねない。

 颯太そうたは幾つもの可能性を同時に考えながら、一つの選択を導き出した。


「食らってもらおうか」


 そう言って、彼はジョウロの中の水を

 煙草の燃え殻を溶かした水は臭い。その匂いにより、颯太は自身の匂いを相手に気取られないようにした。同時に水を被ることで颯太そうたの体温も誤魔化した。

 するとワームは目の前に居る颯太そうたを見失ってしまった。

 戦うべき相手が居なくなったのだ。ワームは戸惑う。

 続いて、颯太そうたは動きの戸惑ったワームに向けて自らの能力を使用した。


《メッセージ:『放毒』が発動しました。エタノールを投与します》


 ワームは牙と牙の間から甲高い音をあげた。次の獲物を探している。はるか遠くに逃げているニルギリを見て、彼へと狙いを変える。だがもう遅い。もう脳内にエタノールの投与は始まっている。


「生物の授業とかでやるが、そもそも爬虫類の脳はかなり単純な作りをしているからな。あのワイバーンと言い、お前と言い、実は攻略方法は変わらない訳だよ。仮に魔法の類で防護していたとしても、俺のこの力が神に由来するなら、まあ魔法よりは強力になる訳で……」


 遠くを走るニルギリを追いかける前に、ワームは眠るように息を引き取った。


「……単純な話だよな」


《メッセージ:幻獣モンスター討伐により経験値が入りました》

《メッセージ:『放毒』の発動により、『放毒』スキルが成長します。ランクDからランクBに上昇しました》


 颯太そうたは全身ずぶ濡れになったまま、その場に座り込む。ひどい匂いがついてしまったが、風が心地よかった。そうやってしばらく吹かれていると、ぞろぞろとエルフの男たちがやってきた。


「お、おいソウタ! 助けに来たぞ!」

甲鱗虫ワームは! 甲鱗虫ワームはどこだ!」

「ニルギリの畑で出たってよ!」

甲鱗虫ワームなんざ怖くねえ、精霊魔法で焼き尽くしてやる!」

「酒の人! 無事か!」


 数は決して多くないがいずれも武器や魔法の杖を携えてやる気満々だ。

 しかしそんな彼らもすぐに気がつく。


「あっ!? 甲鱗虫ワームが……し、死んでる……!」

「あれ、酒の匂いが少しするな……カモスの実でも使ったのか!?」

「そうか……酒の人は酒に強いからな……」

「この辺りにカモスの実はねえだろ。あんなの持ち運んだら酒臭くてしかたねえよ」


 颯太そうたはゆっくりと立ち上がり、服についた泥を払う。

 ――これ、どうやって説明しよう。


「おいソウタ、大丈夫だったか? 何が有ったんだ? どうやって倒したんだ?」

「科学の力だ」


 科学ではない……いや、ちょっと科学だ。


「カガク……お前の使う魔法みたいなやつだな」

「魔法……まあ魔法みたいなものだと思ってくれ」


 そう、それは科学。そして高度に発達した科学は魔法に漸近する。颯太そうたの扱う科学は、エルフたちから見れば十分に高度であり、という点だけ見れば魔法とさして変わらない。要するに。

 ――そう説明したほうが楽だな。

 と、颯太そうたは判断したのだ。


「ところで颯太そうた。今日は村の皆でこいつを蒲焼きにするけど、お前食べたい部位とかある?」


 ニルギリの問いかけに颯太は思わず真顔になった。


「え、やっぱ、あれ食うの?」

「食うよ?」

「なんかネトネトしてない?」

「馬鹿だなあだからいいんじゃねえか」

「えぇ……ちょっと食べたこと無いからな……大将オススメ有る?」

「誰が大将だよ。まあ良いわ、お前の家に一番美味しい部分を分けてやる。家に戻って待ってろ」


 エルフたちはワームの首をナタで切り落とすと、その場で解体を始めた。

 ――うわ、まじで、食うんだ。断面とか白身肉のお魚っぽいじゃん……。

 颯太そうたは立ち尽くしてその様子を眺めることしかできなかった。


     *


「あらあら、大したものじゃないの」


 ポカーンとしている颯太そうたの隣に、女神が現れる。よく響く声で、しかも派手な出で立ちの彼女なのに、その場に居るエルフたちが気づく様子はない。


「レン、お前出てきて良いのか?」

「どうせ見えないわよ」

「なんだあのでけえ蛇みたいなのは」

「今のは村の近くに住む幻獣モンスターよ。あんたの世界には居ないものね。頭の上から農薬撒かれて怒ったんじゃないの?」

「悪いことをしちゃったな……別に死ぬことは……」

「人食い幻獣モンスター相手に優しいわね?」


 ――食べるんだ、人。

 颯太そうたの心のヤバい奴にチェックが入った。

 ――こいつも、人、食ったんじゃないか?

 ――食うのか? それを?

 颯太そうたは考えるのをやめることにした。


「ごめんやっぱ殺して正解だわ。なにそれ怖い」

「そうよ、つまりあなたの世界で言えば、あなたは村の中に突然現れた人の味を覚えた獣を倒したの。大活躍ね!」

「実際、元の世界でも動物が農場襲ったりするのが大問題になったりしたしなあ。クマとか、イノシシとか」

「そういうこと。エルフって基本的に野蛮だから強ければ強いだけあなたを尊敬するわ。暴力は正義よ」

「それは知ってる」

「じゃあ言うことはもうないわね。あ、身体は洗っといた方が良いわよ」


 女神はゆっくりと姿が薄れて消えてしまった。

 颯太そうたはずぶ濡れの自分と服の匂いを嗅ぐ。ひどいことになっていた。


「……ああ、分かった」


 ひとまず、家に戻ることにした。

 ――アスギさん、嫌な顔ひとつせずになんとかしてくれるだろうな。

 疲れ切った颯太そうたにはそれがなんだかありがたかった。

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