第10話 駄女神様に世界救済プレゼンテーションをして人類滅亡を食い止めよう!
「だって愚かな人類は抹殺するに限るもの!」
そう告げられて、
恐ろしいという以前に、疑問だった。
率直に、恐怖以前に、理に適わないと感じたのだ。
「仕事の手足が足りないから俺を呼んだ神様が、一人で人間を滅ぼせるのか?」
そしてすぐに自らの想像力がいかに乏しかったかを思い知る。
「滅ぼすだけなら簡単。王都の下に封印された私の
女神が煙草を空中に投げ上げると、それは一瞬で燃え上がり灰に変わる。灰に変わった後、それはなおも燃焼を続け、複雑な有機化合物の中に存在する炭素原子や窒素原子といった全てが酸素原子と結合し燃焼をしている。全てだ。全て、偏執的なまでに。一つ一つ把握して結びつけているとしか思えないくらい丁寧に。全てが二酸化炭素や窒素あるいは気化した微量のミネラルへと変わることで透明な大気に戻っていく。
――能力の使い方と同じだ。また、無理やり、頭に。
女神は真っ青になる
「お前の
「こうなるわね。大雑把にやっても、この星の九割は灰も残さないわ。女神に逆らった罰よ、罰」
「おいおいおい……」
「勘違いしないでね? そうしたくないから貴方に頼るのよ」
女神は微笑んだ。けど、今度こそ恐怖が襲ってきた。
だが、
――逆を言えば、こいつを操縦さえできれば、俺はこの世界の生活でも困らねえし気に食わない奴だけを消せる。悪くないな。実際やるかは別として。
「分かっている。一々人類を抹殺せずにこの星の生命体が生きていく方法を考えろって話だな。俺もこの星で生きている。死にたくない」
「そういうことになるわねえ! 人間、
「どうしてお前なんだ? そういうのを担当する奴は居ないのか?」
「そうね! あなたの言う通り! 私の本来の機能じゃないから正直苦労してるの! 面倒だから皆殺しにしたいくらいには!」
「でもやらなきゃいけない……と」
女神は少しさみしげな横顔を見せてしばらく黙った後、ポツリと呟いた。
「約束があるのよ」
女神は不機嫌そうに頬をふくらませた。
「約束ってなんだ?」
「昔、人間が減りすぎた時に召喚した女の子との約束よ。簡単に見捨てるなって」
――女の子との約束ね。
そんなものを大切にするような思考回路が、目の前の壊れたコンピュータのような女神にもあるのかと、
「あっ、笑ったわね!?」
「笑ってねえよ。良いんじゃねえの? 俺はそいつのこと知らないけど、お前がそいつを大切に思う気持ちは、絶対にいいものだって俺は思うよ」
「そうなの? まあ結構良い子だったのよ。こっちに来る前は聖女様って呼ばれてて、私より女神様みたいな女の子だったんだから」
女神はそう言って少し満足そうに微笑んだ。
「良いな。俺と違って良い子だ」
「でしょ?」
「ああ、実に悪くない」
――正直に言えば憧れている。
――誰かの為に無償で立ち上がるなんて、教師の俺にはできなかったことだから。
「レン、俺は勇者じゃない。聖女様でもない。ただの教師だ。だからこそ使える世界を救う方法ってやつがある。俺を呼んだのがお前なら、俺と手を組め」
「あらあら……初めてあの子に会った時よりも、話が早く済んだわね。嬉しいわ。 英雄的な武勇? それとも神の名の下の奇跡?」
「どちらも違う。魔王を倒すでも、神の名の下に平和を作るでもなく。十分な教育と知識で、ただの人がただの人として世界を救う方法――」
女神は答えを聞く前に
彼女にとっても、それこそが求めているものであり、それ故に彼を呼んだのだから。
「――知識と教育だ。まずこの世界の地理や歴史について教えてくれ」
「惑星開発用に収集したデータを渡すわ。前と同じようにね」
「もしかして……あの頭痛か?」
「ええ、あの最初にエルフ共に囲まれた時と同じやつ」
「マジ? また? あれを?」
「はーい、ガツンと一発いってみよー!」
女神はニッコリと笑った。
「かんべんしてくれよぉ!?」
*
ガンガンする頭痛と引き換えに、
この世界の地図がそのまま頭の中に入ったのだ。
その上で
「俺が思うに、この世界には富が足りないんだよ」
「富?」
「土地が足りない、知識が足りない、食料が足りない、資源が足りない、労働力も足りない。だから貧しくなる。貧しくなるから他の種族に憎しみの矛先を向ける。必要なものは豊かに生きる場所だ。俺はそれを作るべきだと思う。楽園だ」
女神は首をかしげる。
「作るにしても……どうやって?」
「今まで使われていない土地を
「イメージがわかないわ……?」
「分かってるなら俺の力は不要だろ」
女神はニパッと笑った。
「あら、それもそうね。やっぱ異世界の人間呼んで正解だったわ。発想が違うのね。じゃあ方針はあなたに任せます! で、私はそれを支援しましょう!」
「支援って何ができるんだ?」
女神は指をパチリと鳴らした。
すると、
「あなたの居た世界から便利なアイテムを持ってきてあげる」
「それは……良いな。すごく良い。便利だ」
――そういう理不尽は、まあ悪くない。
――たとえめちゃくちゃでも、みんなが笑えるなら。
「けど、こんな力があるならもっと早く動けたんじゃないか?」
「無理よ、この世界の人に渡しても制御できる自信が無いもの」
「理解した。見たところ、身動き一つとっても不自由してそうだしな、お前」
女神はポンポンと
「そういうこと。あなたにあるのは思想や知識や力だけじゃなくて、神に命を握られている自覚よ。愛してるわ人の子」
「ああそうかい俺も愛してるよ女神様。たとえ他の全ての愚かな人間が言うことを聞いてくれなかったとしても俺だけはお前の言うことに耳を傾けるからな」
「うぅ……貴方みたいな良い人久しぶりよ……ありがとう。あいつら頭が悪いの。虫よ、虫なの。頭が悪い虫だからやっぱり殺さないと……」
「殺すのは少し待て。煙草の火貰っていいか?」
「あ、ごめんなさい!」
彼はその煙草を咥えたまま思案する。
――ひとまず女神は懐柔できたと見るべきだろう。こいつの言うことを聞くという体裁で俺の生活環境を整えて、第二の人生を楽しめば良い。
――邪魔する奴らは排除する。国の役人でも、村の連中でも、この女神でも、理不尽を押し付ける奴らを俺は叩く。
そして思考を一時中断し、煙を吐き出した。
「しかし、色々貰えるとなると。悩むな」
「相談しなさいよ。私、あなたの味方なんだし、ここに呼んじゃった責任もあるし、それくらいはするわよ」
「オッケー、じゃあそうしよう。何をもらうかな。いや、どれぐらい持ってきてもらえるんだ?」
女神は人差し指を一本立てた。
「一回につき一つまでにしてほしいわ。別に無限に扉を繋げられる訳じゃないし」
「一回っていうのは……」
「私のお願いを一回聞いてくれたら一回なにか一つ持ってきてあげる。今回は初回サービスってことで、一つ道具持ってきてあげる」
「ほうほう!」
「嬉しそうね?」
「ああ、少し待ってくれ」
――まあ村の状況を見てからで良いとは思うが、
――
「ずっと固まってどうしたの?」
「なんでもない。初回サービスは一時保留してくれ」
「オッケー」
なんとかそれだけ言うと、煙草の煙を頭上に向けて吐き出す。
何とかそれだけ答えると、もう意識は夢の中から現実へと浮かび始めていた。
「うん、じゃあこの後は、起きているあなたにもちょいちょい会いに行くから」
「騒ぎは起こしてくれるなよ?」
「大丈夫、この世界の人間には私の存在を認識できないわ。逆に認識されると面倒なのよ」
「お前が封印されているからか?」
「あら、察しが良い子は好きよ」
女神はそう言って微笑む。そして姿が薄れていく。
「もう朝か?」
「ええ、あなたの目はもうすぐ覚めます。その前に今回の話の要点を纏めておきましょうか。今後、具体的に、私たちのやるべきことは?」
「まずは村の掌握。経済の発展。科学技術の進歩。それから少数部族の組織化と王政への抵抗。まずは人間以外の民族が食っていけるようにしよう。お前の依頼に従ってな」
「百点満点!」
――食っていけるようにするってアンパンマンじゃあねえんだけどな。
――けど、そういうのは嫌いじゃない。どうせ幸せになるなら皆で幸せになったほうが良い。俺が幸せになりたいからな。
基本的に身勝手な
「さ、始めようか」
もうまぶたの向こう側が眩しかった。
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