第9話 遅れてきた暴走駄女神を止めろ!

 颯太そうたとアヤヒが村に戻ってから数時間後、ワイバーンを倒し家畜と村人を守った颯太そうたを労う為の宴が始まっていた。参加者は車座に座ってワイバーンの丸焼きと颯太そうたが森からとってきたカモスに舌鼓を打っていた。


「大したもんだよなあ人間。人間にも良いやつが居たもんだ」

「人間にしてはあまりに酒が強い。酒の人と呼ぼう」


 会ったばかりのエルフも、昨日襲ってきたエルフも、やけに馴れ馴れしい。もう颯太そうたは怪しい人間ではなく、村の娘を助けたヒーローなのだ。


「なんだよ酒の人って」


 毒気を抜かれて、颯太そうたも笑ってしまう。


「ソウタ! お前、あの森に入って酔っ払わねえなんてな! うちの家畜もありがとな!」


 ニルギリも調子の良いことを言ってバシバシと颯太そうたの背中を叩く。殺されかけた颯太そうたも軽い調子で笑って盃を突き出して、ニルギリと乾杯する。


「ありがとうニルギリ。まあ色々あったが、これからは仲間ってことでよろしく頼むよ」

「こっちこそだよ! カモスの収穫は今日からお前の仕事だ! 飲め! おら飲め!」


 ――ふん、分かれば良いんだ。優しい俺は許してやろう……!

 颯太そうたは自分に酔っていた。


「俺にどんだけ飲ませるんだよ……ほら、ニルギリも飲めよ!」

「あったりめえだ! お前さんがとってきたカモスの実がまだまだあるからなあ!」


 ――実力さえ示せば比較的よそ者に優しいのは、人間の迫害とやらで生活が厳しいからか。

 ――使えるならなんでもいい。わかりやすくて良い。こいつらは。

 そんなことを思いながらカモスの実を絞って水で薄めたものを一気に飲み干す。

 果物の甘い香りが鼻の中を通り抜けて、胃袋と喉をアルコールが刺激していく。この感覚がたまらない。


《メッセージ:『耐毒』が発動しました。アルコールの効果を無効化します》


 男たちが歌い、肩を組む。そして何時の間に噂に尾ひれがついたのか、颯太そうたはとある貴族の家から政争を厭って逃げ出した学士ということになっている。村の人々は噂を真実だと思いこみ、宴の間に颯太そうたを先生先生と呼ぶようになった。最後には酒の匂いに誘われてやってきた鹿も丸焼きにして、東の空が白くなるまで宴は続いた。

 一晩中飲んだ、とも言う。


     *


 そして、颯太そうたは突如真っ白な空間の中で目を覚ました。


「グッモーニン人の子~!」


 声に気づいて起き上がった颯太そうたの前に、女が腕を組んでいた。

 女は純白の薄布と黄金のネックレス、ブレスレット、イヤリングを身に着けていた。キリッとした赤く大きな瞳、血色の良い白い頬、赤熱した金属のような輝く髪。爪まで赤く塗っている。よく見ると指に煙草を挟んでおり、白い煙が薄くたなびいていた。


「だ、誰だ?」

「む? 私が美しすぎてビビってるわね? でも心配しないで。私とあんたはもう会ったことがあるのよ。村で怪しまれないように、すこしだけ記憶を飛ばしたけどね」

「記憶……病院から村までのか。いよいよ誰?」

「私は赤の女王レッドクイーン。あんたの病気を治してこの世界に連れてきた美と混沌の女神様よ。この世界では女神レンって呼ばれているから、あなたもレンって呼んでね。いきなり連れてこられてびっくりしているでしょう? 気になることは無い?」


 ――女神、こいつ女神って。マジか。いやまあ俺としても、俺をこんなところにつれてきた奴の話は聞きたかったが。

 少し考え込んだあと、颯太そうたは最初の質問を決めた。


「レン……なぜ俺を治した?」

端末てあしが必要だったのよ。今ここにいる端末わたしだけじゃできない仕事があるの」


 颯太そうたは首をかしげる。


「仕事? 俺に何をさせるつもりだ……?」

「人間を滅ぼす」

「景気の良い話だ」


 ――こいつが俺の病気を治して、妙な力を渡して、この世界に連れてきた。

 ――人間を滅ぼす為に。あんな人間なら、まあ神も滅ぼしたくなるな。俺も気に食わない。

 颯太そうたは思わず笑みをこぼす。


「確かに悪くないな。けど、俺は人殺しなんてごめんだね。それに別にあんな人間ばかりじゃないだろう」

「あはは、分かっているじゃない。そういうところ好きよ」


 ――まあ確かに、気は合いそうだ。初対面なのにな。

 女神が楽しそうに笑っているだけで、颯太そうたは不思議と気分が良くなった。少し不穏に感じてしまうくらいに。


「という訳で人間を滅ぼすなら勝手にやってくれ。それ以外のことなら手伝う。村にもやっと馴染めそうなんだ」

「だめ?」


 女神は颯太そうたに顔を近づける。顔が近づく。いい香りがした。

 ――あ、美人。

 颯太そうたはやっと思考の異常に気がついた。ただ、目の前の女の顔が良いことに思考を支配された一瞬が有った。


「嫌いなんだよ。誰かに命令されるのも、するのも」

「学校でもずっとそうだったものね。腹が立たなかった?」

「腹は立ってたよ。けど、何ができる」

「今ならできる。私があなたに力を与えたわ。ここならできる。その為に私が呼んだのだから」


 ――毒を操るあれか。

 ――生き返らせて、そのついでに能力も与えたってことか。

 女神は目を細くして、煙草を咥えてニィと笑う。


「できるのか? 俺に?」

「ええ、できるわよ。それで、私と、世界を救って欲しいの」

「世界を救う?」


 颯太そうたは真っ白な空間の中で首をかしげた。さっきと随分話が違う。

 女神は煙草を指に挟んで煙を吐き出す。


「間違っているって思ってるんでしょ? 変えたいと思ってるんでしょ? それは私のような女神プログラムには存在しない思考だわ。増えすぎたものは減らす以外の解答があるなら教えて欲しいのよね!」

「俺が……世界を?」

「あっ、もしできないなら、人間は殺す」

「は?」


 理不尽だった。


「だって愚かな人類は抹殺するに限るもの!」


 女神は満面の笑みを浮かべた。

 この世界で一番巨大な理不尽だった。

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