第8話 ワイバーンを倒せる! 高校生物!
「そこに誰か居るのか?」
声が聞こえたのは
「アヤヒちゃんか?」
――昨日見た精霊と同じだな。
「その声誰? 男の人だけど、ニルギリさんでもないし、村の大人って感じじゃないね。私の名前は知ってるんだ」
「そのニルギリとアスギさんから話を聞いて助けに来た。ソウタって名前だ。昨日の夜遅く村に着いたばかりだ。道を教えてくれ」
「ソウタ……? 私、そんな話は聞いてないよ。そもそも昨日はさっさと寝ていたし、今朝だって母様起きる前に仕事に出ちゃってたし」
「そいつは立派だ。俺も夜なべしてたからな。ちょうど噛み合わなかった訳か」
「夜なべ? 君、まるで人間みたいなこと言うんだね」
――人間であることは伏せておくか。警戒されて合流自体できないと困るし、まさか今話している相手が人間だとは思ってないだろうし。
嘘にならない範囲で返事をすることにした。
「人間ね……まあ変わっているとはよく言われるよ」
「あはは、私と同じだ。申し訳ないけど、村の人たちと知り合いなら、ちょっと手伝ってもらえないかな。先に飛び出していった子羊が一匹だけカモスの実で酔っ払っちゃってね。他の子たちは落ち着いてきて素直に言うことを聞いてくれるんだけど、この子だけ本当に酔っ払っちゃったみたいで」
「担ぐのを手伝えば良いのか?」
「そういうこと。他の子たちは風の精霊魔法で大気のドームを作って守っているんだけど、ドームもそんなに長くは保たないから……」
――確かに器用なことをしているな。
――それに、これまでのエルフとは少し違う。人間っぽい話合いのできそうな感じがする。
――気に入られておきたいな。
「道はどっちだ?」
「そこから真っすぐ歩いて、川沿いに登ったら私たちの居る場所にすぐつくから。狼の類に見つかる前に頼むよ」
「分かった。この方向か。お前は無事なのか?」
言われたとおりに道を進む。いくら大気のドームでうまく身を守っていると言っても、急がなければアヤヒや家畜が危ない。
自然と足は早くなる。
「アスギさんから聞いていたが本当に器用なんだな」
「私は
「すごいよ。正直、俺はそういう魔法とかろくに使えないからな」
「君、大丈夫なのかい? 結構お酒臭くて歩くのもきついとおもうんだけど」
無論大丈夫ではない。本来、
「詳しいんだよ。風向き、地形、気温などの条件から、カモスの果実から揮発していったエタノールが薄いルートを推測できる。化学と地学のあわせ技だな。例えば今俺が歩いている川なんか良い例だ。川には川風と呼ばれる強い風がしばしば吹く。植物が少ないこともあって風を遮るものだってない。そういう場所なら魔法が使えなくても酒気の影響を受けずに歩くことができる。風がふっとばしてくれるからな」
力を得た今の彼にこういった小細工は不要だ。だが、知っていれば利用できる。この早さで
「ああ、だから酔っ払った羊たちがこっちに集まったんだね。のどが渇いただけじゃなかったんだ」
「そういう理屈だ。よく気づいたな。筋道を立てて理解ができるなんて、良い
「お褒めにあずかり光栄だ。ソウタ、もしかして王都から来た?」
「なぜそう思う?」
「そんなに物知りな人、なかなかこの近くには居ないもの。うん、だいぶ近づいてきたね。助かったよ、家に戻ったらなにかお礼をしなきゃ……げっ」
そこで声が途絶える。
「どうした? おい、アヤヒ? どうした? アヤヒ! 居るのか!」
川の向こうの岩陰から少女が顔を出す。金の髪、風の精霊と同じ緑の瞳、多くが色白のエルフの中にあっても目立つ白い肌。動きやすいパンツルックは、虫除けの為に青く染められている。
「に、に、人間!? その声、ソウタ、君、人間なのか……!?」
アヤヒは
「ああ、伝えてなかったな。俺は――」
と、颯太が答えた瞬間、話の途中だった二人を巨大な影が包む。
甲高い鳴き声。頭上を見ればその主が分かる。ワイバーンだ。
「やばっ、子羊狙いか!? 隠れろ人間! 死ぬぞ!」
――すっげえ、マジで話の途中にワイバーンじゃん。ゲームじゃないんだぞ。
《メッセージ:『放毒』が発動しました。頭蓋腔にエタノールを投与します》
《メッセージ:『放毒』の発動により、経験値を取得しました》
「よし、できた」
「馬鹿人間! 木陰に隠れろ!」
ワイバーンがアヤヒや大人の羊に守られた子羊ではなく、ぼんやりしていた颯太に狙いを定めていた。
「いや、もういい、その必要は無い」
そんなワイバーンの頭の中にはもうすでに純粋なエタノールが流し込まれていた。
「もうあいつには何もできないんだ」
「馬鹿! 何を言っているんだ!? あんなのに襲われたら一瞬でバラバラだぞ!」
「理屈は省くが俺の勝ちだ」
それは高校化学と高校生物で十分説明できる内容だった。
脳はタンパク質による複雑な構造で形作られている。それを維持しているのはタンパク質の素材であるアミノ酸同士を結びつける水素結合やプラスとマイナスの電気の力で結びつくイオン結合といった力である。
水素と結びつきやすく、なおかつ電気を通しづらいエタノールは、この結合を破壊する力がある。
つまり、比喩でなく、お酒は脳を壊す。
「ソウタアアアアアアアアアアアアア!」
アヤヒが悲鳴を上げたのと、前触れもなく脳を破壊されたワイバーンが川面に激突して巨大な水柱を上げたのは、ほぼ同時だった。そもそも空を飛ぶために骨は軽く作られているのだ。急降下の衝撃を自分で受ければ全身バラバラである。
哀れワイバーン。空を飛ぶなんて馬鹿なやつだった。
「心配してくれてありがとう」
「別に人間の心配なんてするわけないだろ!? ど、どうやって倒した!?」
「化学だ。この辺りの人は錬金術と呼んでいるらしいな」
化学でたまるか。
「カガク……すごい……これが人間の持つ悪魔の力か……!」
「使い方、教えてやろうか?」
「い、良いの!? いや、けど、人間から……良いのか……?」
「面白いなお前……」
「なにっ!? 馬鹿にしているのか!? おのれ人間……!」
「いやまあ良い。帰ろう。羊たちが怯えている」
「良いこと言うな……人間のくせに。それは私も同意見だ。君、人間っぽくないし、村に戻るまではとりあえず一緒に居てやる」
それからアヤヒはビシッと
「け、けど! 一つ君に言っておくよ! 僕……私は人間が嫌いだ。感謝はするが……君も好きじゃない。覚えておいてくれ」
「……分かったよ、構わないさ」
アヤヒはツンとそっぽを向く。
浅瀬に頭から激突してひどい有様のワイバーンをその場に放置して、ひとまず
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