第7話 居候先の娘さんを科学の力で助けよう!

 翌朝、日が昇って牢屋から開放された颯太そうたはアスギの家の道具小屋へと連れてこられた。ひとまずここを住居代わりに使って良いということになったのだ。

 少し埃っぽいが、案外スペースの余裕はあり、余った毛布のお陰で寝泊まりするには不自由がなさそうだ。窓が無いのは気になるが、そこはあくまで道具小屋なので仕方ない。


「とりあえず今日一日はこちらの片付けなどしてもらって、明日からはまあ仕事を手伝って貰えればと思います」

「何から何までありがとうございます」


 颯太そうたは頭を下げる。頭を下げる仕草は敬意の表現としてこの世界でも有効であり、アスギはむしろ丁寧すぎる颯太そうたの振る舞いに、なんとはなしに申し訳無さそうな表情を浮かべた。


「いえ、むしろその……こんな小さな道具小屋しかなくて……」

「大丈夫ですよ。学生時代……ああいえ、俺が見習いの頃に住んでいた部屋の倍くらいはありますから」

「えっ……人間の家ってうさぎ小屋か何かですか?」


 これにはアスギも真顔である。


「実はそうなんですよ」

「御冗談を」


 アスギはカラカラと笑う。


「夜なんですけど灯りとかってどうしたら良いです?」

「ああ、娘のアヤヒが光の精霊エレメントを呼ぶので大丈夫ですよ。申し訳ないんだけどランプは買い換えるお金も無いし、油代も馬鹿にならないから……」

「娘さん……アヤヒさんが?」

「あの子、精霊魔法は教えた私よりも器用なんですよね。風の震動を操って声だけ遠くに届けたり、お風呂を上手に沸かしたり。私、あんなに器用じゃないし、風の精霊魔法しか使えない落ちこぼれです」


 昨日の呼吸を保持している間もアスギは殆ど黙っていた。

 ――それだけ大変な仕事なのだろう。


「精霊魔法ってエルフは得意なんですか?」

森人エルフならみんな大なり小なり使えますよ。水を飲んだり、火をつけたり、照明に使ったり……色々です。まあ都会だと精霊自体が少ないので何もできませんが、こういう田舎だと何は無くとも精霊は居るので」


 ――エルフ、思ったよりも文化的な生活をしてるんだな。良かった。

 そこそこ現代的で文化的な生活ができそうなことに、颯太そうたは内心安堵する。


「それはアヤヒさんにも頭が上がらなさそうだなあ俺」

「まあ、先生なんだからしっかりしてくださらないと困りますよ」


 二人が笑っていると、表で叫び声が上がった。


「大変だアスギさん! アヤヒちゃんがカモスの木が生えている森に入っちまった!」


 耳慣れない言葉に颯太そうたは首をかしげた。

 ――カモスの木? 危ないものなのか? 毒でも放つのか? いきなり殴りかかってくるファンタジー樹木は困るが、毒なら俺には効かないし……。

 ――よし、ついていこう。アスギさんからなにか言われる前についていくと言おう。

 ――世話だけじゃなく監視もされているんだ。イメージは良くしておきたい。


「まあ……今行きます! 颯太そうたさんは――」


 颯太そうたはアスギの発言を予測して、即座に割り込む。


「俺もついていきます。植物の扱いでしたらある程度心得があります」

「ですが、カモスの木は人間なら近づくだけでも……」

「生徒は放っておけません。お連れください」

「ソウタさん……分かりました。少し走ります。ついてきてください」

「分かりました。この辺りの草木について知識が無いので道すがら教えてください」


 颯太そうたは道具小屋の中にあった頑丈そうな靴に履き替えて、アスギのあとを追って走り出した。


     *


《メッセージ:『耐毒』が発動しました。大気中のエタノールによる粘膜への刺激を無効化します》

《メッセージ:『耐毒』の発動により、『耐毒』スキルが成長します。ランクDからランクD+に上昇しました》


 状況は道すがらアスギに聞いた通りだった。非常に強い酒の入った果実をつけるカモスの樹。その群生地がこの村の近くにはある。立っているだけで『耐毒』のスキルが発動していることから、たしかに危険であることは颯太そうたにも理解ができた。


「話に聞いた通り……酒くさいですね。こんなところに子供が迷い込んで大丈夫なんですか?」

森人エルフは多少の耐性があります。それよりも大丈夫ですかソウタさん? 前に人間のお役人がこの辺りに近づいた時は酒気に当てられて倒れて、大騒ぎになったんですが……」

「え? ああ……仕事で酒を扱うことが多かったので慣れています」


 職場で宴会が多かったので嘘ではない。ただし、慣れているから耐えられるというものではない。まあここには人間が一人しか居ないので、慣れていると言えば耐えられると思われるし、それを指摘できる人間も居ない。


「アスギさん。本当にこんな男が役に立つんですか? 身元不明の人間ですよ?」


 颯太そうたの隣に立つマスク姿のエルフの男が、怪しむような目つきで颯太そうたを睨む。昨日、颯太そうたに弓を向けた男の一人だ。


「分かりません。どうですか颯太そうたさん」

「めちゃくちゃ役に立ちます。俺、すごい酒に強いので。見てください。平然としているでしょう?」

「だそうです」

「確かに……そうだな……」

「エルフの人」

「うるせえぞ人間の人、ニルギリだ」

「ニルギリさん、他の人たちは?」

「こんな朝っぱらから人間みたいに真面目に家畜の世話をするのはアヤヒちゃんぐらいだよ。そんな真面目に労働してられるか」

「えぇ……そ、そうなんですね……」


 ――そんなことをしているから人間に追いやられただろ?

 ――精霊魔法とやらのお陰で便利だから真面目に働く習慣が無いな。

 と、言いたかったのだが曖昧に頷くことしかできない颯太そうたであった。


「あら? そう言えばニルギリさんはなんで早朝から? 昨日は大変だったでしょう? 届けたら奥さん心配なさってましたよ?」

「うちの家畜の放牧も一緒に見てもらってたんですよ。それでトラブルが有ったってアヤヒちゃんの精霊魔法で連絡が来たんですよ、あの、声だけ届けるやつ。『家畜がカモスの森に群れで突っ込んでいったから追いかけてくる』って」

「ああ、あの子動物に懐かれるものね。困ったわどうしましょう」

「正直俺も何も考えてなくて……」


 ――やはりエルフどもはだめだな。村長くらいしか頭の回るやつが居ねえ。

 アスギとニルギリが会話している間に、颯太そうたは自分の能力を検証する為に大きく息を吸った。


《メッセージ:『耐毒』が発動しました。エタノールの脳神経に対する効果を無効化します》

《メッセージ:『耐毒』の発動により、『耐毒』スキルが成長します。ランクD+からランクC+に上昇しました》

《メッセージ:『耐毒』のランクがC+になったことにより、新規スキル『放毒』を習得します》


 頭の中に流れたメッセージにほくそ笑む。ピンと来た。それが流れ込んできた瞬間に、颯太は理解ができた。

 ――気化したエタノールの気体は重いから、少し高い場所を意識して歩くか。

 颯太そうたは森の様子をざっと眺め、風向きを把握し、比較的エタノールを吸い込まずに済むルートを推測した。

 ――もしもアヤヒちゃんと羊たちが無事なら、彼らは比較的エタノールの害を受けないルートを進んでいる筈だ。


「俺、まずは様子見に行ってきます。すぐ戻ってきますから」

「危ないですよ? 野生の獣とかが居るかも……」

「アスギさん、大丈夫です。ニルギリさんはもしものために応援呼んでおいてください。流石に人間一人じゃ心もとないでしょう?」

「悪いアイディアじゃないな。アヤヒちゃんも誰か近づいてくれば救援を呼ぶために声を飛ばすくらいはできるかもしれない。そうなったらソウタ、お前戻ってきて様子を伝えに来い。弱っちい人間なんだから無茶するなよ」


 ――こいつ、俺にあっさり制圧されたくせに何を言っているんだ?

 思わず首を傾げそうになるが我慢した。


「ああ、言うとおりにするよ」


 綺麗な笑みを浮かべる颯太そうた。なお、ご覧の皆様は百もご承知だろうが。

 ――こいつの鼻を明かしたいのもあるが、まあ何より俺の大事な生徒になる子供だ。さくっと助けて来るさ。

 この男、特に言うとおりにするつもりはない。

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