第6話 元化学教師は麻薬村で良い空気を吸うようです
「と、いうわけでその、お世話になります」
「あのっ、その、申し訳ございませんでした……!」
改めて向かい合った二人は、椅子に座ったままお互いに頭を下げた。
「申し訳ない? はてさて……これまで、なにか問題がありましたか?」
「い、いえ……大丈夫です」
「それよりもこれからのことですよ。俺、どんな仕事をしたら良いでしょう? 先生としての仕事は一通り可能ですが。
アルバイトの家庭教師や塾講師である。
「まあ……! だったらぜひ、私の娘の先生になっていただけませんか? 娘は人間の文化が好きなんですよ。きっと喜びます」
「人間の文化が好き?」
「ええ、変わっているでしょう?」
――確かに妙だ。
「嫌っているからこそ学んで備えよう……とかそういう話でしょうか」
「ところが違うみたいなんです。大人になったら王都で吟遊詩人になりたいと言って聞きません。私たちエルフが森から出られる訳もないのに」
「出られない?」
「地図にないんですよ、この村は」
――ああ、そうか。国家レベルの事業なら、国家レベルで隠匿もできる訳か。
アスギは水を飲む。つられて
「学校もないですし、未来もない、逃げ場もない。なにもないんです。お先真っ暗です。父が子供の頃は、まだ
「……かなり不味いんじゃないですか、それ」
――教育の機会が奪われている訳だ。エルフを馬鹿にする為に。そして迫害対象として馬鹿にし続ける為に。
――ここまで規模が大きいと、社会単位で意図的に行われてるな?
苦い顔をして、
「はい。不味いです。このままだと私達はもっと愚かになって、人間の思うままになってしまう。」
「人間の俺が? 良いんですか?」
「ええ、私が見る限り、あなたが良いと思います」
悩む彼を見て、アスギは微笑む。
「先生、なんというか……人間らしくないんですよ。わかりますか? 同じエルフと話しているみたいな、不思議な感じがします」
「そうですか? まあ変わった人間ですからね」
――思い返しても腹が立つ。教授も、家族も、生徒も、同僚も。無能扱いされた。教師扱いされた。死人扱いされた。デキる奴扱いされた。望まない扱いを押し付けられるというのは、とにかく気に食わない。押し付けるやつが気に食わない。
――そういう意味ではあの人間という連中も気に食わない。あいつらは時間をかけてエルフに愚かさを押し付けている。一番気に食わない。
「怒らせてしまいましたか?」
アスギは不安そうな顔をしていた。
「え? そんな顔してましたかね?」
「いえ、ただ……ソウタさん、さっき怒ってたじゃないですか。すごい突然、しかもすごい勢いで、だから……隠しているだけで今も本当はずっと怒っているんじゃないかなって……」
――その通りだ。アスギさんの言う通り。
どこに居ても人間嫌いが変わらない自身が、なんだかおかしくて笑ってしまった。楽しくなって、笑ってしまった。
「その通りですね。お恥ずかしい」
「あ、いえ、ごめんなさい! 私、馬鹿で、父にも言われているんです! 人をすぐ怒らせてしまうって! 忘れてください!」
アスギは真っ青になって頭を下げる。
「いいえ。いいんです。俺は怒ってます。仰る通りなんだ。アスギさんの言う通りだ」
――エルフは好きだ。俺を不審者扱いする。何者かまるで分かってない。
――錬金術師とも言われたか。良いじゃないか。錬金術師、科学者を言い換えたと思えば中々悪くない。俺は、職業として科学者になりたかったんだからな。
――ここなら俺も科学者か。悪くない。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! あ、当たり前ですよね!? 私たちのしたことを考えれば怒って当たり前です!」
「いいえ、あなたたちに怒っている訳じゃないんです。あなたは悪くない。俺は」
村人が、そうさせる村の環境が、追い込んだ社会が、それを作った人間が。
「俺は……理不尽だな、と思っただけです」
――この理不尽に、俺の怒りを叩きつける方法があるのならば、それは。
――かつて、果たせなかった不満をぶつける場所があるならば、それは。
「怒ったけど、恨んじゃいない。だからアスギさん。ここで教師、やらせてください」
そう言い終えて頭を下げる。空気が美味しかった。
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