第5話 悪徳役人への暴行事件を隠蔽しよう!

 こうして、颯太そうたはひとまずアッサムへの説明をすることになった。とはいえ、役人を放置しておけば死んでしまう。そこでアスギが荒縄で縛り上げた役人に手をかざし、ブツブツと小声でなにかを唱える。

 すると倒れた役人の身体の周りを風の精霊エレメントが放つ緑色の燐光が舞い、空気の循環が始まった。


「呼吸の確保ができました。しばらくこちらに集中しているので、何か有ったら教えて下さい」


 ホタルが踊っているようで、颯太そうたは思わず見とれてしまった。


「おう、ソウタとやら。てめえには聞きたいことがたっぷり有るんだ。そこに寝ている男よりもな」


 名前を呼ばれて我に返る。

 ――あー、こいつは言葉が通じそうだな。

 教師生活による対話の経験が、目の前の乱暴な男こそ、今まで会ったどの相手よりも“話せる”相手だと颯太そうたに直観させる。


「ええ、こちらもお話したいことがいくつかあります。まずはここまでの説明をいたしましょう」

「だな、俺はお前が捕まって牢に叩き込まれたという話しか知らん」

「では……」


 颯太そうたこれまでの経緯を説明かくかくしかじかして、最後にこう締めくくる。


「……と言うわけで、勢いでぶん殴ったら息が止まりました」

「なにしてくれてんだこのファッキン錬金術師! この話がこいつの上司に伝わったら軍が出てきかねないぞ!」


 ――成程、本当に村の危機か。怒るのは納得できる。娘の心配よりは、まず村だよな。クソ役人よりか、よっぽどこいつの方が真面目じゃないか。

 ――で、真面目にやってる仕事を滅茶苦茶にされたらそりゃ俺だって腹が立つ。気が合いそうだ。

 まず、颯太そうたは相手の出方を伺うことにした。


「……参りましたね。あの時はこれしか無いと思ったのですが。どうしましょう」

「とぼけるな錬金術師!」

「化学教師です」

「知るか。その速度で毒を仕込めるのは暗殺者か錬金術師ぐらいだろ。お前どう見ても暗殺者って雰囲気じゃねえし、何をどう言い繕っても錬金術師でしかねえよ」

「成程、私のようなものをこの辺りでは錬金術師と呼ぶのですね。わかりました」

「……ったく、話を逸しやがって」


 アッサムは低い声をあげる。颯太そうたにはそれが、時間稼ぎをするなとでも言っているように聞こえた。彼は本当に知らなかっただけなのだが、言い訳をしている時間は無い。


「本題に戻りましょう。これからそこの役人をどうするか、という話ですね」

「それなんだがな。先に言っておくと、俺はできればお前を助けたい。お前は村にクソトラブル抱え込んできたクソ人間だが、俺の娘を助けた義理がある」


 アッサムの声はこれまでに比べると僅かに穏やかだった。そしてその変化に颯太そうたはピンと来た。

 ――強くあたってから優しい言葉をかけ、味方と思わせる作戦か。教師もよく使う手段だ。

 ――今は乗ったと思わせておこう。損は無い。


「俺を助ける? あなたが?」

「お前だって官憲に突き出されたくないだろうし、そうなれば俺たちだって難癖をつけられて殺される。だから俺たちは事件を隠蔽しなきゃいけない」

「どうやって?」

「殺して埋めよう。この辺りの幻獣モンスターの餌になる」


 ――殺して埋める。

 勿論動揺した。しかし、それを表に出さない為に違う話題に食いつく。


「モンスター……ですか?」

「そうさ。あいつらは人を食うし、どこにでも現れるからな。知らんのか?」

「俺の故郷では見なかったもので」

「そうかい。なら教えてやる。一人旅をしていた奴が幻獣モンスターに襲われて消えるなんてよくある話なんだ。だからといって人の死体を食わせれば、幻獣モンスターが人の味を覚える。それに、こっそりと村にワイロをたかりに来た役人が消えたとなれば俺たちの関与が疑われる。あまり良い手段じゃねえ」

「へ、へぇ……!」

「だけどまあ、俺たちの村を守る為だ。どのみち、こいつを返せば後は無いしな」


 ――それにしても埋める、か。

 ――やっぱり……命、軽くない? 怖……。

 颯太そうたは表情が引きつりそうになるのを抑えていると、アスギが弱々しく疑問を口にする。

 

「ほ、本当に殺してしまうんですか……!?」

「うるせえぞアスギ! てめえがしっかり鍵閉めてねえから変な野郎が入ってきたんだろうが!」

「そうですけど、もう、あんな怖いこと懲り懲りで……」


 顔には出さないが、正直なところ、颯太そうたにとっても嫌な話ではある。

 ――死体そのものは熱した硫酸か、水酸化ナトリウムか、フッ化水素酸を合成して溶かせば消せるが、この村にそんな設備が有るとは思えない。非現実的だ。

 ――それにこのクソ役人は嫌いだが、そこまでするのは理不尽だろう。


「あのなあ、俺だってできるなら殺したくはねえよ? せっかく溜め込んだ阿片あへんを渡して楽しんでもらって、村で余計なことしないように大人しくさせてたのによぉ! 折角渡したワイロもパーだ馬鹿! お前にできることはねえんだ。とりあえずその応急処置続けてろ!」

「は、はい……」


 アヘン。颯太そうたにとっては暇つぶしに目を通す世界史の教科書でしか触れない単語だ。

 ――待てよ。

 颯太そうたは一つ良いことを思いついた。


「……アヘン? 今、アヘンって言いました?」

「どうした?」

「麻薬ですよね? まさか、畑の芥子けしの花ってその為の……?」

「まさかもなにもここは麻薬を作る村だよ! お前マジで演技じゃないのか? 本当にこの村について何も知らんのか?」

「知らないって言ってるじゃないですか!」

「おう、悪かった悪かった。こんな村に来る奴なんてだいたいスパイか逃げてきた犯罪者だからよ……本当に錬金術師なんだな……こんな田舎まで……」


 ――人殺しにはなりたくないが、事件は隠蔽しなくちゃいけない。村長やアスギさんもできれば殺したくないが、殺さなきゃ殺されるという発言は一致している。

 ――つまり、

 颯太そうたはその手段を見つけていた。


「あの、少し良いでしょうか」

「なんだ?」

「いえ、村長としてもできればこの男を殺さずに事件を隠蔽したいということですよね?」

「なんだよ。何かあるのか?」

「自白剤とか、ありません?」

「自白剤だぁ?」

「この役人にアヘンでラリってへんな夢を見ただけだって思い込ませる工作を仕掛け、それが成功したか自白剤で確かめましょうよ。夢だと思ってたら帰す。怪しいと見たら殺す。どうです?」


 アッサムは愉快そうな笑みを浮かべ、すぐに鬼のような形相になる。


「面白い事考えるじゃねえか……だがよ、自白剤なんてどこで知った? エルフの中でも今どき作れる奴なんて殆ど居ないんだぞ?」


 颯太そうたは涼しい笑みを浮かべる。


にしましょうよ」

「細かくはねえよ。俺が王都に居た頃ですら、それがマジだと思っていた奴は居なかった。みんなおとぎ話や与太話の類だってな。お前、マジで。ただの錬金術師じゃねえな?」


 ――警戒させたな。まあここまでは既定路線だ。警戒させた上で、仲間になる。

 それが颯太そうたの狙いだ。

 ――この村、舐められると弓を向けられるからな。


「少なくとも、今後も村を害するつもりはありません。お互い、、協力しあいませんか?」


 颯太そうたは、それ以上なにも言わない。相手に勝手に想像してもらった方が、自分の言葉でボロを出す確率が低く、相手の頭の中での整合性も高まる。

 ――アッサムは頭が良い。後は勝手にそれらしい話を想像してくれる。


「お前の命と尊厳にかけて誓えるか?」

「勿論誓います。先に念を押しますが私の命は軽くないですよ」

「……あー、分かった。分かったよ。これ以上敵を増やしてられるか。お前さんの言う通りでいこう。。お互いにな」

「話が分かる方で助かりました。今後ともよしなに」


 ――本当に助かった。

 安堵のため息が漏れないように、颯太そうたが真剣な表情を作り続けていた時だ。


「あっ、い、生きてます! 息を吹き返しました!」


 アスギの言葉を聞いて颯太そうたは安堵した。


「うし、じゃあまずは俺の家に連れて行き、お前の作戦を実行しようかと思う」

「アッサムさん。手伝いますよ?」

「要らねえよ。お前は引っ込んでおけ。お前はこの晩、ずっとここにいた。だからこの役人のことも知らない。役人は最初からずっと俺の家で阿片あへんを吸って寝ていた」

「ではそのように」

「あと別に、俺はまだお前のことを信用してないんだからな。精々怪我したアスギの様子でも見ておけ。ここで俺たちと仲良くやるつもりならな」


 ――ツンデレジジイか?

 颯太そうたは友好的な笑みを貼り付ける。


「アスギ、こいつ、お前の家で面倒見ろ。仮にも命を救われたなら、恩ぐらいは返せ。教師だっていうなら役に立つ筈だ」

「え? わ、わかりました」


 ――おっと衣食住と監視のおまけつき。妥当な落とし所だな。

 そんな事を考えながらも黙っている颯太そうたの前で、アッサムは気絶して縛られたままの役人をひょいと担ぎ、そのまま部屋を出ていった。

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