第4話 大変! 悪徳役人が息してないの!

 全身麻酔を導入することで、呼吸器系の制御機構、中でも上気道開存を維持する能力は大きく損なわれる。患者の安全を確保するため、麻酔科医は麻酔導入時に気道を確保する必要がある。にもかかわらず、麻酔管理が原因の心停止・死亡の主要な原因の一つは、導入時気道管理の失敗である。

~日本麻酔科学会気道管理ガイドライン 2014(日本語訳) より一部抜粋~


 先程までアスギを殺そうと襲いかかった役人は、呼吸停止により死の危機に瀕していた。


「ど、どうしましょう……」

「ま、待ってくれ……! まだ死んでない。死んでる筈ない。そう、少しそこに座って、落ち着いて」


 颯太そうたは慌てて役人に駆け寄り心臓の鼓動を確認する。

 脈はある。まだギリギリ生きているとは言えた。呼吸はしていないが。

 ――ま、ま、まだ間に合う! けど……!

 ――呼吸が無い相手を助けるためには……!


「ち、ち、ちくしょおおおおおおおおおお! くそがああああああああああ!」


 颯太そうたは泣く泣く倒れている役人の男に人工呼吸を試みる。

 最初はそれをポカーンと見ていたアスギだが、次第に颯太そうたが何をしているか理解した。


「あの、それ、もしかして呼吸をさせているんですか?」

「じゃないと本当に死んじゃうじゃないですか!」

「ま、待ってください! 殺すのは不味いんですが、生かしておいてもお役人様を殴ったって発覚するとそれはそれで村人とか私とかあなたとか殺されちゃいます!」

「えっ」

「それに私、娘が居るんです……娘まで巻き込んじゃう……! そ、それだけは……! 娘だけは……!」

「ん、ん゛ん゛……俺一人が悪者になって逃げれば良いんですよ! 犯人俺だし……俺一人なら最悪逃げられるんで」


 と、そこまで言ってから颯太そうたは気づいてしまった。

 ――もう弓矢を向けられたら死ぬじゃねえか俺! フェンタニル無いんだぞ!?

 ――うわ詰んでる。自分で言っておいて無理かもしれない。


「そういうわけにはいきませんよ! 第一そんなことしたら村長が怪しみます!」


 ――しかし考えてみれば当たり前だ。

 ――被差別民の村に行った役人が暴行されたら、村には落とし前と見せしめが必要になる。

 ――流れ者の男に罪をなすりつけたところで連帯責任は十分考えられる。

 颯太そうたは一つ良いアイディアを思いつく。

 ――毒、村から出て補給すれば良いじゃん。俺、化学教師だけど生物も教えられるし、自然界の中にある毒くらいは分かるぞ! 毒キノコとか!


「俺が死体を持って近くの町に向かい、自首します。処刑される前に逃げるので気にしないでください」

「村長に信用される訳ないでしょう!? わ、私だって嫌です。あなた一人に罪をなすりつけるなんて……」

「ん、うぅん……!」


 ――おかしいぞ。俺はただ、無抵抗の女性を蹴り飛ばした上に剣で切りかかったクズを、人命を守る為に殴り飛ばしただけだ。

 ――俺、人として悪いことしてなくないか?


「生かしても殺してもダメなら、一体どうすれば……?」

「それは、私にも、分かりません……!」

「ですよねぇ……」


 その時、扉が大きな音とともに蹴り飛ばされる。


「何してやがる! おいアスギ! 大丈夫か!?」

「お、お父様!?」

「お父様じゃねえ! 村長だ! アッサム村長と呼べ馬鹿!」


 シワだらけの老いたエルフがそこに立っていた。

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