第3話 正義と自由を愛する人間の役人様が助けに来てくれたぞ! 死ね!

「お役人様!? なんでこんなところに……」

「どけっ!」


 役人と呼ばれた男は制止しようとするアスギの腹をつま先で思い切り蹴飛ばし、剣を抜いて颯太そうたを縛る縄を両断した。


「大丈夫だったかね朋友よ! エルフ共に乱暴な真似はされなかったか?」


 役人は颯太そうたに駆け寄り、満面の笑みで彼に問いかける。


「ちょ、ちょっとあんた! なにも蹴ることはねえだろ!? そもそもなんで俺を助けるんだ!?」

?」


 役人はキメ顔でそう答えた。


「はぁ……?」


 ――かといって、無抵抗の女を蹴るか? 今までの雰囲気を見るに、こいつら事情があって人間を嫌っているぞ。

 ――ん? っていうか、人間を嫌ってる理由って、まさか。


「何も言うな! 薄汚く怠惰なエルフ共に無理やり言わされているのだろう! やはり宿を抜け出して様子を見に来て正解だった! おのれエルフ……迷い込んだ人間を見つけて拷問し、憂さ晴らしをするなんて陰湿な連中だ! 私が王国の名において誅罰をくだしてやるとしよう!」


 男は剣を高く構える。

 ――あ……? あ、あ、あああああ! 分かった! 人間の俺が嫌われてる理由!

 ――ここでは人間ってこういう連中のことなんだ!


「さあ、君は今のうちに逃げ給え! 私に構わず先に行くんだ! なあ~に、エルフの血を吸うと剣の切れ味が冴えると言うしなあ! ほれほれ!」


 ――しかも俺を助けたい訳じゃない! 大義名分を得て乱暴狼藉を働きたいだけ! クソ野郎じゃねえか! ムカつくわ! 助けに来た訳じゃねえだろこの正義気取りの最悪蛮族!

 ――俺が頑張った友好的な対話もぶち壊しにしてくれやがってよお!

 ――まずはてめえからだ……! エルフ以上にてめえが許せねえ! そもそも俺の全ての不幸の原因は腐った人間どものせいじゃねえか……!

 ――もう我慢しねえぞ。それに見過ごさねえ。こういう真似は!

 ――俺には、今確実にこいつを叩きのめす方法があるんだからな!

 颯太そうたは自由になった身体で立ち上がった。


「すまない。お役人さま」

「安心しろ、この女を殺したらすぐに追いかける。あ、それとも見ていくかね? エルフの悲鳴は綺麗だからなあ。こいつらに残された唯一の美だよ~!」


 そう言って役人がアスギに向けて剣を振り下ろすより少し早く、颯太そうたの右拳が役人の後頭部に振り下ろされた。


「ゲヒャアっ!?」

 

 同時に、颯太そうたの拳を通じて先程よりも素早く確実にフェンタニルが役人の男の脳内に流れ込む。

 役人の男は、悲鳴を上げる間もなく、一撃で昏睡した。


《メッセージ:フェンタニル残量ゼロ》


 先程と同じ奇妙な文字列が流れた。今の颯太そうたは流し込まれた知識で状況を理解できる。

 ――弾切れ。毒を流し込める能力と毒を消せる能力。消した分しか毒は使えない。

 ――毒を撃つ場合は近い方が良いし、相手を絞った方が良い。

 ――インストールされた使い方の実践はできた。後使えそうなものは抗がん剤と自白剤か。


「はぁ……クソッ!」


 役人の持っていた剣を奪って、部屋の隅に投げ捨てる。

 役人が動かないのを確認してから、倒れたアスギの方を見る。怯えていた。


「……っと、失礼しました。大丈夫ですか?」


 颯太そうたは倒れているアスギに向けて手を差し出した。

 アスギはびっくりした表情を浮かべた後、大人しく助け起こされて役人を指差す。


「あ、ありがとうございます……助けて……くださったんですよね?」

「別に、ああいう輩が嫌いなだけですよ。痛みはありませんか?」 

「わ、私は大丈夫です。蹴られただけなので……これくらい」

「俺の生まれた土地だと、腹に蹴りは大丈夫とは言わないんですよ」

「そうなんですか……? それより、あ、あの」

「なんですか? 流石に今は自分の身体を優先した方が……」


 アスギは颯太そうたの台詞を遮るように、指をさす。


「お役人様、息してませんよね……?」

「げっ」


 麻薬性鎮痛薬による呼吸抑制は、用量依存的な延髄の呼吸中枢への直接の作用によるもので、二酸化炭素に対する呼吸中枢の反応が低下し、呼吸回数の減少が認められる。

 過量投与とならないように、効果と副作用を確認しながら増量を行う必要がある。

~参考:がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2010年版)~

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