第2話 幻を操って窮地を脱しよう!

《メッセージ:『放毒』が発動しました。脳血管を標的にフェンタニルを投与します》

《メッセージ:対象に幻覚作用を与えます》

《メッセージ:『放毒』は誤作動しています。経験値は入りません》


 奇妙な文字列が彼の頭に浮かんだ直後。驚くべきことに、エルフの男たちは奇声を上げながら互いに弓矢を向け合った。


甲鱗虫ワームが出たぞ! こっちめがけて這ってくる!」

「俺だ! 違う! その弓をおろせ!」

「馬鹿野郎! そいつは甲鱗虫ワームじゃない、山の主だ! 撃つな!」

「やめろニルギリ! 俺の家の羊だぞ! そいつらを撃つな! 狼だ! 撃て!」


 颯太そうたは流れ矢を受けない為、慌てて地面に伏せた。

 ――今何が起きている? フェンタニル? 痛み止めだよな?


《メッセージ:フェンタニルの効果を示します》

《メッセージ:フェンタニルは時として過量投与により幻覚・眠気・便秘などの副作用を発生させます》


「あっ!?」


 それでピンと来た。

 ――薬剤師が説明していた!

 フェンタニルは麻薬だ。本来、医療現場ではそういった麻薬の副作用を避ける為に、少しずつ投与量を増やして身体にていくものだ。

 颯太そうたは気づく。フェンタニルは、そのも無しにエルフたちの脳の血管に直接流し込まれた。なお悪いことにフェンタニルは他の麻薬と比べて特にで血管から脳細胞へ浸透する性質を持つ。しかもでよく効くのだ。

 ――あいつら、幻覚見ているんだ。


「弓をおろせ!」

「おい、みんな、どこに行った?」

「ふぁあ……もうこんな夜中じゃん。おやすみ」

「馬鹿野郎! 風呂で寝……」


 エルフたちは糸が切れたようにその場に倒れてグウグウと眠りこける。

 颯太そうたは安堵のため息をつく。そして立ち上がろうとしたが、またも頭痛が襲う。


《メッセージ:『耐毒』『放毒』の使用方法を莨谷たばこだに颯太そうたにインストールします》


 文字列の表示は一瞬だった。


「なんだ今の……?」


 そんな事を呟いたが、今の颯太そうたにはもう分かってしまっていた。それくらい、

 ――痛い。

 ――痛い。痛い。

 理解は完璧だった。しかし脳が耐えきれなかった。

 ――痛い。痛い。痛い。痛――

 彼は情報の負荷に耐えきれず、意識を失ってその場に崩れ落ちた。

 それからしばらくして。


「や、やだ。どうしましょう……!?」


 颯太そうたを見つけておどおどするエルフの女性が現れた。


     *


 颯太そうたが意識を取り戻すと、彼は石壁の小屋の中で、椅子に縛り付けられていた。窓はやけに高いところにある。

 ――牢屋か。


「目を覚ましましたね? こんばんは」


 先程、颯太そうたを見つけたエルフの女性が椅子に座っていた。

 顔立ちは整っている。しかし質素な服装と年齢に伴う苦労が滲んでいて、彼女の雰囲気に陰りをあたえていた。

 ――捕まえている以上、すぐに殺すつもりはなさそうだ。

 殺されないために颯太そうたは可能な限り友好的な態度を見せることにした。


「こんばんは、俺は莨谷たばこだに颯太そうたです」

「……アスギです。この村の一員として、あなたをここに運んできました」


 アスギは険しい表情で颯太そうたの様子を伺っている。


「いきなりで失礼ですが……」


 質問をしようとした颯太そうたの腹からグーという間抜けな音が鳴る。

 ――クソッ、よく考えたら何も食ってねえ……。

 不機嫌な顔を見せても仕方ないので笑顔を作る颯太そうた。ポカンとするアスギ。アスギの纏う緊張感がわずかにほぐれた。


「あら?」

「……これは失礼、しばらくちゃんと食べてなくて」


 アスギはコホンと咳払いをして、また改めて真面目な顔をする。


「お食事をお持ちします。食べながらで良いので、あなたがどこから来たのか、なぜここに来たのか、教えてください」


 そう言い残して、彼女は部屋を出た。


     *


 五分後。颯太そうたは腕を縛る縄を外されて、皿とスプーンを渡された。

 皿の中には、どろどろに煮込まれた茶色い麦粥。上から緑色の粉がパッと散らされている。食欲をそそるピリッとした香り。まだ暖かい。


「いただきます……!」


 木の皿の上に乗った麦粥をスプーンで一気に掻き込む。口当たりはどろっとしていてよく噛めば案外甘い。鼻にツンと抜ける緑の粉の香りも良い。一口、また一口。腹が減っていたこともあって、まだ暖かい麦粥はするすると入っていった。

 ――身体が治って飯がうま……


《メッセージ:『耐毒』が発動しました。自白剤の効果を軽減し、自由に発言が行えるようにします》

《メッセージ:『耐毒』の発動により、『耐毒』スキルが成長します。ランクEからランクDに上昇しました》


 スプーンを持つ手が止まる。

 ――まずい。いや、味は思ったより良いんだけど、そういう問題じゃない。

 ――理解できる。俺は毒を盛られたし、それが効いてない。さっきのってのはこれか。


「な、なにか有りましたか?」

「え、あ、いや……」

「だ、大丈夫でしょうか? 具合悪くなったりしていませんか?」


 颯太そうたは人の良い笑顔を貼り付ける。教師として、感情を切り離して社交的に振る舞うことには、もう慣れっこだった。


「いえ……お礼を忘れてたなと。ありがとうございます」


 心にもないお礼を言うこともできる。


「そんな……我が家の夕飯を温めただけのもので……」


 颯太そうた麦粥キュケオーンの入った皿を空にして、差し出された水を飲んだ。

 ――この『耐毒』とやらがありがたいのは、有害な化学物質のと摂取したが分かることだ。

 ――自白剤を飲んだ以上、俺が言ったことをこの女は信じる。

 ――正直、殺されかけたり毒を盛られたのはクッソむかつくが……一回は許す。俺とこいつらは文化が違う。安易に怒るな、俺。

 水を飲み終えた彼は息を吐き出す。


「さて、身の上話でしたね。どこから来たのか、どうして来たのか、でしたか」


 颯太そうたは腹の中の怒りを制御し、穏やかな笑顔を浮かべる。

 ――話をして通じない相手なら、さっきみたいに全員ぶっ飛ばして逃げよう。今は使い方も理解したしな。

 そう自分に言い聞かせれば、怒りも多少は軽くなった。


「俺が覚えているのは、病院で治療を受けていたことです。恐らく、ここからずっと離れた土地で病気で死にかけていました」


 病気と聞いてアスギが身構える。

 それに気づいた颯太そうたは慌てて付け加えた。


「人に伝染うつる病気じゃないです。内臓が壊れていたみたいなんですよね。まあそれで気づくのが遅れたんですが……」


 アスギは安堵のため息をつく。見ていて哀れになるくらいビクビクしていた。


「日本って国は聞いたことがありますか?」

「いえ、まったく……申し訳ありません。この村、田舎で、私もあまり勉強ができなかったので……」

「いえいえ、俺もこの村のことは知りません。お互い様です」

「魔法使いの方なのでしょうか?」

「教師をやっておりました」


 アスギは物珍しそうな表情を浮かべた。


「先生……! 学校の先生ですか……? まあ、初めて見るわ」

「ええ、高校で化学を教えていました」


 アスギは整った眉をハの字にして首をかしげる。

 颯太そうたはアスギが理解できなかったことを理解して、すぐに言い換えた。


「学校で薬や金属の扱い方を教えていました。多少なら植物の知識もありま……」


 と、言いかけた時、颯太そうたたちの居る部屋の扉が乱暴に開かれた。


! ……!」


 筋骨隆々の、紫色の服を着た男が、気が狂ったとしか思えない雄叫びを上げながら部屋に飛び込んできた。

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