異世界麻薬王~元化学教師が耐毒スキルと科学知識で迫害されたエルフを救い麻王-まおう-となる~

海野しぃる

麻薬村の村長になって麻薬シンジケートを立ち上げよう!

第1話 高校教師、麻薬村で捕まる

 莨谷たばこだに颯太そうたは病院のベッドの上に居た。腹部を襲う激痛。薬による吐き気。一向に下がらない高熱。現実は最悪だった。


『ステージⅣの悪性リンパ腫です』

『27でガンですってよ、可哀想に』

『うっ、グスッ……先生、私たち先生のこと忘れません……ヒック……』


 誰かのそんな言葉が偶に蘇り、悲しくなった。情けなかった。腹立たしかった。

 ――俺が何をした。俺が一体何をしたっていうんだ。

 ――何が可哀想だ。何が忘れないだ。ふざけやがって。何もしてねえだろ、俺は。

 ――何も、できなかった。

 連鎖するように嫌な思い出が蘇る。


『君さぁ、研究者に向いてないよ。才能ないよね。今回のこれだって別に邪魔した訳じゃないんだよ? 確かに君が真面目に実験を繰り返して僕の論文が充実したのは事実だけどさ。それはそれとしてやっぱ君嫌いなんだよね』

『おかえり颯太そうた。あなたはやっぱり先生になるべきだったのよ。ちょうどね、お父さんのお友達が校長先生をなさっている私立の高校で先生が足りないんですって』

『教授が何を抜かしたかは知らんが、お前は才能あるよ。教員免許だって取ったんだ。まあやるだけやってみろ』


 ――けどよ父さん、そう言われてやるだけやった結果がこれだよ。俺には父さんみたいな立派な人間にはなれないよ。

 ――だってこんな歳で死ぬなら、何もしてないようなもんだろ。

 ――なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだよ……!

 昂ぶった感情のせいで頭の中がビリビリと痺れて、全身を襲う激痛や気が狂いそうな高熱が、彼の意識から一瞬だけ消える。


「心拍数、低下しています」


 しかし、看護師の声が聞こえて颯太そうたはすぐに現実に引き戻された。

 腹部を襲う激痛。薬による吐き気。一向に下がらない高熱。現実は思い出より最悪だった。

 いつの間にか詰め所から飛んできた医師と看護師がベッドサイドに立っていた。


「先生、患者さんの――」


 意識が薄れていく。

 ――ああ、楽だ。楽になれる。楽になってなんの意味がある? 楽になっても何一つ幸せじゃあねえよ。

 ――馬鹿にされたまま、何もできないまま、死にたくない。

 彼は、そうやって呪いのように生まれて救いのように死ぬ筈だった。


     *


「……ああ?」


 それなのに、颯太そうたは赤い芥子けし畑の真ん中で目を覚ました。


「なんだよこれ?」


 花に囲まれて寝そべる颯太そうたの頬をぬるい風が撫でていく。湿った感触がかえって柔らかく感じられて心地よかった。

 身体も軽い。腹が減っていると久しぶりに感じられた。

 胸いっぱいに夜の風を吸う。美味しい。

 少なくとも健康体であることは明らかだ。


「おい、人間」


 颯太そうたが呼ばれて振り返ると、畑の間にある農道から痩せた男たちがこちらを見下ろしていた。いずれも弓を構えている。耳が長い。

 ――なんだあいつら……?


「人間だろ。ここはエルフの村だぞ。何処から入ってきた?」


 ――エルフ、日本語が通じるのか。少し警戒されているが、話はしてくれそうだ。

 颯太そうたはその時まで安堵していた。そして気安い調子で答えた。


「気づいたらここに居たんだ。逆にここがどこか教えて――」


 ビッ、と音が鳴り矢が颯太そうたの耳許を通り抜けていった。疾風が吹き荒れ、地面に突き刺さった矢が畑の土を巻き上げながら爆音を立てた。

 ――し、死ぬ。受けたら、ミンチだ。


「質問にだけ答えろ」

「は、はい……!」


 口の中に入ってくる土埃の苦い味。それが気にならなくなるほどに颯太そうたは恐怖した。颯太そうたはただの教師だ。命のやりとりなどしたことはない。

 そして颯太そうたがやたら怯えたのを見て、エルフたちは態度を変える。


「なぁ……素人みたいだぞ」

「殺すか、人間だし」

「面倒だし殺しておこう」


 ――不味い。舐められている。殺した方が手っ取り早いってか。

 今の短い会話で、颯太そうたには十分理解できた。

 相手が短慮で殺そうとしているなら、同じくらい短慮で殺さないこともある。

 どうせ失敗しても殺されるだけと考えた颯太そうたは、わずかな可能性に賭けてみることにした。


「待て! 殺さないでくれ! すっげえ良いものをやるからさ、話くらい聞けよ? な? 良いだろ?」


 ――まあ良いものと言っても何が良いのかは知らないが、こういう馬鹿の手を止めるにはこういうふわっとしたことを言うのが一番だ。

 実際、エルフの動きはそれで止まった。颯太そうたを舐めていたからだ。


「おいおいなんだよ。命乞いか?」

「まあ殺すのはいつだってできるなあ」


 いかにも馬鹿にした声の調子に、颯太そうたは腹の底で怒りを覚えていた。

 ――ムカつくな……なんで俺は知らない土地で馬鹿にされて殺されかけてるんだ? 舐めやがって……こいつら許さねえ……!

 颯太そうたの頭に血が登った次の瞬間、彼の頭がズキリと痛み、脳裏に奇妙な文字列が浮かび上がった。


《メッセージ:『放毒』が発動しました。脳血管を標的にフェンタニルを投与します》

《メッセージ:対象に幻覚作用を与えます》

《メッセージ:『放毒』は誤作動しています。経験値は入りません》

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