麻薬シンジケートの運営にあたって必要な人材を確保しよう!
第38話 先輩転生者から奴隷を買おう!【先行公開】
悪名高い傭兵団“水晶の夜”と
村々を取りまとめる交渉はアッサムに丸投げして、農閑期である冬場の内に辺境伯領における大規模爆破事件への王都の対応を偵察することが目的だ。
「まあ色々見て回ったけどさ。嫌な町だよ、ここは」
椅子に座り、王都の食料品店で買った紅茶を淹れながら、
女神はタオルケットを一枚羽織っただけの姿で、颯太の肩に顎を乗せ、不思議そうな声をあげた。
「そうなの? 綺麗だと思うけど」
「人が多すぎる。綺麗な建物が台無しだ」
視界の端にはスラム街の入り口、遥か彼方には白亜の王城。貧民たちの食事となる貴族たちの残飯を載せた荷車が、王城からスラムに向かっているところも見えた。
王都の光と闇の境目のような場所だ。そして窓の外、眼下には通りを行き交う人、人、人。この世界を統一した王国の首都は、当然のことながらこの世界で最も人口の多い都市である。
「人が多すぎるといえばね。私の取引相手から奴隷を買って欲しいと言われたの。召使いの美少年が余ってるんですって」
「はぁ? 取引相手? 何を取引している相手だ」
女神は
タオルケットの隙間から伸びた白い腕が、
「あなたにフラスコとか試験管とか渡してあげたでしょう? ああいうものを売ってくれた相手。それとこの建物を融通してくれたのもそいつ」
「お前の持ち物じゃなかったのか、ここ」
「買ったから私のものよ」
――不味いな。そいつにここの場所と俺の正体は握られているのか。
「どんなやつなんだ?」
「貴方の先輩。サンジェルマン伯爵って錬金術師の名前は聞いたことある? 元の世界でも伯爵で、結構有名だったらしいけど……」
――先輩って、俺と同じ世界から呼ばれたのか。
なおのこと厄介な相手だ。
「俺の世界でも錬金術師として有名だ。ただ随分と過去の人物だから、会えるとは思ってなかったけど」
「彼にはこの世界に魔術を確立させた報酬として『不老』の権能を与えちゃったからね。もう二百五十年六十五日八時間四分四十二秒くらいはこの世界をエンジョイしてるわ」
――魔術体系の確立。つまり、サンジェルマンが来るまで、魔術の学習がてんでバラバラに行われていたのか。
――すると、俺のやっている科学的思考の教育と似たようなもんだよな。
魔術にせよ、科学にせよ、実際に運用されることと学術体系の構築は全く別だ。
「そいつのお陰でこの世界の人族は魔術を系統立てて理解できるようになったのか?」
「そうね。じゃないと幻獣一匹倒すのにも苦労してたから……特に人間はね、一人じゃ本当に無力ですもの」
――そんな奴が俺に声をかける。ふむ、分かってきた。
うっすらとだが、
――かつて技術革新を起こした人間が、次の技術革新の気配を察知したなら、もう一度甘い汁を吸いたいと考えるだろう。
――そのサンジェルマンって奴は利用できるかもしれない。
「理想の余生じゃねえか。あやかりてえ。なあレン、俺はそいつが羨ましいぞ。そいつを働かせられないのか。馬車馬みたいに」
「契約の都合で私から命令することはできないの。けど、私の秘密も守ってくれるから、取引相手としては理想的って感じね」
――まあ真面目に考えれば、一度解放した相手に無理な労働を押し付けるのは悪手か。同じ秘密を抱えてるなら付かず離れず便利な取引相手として扱うのが一番安心安全って訳だ。
「この前、錬金術の道具を購入したことで、俺の存在を推察された。なおかつ辺境伯の領地での動乱から一定の勢力を築き上げつつあることも察知された。サンジェルマン伯爵は王国の体制側ではあるものの、女神とも協力関係にある以上、今後起きる変化に備えて、最低限のリスクで俺たちの計画に一枚噛もうとしている。計画に一枚噛む為には、出資をするのが一番だ。だが
女神はポカーンとした顔で
「そういう人間同士の謀略わかんない」
「お前は分かんなくて良いよ。そういうのは人間のものだ。そのサンジェルマンに会いたい。都合の良い時間と場所を確認しておいてくれ」
この街では、人間以外の全てが商品として売買できる。
人が多ければ人が余る。
余ったものは売れる。
つまり奴隷だ。
――人が多すぎるのは、嫌だ。
――気に食わない
三日ほど王都を見て回った
*
その日の夕暮れのことだ。二人は夫婦を装いながら街を見回って、人間以外の種族が奴隷労働に従事する様やスラム近辺の阿片窟の経営状況をつぶさに観察してから、暗くなる前に拠点へ戻った。
「あ、ソウタ~。言い忘れてたけど、伯爵が今日のディナーをご一緒したいって」
「は? そういう事先に言えよ。服の用意くらい……」
「こんばんは、ソウタ様。急にお呼び立てしてしまって申し訳ございません」
膝の上に女装した美少年を乗せたスーツ姿の男が、
男は薄桃色のドレスを着せた少年の喉元を撫でながら、瑠璃色の瞳で
烏のような黒い髪に切れ長の黒い瞳をした少年は、うっとりとした顔つきで男に身を任せている。
「僕はサンジェルマン。しがない錬金術師です。そちらの女神様とは古い知り合いなのですが……彼女、ちゃんと僕のこと伝えてましたか? 一応、いきなりではなくてアポとって呼んだつもりだったのですが」
「したわよ!」
男はわざとらしくため息をつきながら少年のつむじに指を這わせた。少年が色っぽく身体を震わせた。
「どうせ直前になってからいきなり話したのでしょう」
サンジェルマンの話はまったくもってその通りなのだが、
「いえいえ、女神様からお話は伺っておりました。なにせこの世界の魔法には疎いもので、こういった方法でお会いすることになった点については驚きましたが……」
「ああ、これですか。
「実に興味深いですね。私と同じ世界の出身だと伺ってましたが、ここまで自由に魔法が使えるなんて」
「僕の時代も魔術は衰退していました。僕は天才なのでそういう時代の制約からは自由でしたが、二十一世紀を生きるあなたたちが魔術を使えなくても当たり前です。気になさることはありません。僕たち異世界の人間にはそれぞれの持ち味がある。そうでしょう? 僕はあなたの持ち味を生かしてあげたいと思っているんですよ。同じ世界から来た人間同士、ね?」
サンジェルマンがそう言うと、彼が膝に乗せていた少年がナイフとフォークでステーキを切り分け、サンジェルマンの口に運んだ。
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