第39話 先輩転生者との和やかな会食を通じて人身売買を体験しよう!【先行公開】

 テーブルの向こう側のサンジェルマンは咀嚼したステーキを飲みこんで、楽しそうに膝の上の少年の頭を撫で続けている。

 ――やばいやつだ。


「ああ、既に女神様からお話があったかもしれませんが、僕は美少年に女装をさせて興奮する性癖の持ち主です。マイブームは褐色少年にピンク色ドレス。額は広め。髪は金髪も黒髪も捨てがたいのでその日の気分にしています。無論、男装の美女同士の顔が近いのも嫌いではありませんがこちらはもっぱら鑑賞専門。心が荒んだ時は百合を見るに限る……。この世界で伯爵位を受けてこうして王都で暮らしているのも、勿論合法的に美少年を買い取ってこのように愛玩することが目的です。今回、奴隷をお売りしたいと言ってあなたにアポイントメントをとったのも、このような趣味をしている関係で奴隷の売り買いを良くすることから良いお話ができるのではないかと思ったからです」

「待ってください情報が多すぎます」

「失礼。要するに僕は万能の天才であり、人材の斡旋を趣味としているという自己紹介です」

「理解いたしました」


 目の前の男が度し難い変態だということを。

 ――帰りたい。


「もう少し性癖の話していいです? しますね。友情とは性癖で繋がるという確固たる信念があります。その点、先王は素晴らしい男で……」


 ――助けてアスギさん。頭のおかしい変態がフレンドリーに話しかけてくる。

 しかし残念ながら今の颯太そうたの隣には女神しか居ない。

 そしてその女神が会話に割り込んできた。


「ちょっと伯爵~! 貴方と違ってソータは男に走るような趣味は無いからね! あっ、ステーキお代わり。ソータ、ちょっとあんた食べないならよこしなさい」


 ただし救いの女神ではない。それどころか彼の分まで料理を平らげてしまっていた。給仕の女装美少年バニーボーイが女神の前に現れステーキの盛られた皿を出して部屋の外に消えた。


「いまのは」

「私の趣味です。フフ、私も成人男性は……あまり……趣味ではないのですが……。いや惜しいですね。ソウタさんの肌を見るにお歳は二十代後半でしょうか。あと十歳若ければギリッギリストライクゾーンだったのですが……んふふ。十年、私自身にとっては誤差のような時間ですが……フフッ、人間の食べごろは短い……」


 サンジェルマン伯爵は膝の上の女装美少年に切り分けてもらったステーキを、女装美少年に食べさせてもらいながら満足そうに微笑んだ。

 颯太そうたは能面のように無表情を保ったまま、あくまで冷静に商談に徹することを決意した。


「奴隷を融通していただけるとのことでしたが……どのような奴隷をお譲りいただけるのでしょうか?」

人造人間ホムンクルス機械化兵サイボーグです。我が錬金術の秘奥を詰め込みました」

「サイボーグ?」


 マシーネンクリーガーとも言う。

 だがそれを聞いて颯太そうたは内心がっかりした。

 ――ただの戦闘力なら、女神が居れば十二分だぞ? こいつだって分かってる筈なのに、それだけか?

 だがそんな彼の落胆を見透かしたかのように、サンジェルマンは楽しげに笑っていた。


「なにせほら、手が足りないでしょう? 辺境伯を暗殺し、麻薬村の改革に乗り出し、元来は分断されていた麻薬村のエルフたちを連帯させている。そちらの女神様は詳しく教えてくれなかったのですが、僕は今集めた情報からあなたがマフィアを作ろうとしているのではないかと睨んでいるわけですよ」

「おっしゃる通りです。どこからそれを?」

「秘密です。マフィア、麻薬シンジケート、カルテル。そういう非合法組織を立ち上げるのならば、今後は勢力下の地域からあがってくる膨大なデータを処理しなければいけません。そのデータ、電子化したくありませんか?」


 ――あっ、良かった。こいつはな。

 颯太そうたは見方を180度転換した。

 意図的に笑顔を作り、我が意を得たりと言わんばかりにうなずいた。


「おっしゃるとおりです……ぜひとも詳しくお聞かせください」

「ふふ、機械化兵サイボーグなどと言いましたが、要はパーソナルコンピュータですよ。文章を作成し、表計算し、プレゼンテーション資料も作れる。私があなたに提供したいのはそういうものです」

「作ったんですか。そんなものを?」

「ええ、僕は天才なので。女神とのこれまでの様々な取引の過程で、二十一世紀の技術について情報の提供を受け、錬金術のフォーマットを用いて模倣しました。いくら女神と契約して、彼女の力を借りられたところで、使用可能なパソコンを持ち込むのは難しいですよね? 欲しくないですか? 膨大なデータを管理できるパソコン!」


 ――め、め、めちゃくちゃ欲しい~!

 颯太そうたは作った笑顔を保ちつつ、まずは彼の機嫌をとることにした。


「非常に……非常に……欲しいですね……!」

「でしょう! でしょう!」

「しかし、それに見合うものを伯爵にお支払いできるでしょうか……」

「ご安心ください。女神を保証人として、あなたが王国を崩壊させた後も、僕の身分を保証していただけるならもうそれで十分! 僕は魔術や錬金術に関連するパテント収入で美少年を愛で続けることさえできれば満足ですので! はい! 錬金術師は勿論予算の確保が最優先の課題ですが、ガツガツする仕草をしたらお終いですからね。あなたも錬金術師の末裔ならば分かるでしょう?」


 そう聞かれて、颯太そうたはそろそろ腹を割って話してみることにした。


「理解いたしました。伯爵はご自身の経験から、異世界から女神が人間を呼んだ以上、世界の激変は不可避だと判断した。ならば先んじてその波に乗る為に私に貸しを作りたい。そしてそれによって得られる利益を以て今回の奴隷の代金とする、と」

「明け透けな物言いですねえ~。いや若い。お若い。だが嫌いじゃない。話が分かる若者で助かります」

「光栄です」


 『耐毒』がある颯太そうたは毒を恐れる必要が無い。

 だが今、初めて颯太そうたは料理に手を付けた。

 本格的に話すつもりがあるという空気感を演出する為だ。

 ――コーンスープなんて久しぶりだ。美味い。こんな美味いコーンスープが調達できるのか。サラダもだ。

 ――王都で新鮮な農産物の仕入れは珍しいし、何より高い。そしてこれだけ高度な食材の保存技術は王都の市内でも見ない。こいつ個人が動かせる技術は、下手をすれば俺の居た時代を軽々超える。

 その裏で、料理から冷静にサンジェルマンの実力を推測する。


「僕はあなたと戦いたくない。理解しましたね?」

「ええ、仲良くしたいものです」


 ――無理だな。こいつとはやってられない。

 優れた実力もある。比較的穏健な思想の持ち主だ。表立って対立する意図もなく、むしろ協力的ですらある。しかし。しかし。只一つ、颯太そうたにとって見落とせない要素があった。

 ――被差別種族の解放が農協シンジケートの大義だぞ? 奴隷大好きな貴族様と仲良しこよしは……無理だ。個人レベルで見れば話し合える相手だが、農協シンジケートにとっては敵だ。


「ではお披露目といきましょうか。フィル零号、起動です」


 サンジェルマンが椅子の中に仕込んでいたスイッチを押すと、颯太そうたのすぐ近くの壁が二つに割れて、白い肌に栗毛の子供が現れる。外見年齢は十代中盤。長い前髪で目元が隠れている。動きやすいパンツスタイルの白い水兵セーラー服に身を包み、颯太そうたの方をジッと見ていた。


「タバコダニ・ソウタ。マスターとして登録、管理者権限を付与、同時にサンジェルマンの管理者権限を削除します」


 前髪の隙間、瑠璃色の瞳と目が合った。


「これによりタバコダニ・ソウタが唯一の管理者として設定されます」

「あら~可愛いわね~伯爵の若い頃そっくり~!」


 ――嫌な情報を聞かせるな。これから持って帰るんだぞ。

 颯太そうたは女神の発言を聞かなかったことにした。


「ふふ、美しいでしょう美しいでしょう。流石女神様分かってらっしゃる。どうぞお持ち帰りください。口頭で命令すればなんでもやりますから。オススメは事務処理ですが、土木工事にも適正はあります。夜伽にも」

「失敬、そういった趣味は無いもので」

「おや残念」


 サンジェルマンは膝の上の美少年にナプキンで口を拭かせ。


「ええ、ありがたくいただきます。そして今後とも先達たる伯爵にご指導ご鞭撻をいただければ、と」


 颯太そうたは友好的な笑顔を装っていた。

 ――人造人間ホムンクルスで、機械化兵サイボーグで、奴隷。フィル零号。それはいい。こいつは原罪無き者つくられただけだ。

 ――だがサンジェルマン。お前だ。お前はフィル零号をどうやって造った? 何が素材だ? 製法は?

 ――大量の奴隷を扱うなら不要になったものはどうしている?

 ――いやそもそも、零号って言うからにはこの先、フィルをシリーズ化しようとしているな? その力で何をするつもりだ?

 などと思っていたが、愚直に質問はしない。

 それを聞いたら戦争だ。


「ちょっとサンジェルマン? ワインは無いの?」

「ご用意しましょう」


 女神と談笑するサンジェルマンを見ながら、颯太そうたは肝を冷やしていた。

 ――こいつは厄介だな。下手をすると王都で一番厄介な敵だ。奴隷を使う悪徳貴族で、俺と同じ神の力を与えられた異世界人で、現代科学の知識もある。

 ――しかも俺の農協シンジケートの大義に真っ向から反する存在でありながら、それを自覚した上で、あえて潜り込もうとしている。

 すなわち、長期的な観点で見れば、俺の農協シンジケートを根本から腐らせかねない毒だ。


「マスター、何かお考えのようですね。ご命令は?」

「今は待機だ。なに、帰ったら存分に働いてもらうさ」


 颯太そうたはフィル零号に微笑みかけた。

 ――こいつを使って、サンジェルマンを倒す。元の世界の知識を俺が独占すれば、麻薬の流通経路の確保もその先の開拓計画も自由自在だ。

 ――逆に、奴が健在な限り、俺にも農協シンジケートにも、自由はない。

 ――サンジェルマンは、敵だ。

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